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'''建徳'''(けんとく)は、[[日本]]の[[南北朝時代 (日本)|南北朝時代]]の[[元号]]の一つ。[[南朝 (日本)|南朝]]方にて使用された。[[正平 (日本)|正平]]の後、[[文中]]の前。[[1370年]]から[[1372年]]までの期間を指す。この時代の[[天皇]]は、南朝方が[[長慶天皇]]、[[北朝 (日本)|北朝]]方が[[後光厳天皇]]・[[後円融天皇]]。[[室町幕府]][[征夷大将軍|将軍]]は[[足利義満]]。
 
{{ウィキプロジェクトリンク|紀年法}}
 
  
== 改元 ==
+
'''建徳'''(けんとく)
*正平25年[[7月24日 (旧暦)|7月24日]]([[ユリウス暦]]1370年[[8月16日]])<ref>『[[南朝編年記略]]』・『[[南朝公卿補任]]』によるが、鴨脚本『[[皇代記]]』は同年[[4月22日 (旧暦)|4月22日]]([[5月17日]])とし、『[[伊勢之巻]]』は[[1月21日 (旧暦)|1月21日]]([[2月17日 (旧暦)|2月17日]])とする。また、[[村田正志]]は、『[[大徳寺文書]]』にある建徳元年[[2月5日 (旧暦)|2月5日]](1370年[[3月3日]])付の畠田売券を根拠として、当日以前に改元が行われたと指摘するが、この類の文書では恣意的に日付を遡及して記す場合もしばしばあったことを勘案しておく必要があろう([[服部英雄]] 「未来年号考」 『古文書研究』第20号 吉川弘文館、1983年2月)。</ref> [[長慶天皇]]即位による改元
 
*建徳3年[[4月1日 (旧暦)|4月1日]]?(ユリウス暦[[1372年]][[5月4日]]?) 文中に改元
 
  
== 出典 ==
+
[[日本]][[南北朝時代 (日本)|南北朝時代]]の[[元号]]の一つ。[[南朝 (日本)|南朝]]方にて使用された。[[正平 (日本)|正平]]の後、[[文中]]の前。[[1370年]]から[[1372年]]までの期間を指す。この時代の[[天皇]]は、南朝方が[[長慶天皇]][[北朝 (日本)|北朝]]方が[[後光厳天皇]][[後円融天皇]][[室町幕府]][[征夷大将軍|将軍]][[足利義満]]
[[文選 (書物)|文選]]』の「'''建'''至'''徳'''以業洪業」から。勘申者は不詳。
 
 
 
== 建徳期におきた出来事 ==
 
[[南朝 (日本)|南朝]]関係に限る。
 
;元年(1370年)
 
*11月 - [[和田正武]]が[[河内国|河内]][[東条城 (河内国)|東条城]]の[[楠木正儀]]を再三攻撃する。
 
 
 
;2年(1371年)
 
*2月 - [[二条教頼]]家で『[[南朝三百番歌合|三百番歌合]]』が催される。
 
*[[5月8日 (旧暦)|5月8日]] - [[細川頼元|細川頼基]]が南朝方攻撃のために大軍を率いて河内へ出陣する。
 
*[[8月13日 (旧暦)|8月13日]] - 南朝が[[四条隆俊]]・和田正武を派遣して楠木正儀を攻撃させる。
 
*[[10月14日 (旧暦)|10月14日]] - [[征西将軍|征西府]]の使者[[祖来]]らが[[明]]に到り、[[懐良親王]][[日本国王]]に封ぜられる(明は[[洪武]]4年)。
 
*[[12月19日 (旧暦)|12月19日]] - [[九州探題]][[今川貞世]]が[[周防国|周防]]から[[豊前]]門司に到り、赤坂に陣する。
 
 
 
;3年(1372年)
 
*[[2月13日 (旧暦)|2月13日]] - [[菊池武政]]が[[肥前国|肥前]]烏帽子岳で[[今川仲秋]]を襲撃するも敗退する。
 
*3月 - [[伊勢国|伊勢]][[国司]][[北畠氏]]が同国[[守護]][[仁木義長]]を破り、[[朝明郡]]一帯を占領する。
 
 
 
== 西暦との対照表 ==
 
※は小の月を示す。
 
{|class=wikitable
 
|-
 
!nowrap|建徳元年([[庚戌]])!!rowspan=2 nowrap|一月!!rowspan=2 nowrap|二月※!!rowspan=2 nowrap|三月※!!rowspan=2 nowrap|四月!!rowspan=2 nowrap|五月※!!rowspan=2 nowrap|六月!!rowspan=2 nowrap|七月※!!rowspan=2 nowrap|八月!!rowspan=2 nowrap|九月※!!rowspan=2 nowrap|十月!!rowspan=2 nowrap|十一月!!rowspan=2 nowrap|十二月!!rowspan=2|
 
|-
 
!nowrap|[[応安]]三年
 
|-
 
|ユリウス暦||[[1370年|1370]]/1/28||2/27||3/28||4/26||5/26||6/24||7/24||8/22||9/21||10/20||11/19||12/19||
 
|-
 
!nowrap|建徳二年([[辛亥]])!!rowspan=2 nowrap|一月※!!rowspan=2 nowrap|二月!!rowspan=2 nowrap|三月※!!rowspan=2 nowrap|閏三月※!!rowspan=2 nowrap|四月!!rowspan=2 nowrap|五月※!!rowspan=2 nowrap|六月※!!rowspan=2 nowrap|七月!!rowspan=2 nowrap|八月!!rowspan=2 nowrap|九月※!!rowspan=2 nowrap|十月!!rowspan=2 nowrap|十一月!!rowspan=2 nowrap|十二月
 
|-
 
!nowrap|[[応安]]四年
 
|-
 
|ユリウス暦||[[1371年|1371]]/1/18||2/16||3/18||4/16||5/15||6/14||7/13||8/11||9/10||10/10||11/8||12/8||[[1372年|1372]]/1/7
 
|-
 
!nowrap|建徳三年([[壬子]])!!rowspan=2 nowrap|一月※!!rowspan=2 nowrap|二月!!rowspan=2 nowrap|三月※!!rowspan=2 nowrap|四月※!!rowspan=2 nowrap|五月!!rowspan=2 nowrap|六月※!!rowspan=2 nowrap|七月※!!rowspan=2 nowrap|八月!!rowspan=2 nowrap|九月※!!rowspan=2 nowrap|十月!!rowspan=2 nowrap|十一月!!rowspan=2 nowrap|十二月!!rowspan=2|
 
|-
 
!nowrap|[[応安]]五年
 
|-
 
|ユリウス暦||[[1372年|1372]]/2/6||3/6||4/5||5/4||6/2||7/2||7/31||8/29||9/28||10/27||11/26||12/26||
 
|}
 
 
 
== 脚注 ==
 
{{Reflist}}
 
  
 
== 関連項目 ==
 
== 関連項目 ==
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{{日本の元号}}
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[[Category:南北朝時代 (日本)|元けんとく]]
 
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建徳(けんとく)

日本南北朝時代元号の一つ。南朝方にて使用された。正平の後、文中の前。1370年から1372年までの期間を指す。この時代の天皇は、南朝方が長慶天皇北朝方が後光厳天皇後円融天皇室町幕府将軍足利義満

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