幸手市

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幸手市(さってし)は、埼玉県東部にある人口約5万人のである。

概要

江戸時代から日光御成街道日光街道奥州街道)の合流点に位置する宿場町として栄えていた。市内には徳川将軍日光東照宮へ墓参する際に立ち寄った聖福寺や明治天皇行幸した折に宿泊した行在所跡が残る。

地理

関東平野のほぼ中央にあり、埼玉県内では東部地域の北寄りに位置する。東京都心からの距離は約50kmである。利根川に近く、ほぼ全域が海抜10m前後の沖積低地である。しかし東部には、自然堤防の微高地や下総台地の末端部など、海抜20m前後の台地状地形も存在する。

市の西寄りを南北に東武日光線国道4号が縦断しており、東武日光線幸手駅とその東側の旧道(旧・日光街道)、国道4号を中心に宅地を中心とする市街地が広がる。市街地の外側では水田地帯中に集落が散在している。

近年は市南西部の国道4号沿いに多くの郊外型店舗が出店しており、2006年平成18年)には大規模なショッピングセンターも開店した。一方で市中心部にある商店街の買い物客が減少しているとされる。

河川

湖沼

大字、町の個数

  幸手町
幸手 桜田 行幸 上高野 権現堂川 吉田 豊岡 八代 幸手団地
昭和30年代後半 2大字 2大字 5大字 1大字 4大字 5大字 4大字 8大字
幸手市
平成19年 2大字20町 2大字4町 5大字 1大字1町 4大字 5大字 4大字 8大字6町 6町

人口

幸手市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

旧幸手町

注意:ここに記した旧幸手町は1954年(昭和29年)〜1955年(昭和30年)合併以前の町域を対象としており、他の行幸地区・上高野地区・吉田地区・権現堂川地区・桜田地区・八代地区・豊岡地区に関しては、行幸村上高野村吉田村権現堂川村桜田村八代村豊岡村の項を参照されたい。

人口

  • 1887年(明治20年) - 約5,666人(戸数:1,021戸)[1]
  • 1930年(昭和5年) - 約5,875人(戸数:1,175戸)[2]
  • 1954年(昭和29年) - 約8,559人[3]

面積

地名

以下は旧幸手町の大字および小字である。なお、大字幸手の小字に関しては幸手宿の項を参照されたい。

内国府間(うちごうま)
明治合併以前「内国府間村(うちごうまむら)」
  • 本村前(ほんむらまへ)
  • 本村裏
  • 岸内(きしうち)
  • 新田裏(しんでんうら)
  • 新田前(しんでんまへ)
  • 順礼(じゆんれい)
  • 海道東(かいだうひがし)
  • 壹丁田(いつちやうだ)
    • 長戸呂
    • 中新田
    • 内記新田
    • 本村

明治以前の産物

幸手宿

歴史

注意:幸手市およびその前身の幸手町と合併する以前の各町村の歴史についてはそれぞれの項目を参照。

近代以前

略歴年表

平成の大合併における幸手市の動向

平成の大合併に際して幸手市では当初、県は異なるが経済圏生活圏が同一であるため隣接する茨城県猿島郡五霞町との合併を目指して法定協議会を設置し、準備を進めていた。しかし、合併後の帰属県など越境合併特有の難点もあり越県合併反対運動が発生、最終的に増田実市長のリコール運動へと発展した。発議事態は無効となったものの増田市長は責任を取って辞職し、2003年(平成15年)11月22日に出直し市長選が行われ隣接する久喜市の水道部長であった町田英夫が新市長に当選。この結果を受けて同じ埼玉県内での合併に方針転換し、12月に久喜市と鷲宮町が設置していた合併協議会へ加わった。

2004年(平成16年)、3市町の合併後の新市名を「桜宮市」とすることが決定するがこの名称に対し久喜市で反発が強まり、桜宮市を新設して合併を行う是非を問う住民投票が実施され、その結果幸手市や鷲宮町では賛成票が上回ったのに対し久喜市で反対票が上回り合併構想は白紙撤回されることになった。

2007年(平成19年)12月、町田市長は久喜市と鷲宮町・栗橋町南埼玉郡菖蒲町の4市町が新たに設置した協議会で進められている合併協議に加わる意向を表明したが、協議会側は幸手市議会の承認を参加条件としたことから幸手市側は合併特例法の期限である2010年(平成22年)3月までに手続きが間に合わないとしてこれを拒否し、単独で存続することとなった。

行政

市長

歴代市長

  • 町田英夫(2003年11月9日 - 2011年11月8日)
  • 増田実

財政

一時、歳入に占める借金の割合である実質公債比率が18%を超えたため、借金に当たる地方債発行に県の許可が必要な地方債許可団体に移行。 埼玉県内ワースト3位の財政状況となったことがある。

財政健全化計画の策定及び実施により、平成19年度に実質公債比率が18%を下回り地方債許可団体を外れ、現在の財政状況は好転している。

広域行政

一部事務組合
  • 広域利根斎場組合 - 加須市、久喜市、宮代町とともに斎場(メモリアルトネ)運営を行っている。
  • 埼玉東部消防組合 - 加須市、白岡市、杉戸町、久喜市、宮代町とともに消防・救急等の業務を行っている。
  • 利根川栗橋流域水防事務組合 - 春日部市、久喜市、杉戸町、茨城県五霞町とともに水防事務を行っている。
事務委託
  • 杉戸町(環境センター):可燃ごみの処理を杉戸町に委託している。
協議会

経済

農業

農産物

農業系組合

商業

商工系組合

商業施設

工業団地

  • 幸手工業団地
  • ひばりが丘工業団地

金融機関

地域

公共施設等

県の出先機関

教育

小学校
中学校
高等学校
専修学校
大学

かつて存在した学校

  • 幸手町立八代中学校(1978年昭和53年)3月31日閉校)
  • 幸手町立吉田中学校(1978年(昭和53年)4月1日から吉田中学校の所在地に東中学校を新設)
  • 幸手市立栄中学校2009年平成21年)3月31日閉校)
  • 幸手町立吉田第一小学校(1984年(昭和59年)3月31日閉校)
  • 幸手町立吉田第二小学校(1984年(昭和59年)3月31日閉校)
  • 幸手市立栄第一小学校(2003年(平成15年)3月31日閉校)
  • 幸手市立栄第二小学校(2003年(平成15年)4月1日から栄第二小学校の所在地にさかえ小学校を新設)
  • 幸手市立幸手東小学校(2005年(平成17年)3月31日閉校)
  • 幸手市立緑台小学校(2005年(平成17年)4月1日から緑台小学校の所在地にさくら小学校を新設)
  • 幸手市立香日向小学校2012年(平成24年)3月31日閉校)
  • 埼玉県立幸手高等学校2013年(平成25年)3月31日閉校)
  • 埼玉県立幸手商業高等学校(2013年(平成25年)4月1日から幸手商業高等学校の所在地に幸手桜高等学校を新設)

電話番号

市外局番は市内全域が「0480」。同一市外局番の地域との通話は市内通話料金で利用可能(久喜MA)。収容局は幸手局および幸手八代局。

郵政

郵便番号は市内全域が「340-01xx」である。

  • 幸手郵便局 - 幸手市全域の集配を担当
    • 幸手中郵便局
    • 幸手団地内郵便局
    • 八代郵便局

公園

消防

警察

住宅団地

  • 幸手上高野住宅 (幸手市上高野)
  • 幸手南さくら住宅 (幸手市南)
  • 幸手北住宅 (幸手市北)
  • 幸手西住宅団地 (幸手市香日向)
  • 埼玉県営幸手さくら団地
  • 埼玉県営幸手北団地
  • 東武幸手団地
  • 幸手団地 (幸手市栄)

交通

鉄道

路線バス

タクシー

タクシーの営業区域春日部市草加市越谷市久喜市八潮市などとともに県南東部交通圏となっている。

  • 幸手タクシー
  • 共和タクシー

道路

高速道路
一般国道
県道
その他主要道路

愛称のある道路

名所・旧跡・祭典・観光スポット

神社・寺など

出身著名人

その他

  • 神扇スプレー倉庫爆発火災 - 跡地は2007年現在更地
  • らき☆すた
    主人公泉こなたの居住地という設定になっており、それが縁で同作を元にした町おこしを地元商工会が進めている。2010年1月1日に泉家を住民登録し、特別住民票を2010年1月3日より交付している
  • ハッピーハンド
    幸手市は「幸せの手」と表記される市名にちなみ「ハッピーハンド」をキーワードにした街づくりが行われている。その一環で幸手青年会議所では、1988年(昭和63年)から毎年市民に感動や幸せを与えてくれた人を投票により選び、選ばれた人を当市へ招待したり、その人の手形モニュメントにし市役所や幸手駅前ロータリーなどに展示する事業を行なっている。また、選ばれた人から贈呈された寄贈品は市役所や市民文化会館(アスカル幸手)に展示している。

脚注

  1. 『幸手市史調査報告書第10集 村と町 -往時の幸手-(182ページ)』 幸手市史編さん室 編集 幸手市教育委員会 発行 平成十三年三月二十六日 発行
  2. 『幸手市史調査報告書第10集 村と町 -往時の幸手-(182ページ)』 幸手市史編さん室 編集 幸手市教育委員会 発行 平成十三年三月二十六日 発行
  3. 『幸手市史調査報告書第10集 村と町 -往時の幸手-(223ページ)』 幸手市史編さん室 編集 幸手市教育委員会 発行 平成十三年三月二十六日 発行
  4. 『幸手市史調査報告書第10集 村と町 -往時の幸手-(182ページ)』 幸手市史編さん室 編集 幸手市教育委員会 発行 平成十三年三月二十六日 発行

関連項目

外部リンク