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天皇の料理番

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天皇の料理番
著者 杉森久英
発行日 1979年12月
発行元 読売新聞社
ジャンル ノンフィクション小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本
ページ数 357
公式サイト 天皇の料理番 集英社文庫
コード JP番号 80009322
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天皇の料理番』(てんのうのりょうりばん)は、1979年に出版された、杉森久英による小説。1978年10月から1979年11月まで週刊読売に連載された[1]2015年までに、3回テレビドラマ化された。

宮内省大膳職司厨長(料理長)を務めた秋山徳蔵の青年期から主厨長になるまでを描いた作品。秋山の実際の経歴をもとにしているが、細部はフィクションであり、実在した秋山との混同を避け、杉森の原作では「秋沢篤蔵」、ドラマ版では「秋山篤蔵」の表記となっている。

書誌情報

テレビドラマ

1980年版

1980年10月19日から1981年3月22日まで毎週日曜日20:00 - 20:55にTBS系で放送された。全19話。主演は堺正章[2]

ドラマ版では明治大正昭和と激動の世代を駆け抜けた篤蔵の生涯を、一部フィクションを交えて辿った。ドラマ内の随所で、関東大震災二・二六事件太平洋戦争など実際の映像が放映されるなどドキュメンタリーの要素も含まれた内容となっている。最終回では本編の最後に秋山篤蔵本人のが映し出された。

また、当時大阪を活動の拠点としていた明石家さんまが役者として全国区に進出したことでも話題になり、さんまが東京に活動の場を移すきっかけとなった。ナレーション渥美清が務めた。

日本で初めてステレオ放送されたドラマでもある。

あらすじ

明治末期、福井県に修行に出された篤蔵は、少年期から修行や勉強もしない不良な日々を過ごしていた。ある日、香ばしい匂いが篤蔵の鼻をよぎった。軍隊の宿舎の厨房で作られたカツレツの匂いであった。篤蔵は軍隊の田辺からカツレツを食べさせてもらった。今まで西洋料理を食べたことがなかった篤蔵はカツレツの味に感動し、西洋料理の料理人になるために親の反対を押し切って上京する。

東京に着いた篤蔵は、見習い仲間の新太郎や辰吉らと共に料理の極意を学び、様々な苦労を味わった後、最高位の料理人に上り詰め、“天皇の料理番”に就任する。

キャスト

篤蔵の兄。先見の明があり大学にまで行かせるぐらい期待されるが肺結核にかかり死去。
華族会館の兄貴分。画家を目指しておりシェフは留学資金稼ぎで務めている。夢のためなら手段は選ばない性格で三沙子の愛人になり資金を援助してもらっていた事がバレたほか、惚れた弱みに漬け込みキミ子にヌードデッサンのモデルを悪げもなしに頼む。しかしフランスで絵を酷評されあっさり挫折、シベリア出兵で片足麻痺になり、結局華族会館での料理スキルを生かし洋食屋を開いた。
華族会館の同僚。お調子者で浮かれてしまうと手を洗い忘れる癖があり、宇佐美から体罰を受ける。婿養子としてキミ子の家の小料理屋の後取りになる事が決まったが結婚前にキミ子がヌードを引き受け主人以外の人間に裸を見せた事にショックを受け自殺を図るが一命を取り留める。その後も婿養子の肩身の狭さから荒れ始めサラリーマンになるが関東大震災で何もかも嫌になり退社。最後は自動車修理工として働き始める。
篤蔵に料理の道を歩ませるきっかけになった恩人。戦争に招集されるが八千代と離れられず隊を脱走し駆け落ち。憲兵に追い詰められ拳銃自殺。
遊郭から逃げてきた芸者。田辺、周一郎、篠原と逃げ込んだ後篤蔵の部屋に落ち着くが料理番就任の際、自分の存在がネックになり自ら家を出る。
辰吉の初婚妻。新婚当初からギクシャクした仲でみつとの浮気現場を発見し二人を家から追い出す。後ほとぼりが冷め、冷静に考えヨリを戻そうと辰吉の家に行く途中関東大震災に遭う。
華族会館のオーナーシェフ。厳しくも優しい目で篤蔵らを見守る。バンザイ軒で腐っていた篤蔵の作ったカツレツを見て激怒、殴りつける。
トシ子の後夫。トシ子と結婚するが戦後恐慌で多額の借金をこさえ自殺。
八千代の駆け込先での三人目の男。共産主義者だった事で八千代も共産主義の同士として世間から白い目で見られるようになる。
労働者向けの大衆食堂バンザイ軒の主人。梅とは年の差夫婦であるが店を篤蔵に任せ遊郭に夜な夜な通う。篤蔵をクビにしたためその後は不明。立場としては上だが篤蔵に手玉に取られる。
仙之助の妻。精力旺盛で篤蔵を誘惑する。
篤蔵、新太郎がフランス留学時代に世話になった娼婦。篤蔵が帰国した後も彼が忘れられず着の身着のままで日本まで追いかけてくるがフランス語しか話せず苦慮している中新太郎と再会、身を寄せるうちに異国の地で唯一意思が通じる新太郎と両思いになっていく。
キミ子の家の奉公人。辰吉に見初められて愛人になり別居後、面倒を見るうちに同棲を始める。
皇室にどっぷりの人物で庶民の感覚で様々な料理を作ろうとする篤蔵に口を出し気が合わない。
篤蔵を料理番に推薦した第一人者。無農薬野菜の研究に没頭し料理の選定は篤蔵を信用し丸投げにした結果珍味カエルのフライを出して事務官とトラブルになり知らなかったのは職務怠慢として責任を取らされ宮内庁を去る。

スタッフ

放送日程

サブタイトルは『○○と○○』で統一されていた。

各話 サブタイトル 脚本 演出 視聴率[3]
第1回 カツレツと二百三高地 鎌田敏夫 森崎東 13.8%
第2回 夜汽車とコック帽 藤田明二 13.1%
第3回 じゃがいもと別離 渡邊祐介 9.9%
第4回 スープと紙風船 藤田明二 11.1%
第5回 オムレツと堪忍袋 大原豊 9.0%
第6回 アイスフライと誘惑 鎌田敏夫 渡邊祐介 10.5%
第7回 爆弾とスペシャル・ディナー 10.7%
第8回 おかゆとジゴマ 藤田明二 10.6%
第9回 熱い涙と大福餅 大原豊 井上昭 11.2%
第10回 フランスパンと娼婦 鎌田敏夫 藤田明二 11.4%
第11回 恋とゲテモノ料理 13.1%
第12回 水飴とかけがえのない女 11.6%
第13回 すっぽんスープと短刀 井上昭 11.5%
第14回 紅マスと砲弾 大原豊 藤田明二 11.0%
第15回 おでんと帰らざる時 鎌田敏夫 12.4%
第16回 シャンパンと関東大震災 井上昭 13.7%
第17回 ザリガニと天皇の料理番 15.3%
第18回 蛙のフライと見果てぬ夢 大原豊 藤田明二 13.4%
最終回 カツレツとパリ祭 鎌田敏夫 13.5%

エピソード(1980年版)

  • 堺正章は役作りのため、ホテルオークラ東京の厨房で約3か月間料理の修業を行った。
  • 出演者の一人であった明石家さんまが司会を務め、2015年10月12日に放送されたTBSテレビ60周年特別番組『伝説のドラマ&バラエティー全部見せます!夢共演も大連発SP』では1980年版の映像の一部が放映され、さんまがゲストパネリストとして出演した堺正章との共演エピソードについて語った。
  • また、さんまが語るところによると辰吉は当初、篤蔵とほぼ同時期に入ったが早々に根を上げて夜逃げし料理界の厳しさを身を持って知るという役割で3話程度でクランクアップする予定であったがさんまが現場スタッフに非常に気に入られ、もう一つの話の軸として華族会館を去った辰吉のその後の人生も描かれる事になった。それに伴い物語も秋山篤蔵の一代記から篤蔵、新太郎、辰吉による三者三様の群像劇として展開された。[4]
TBS 日曜20時枠
前番組 番組名 次番組
海外取材ニッポンの実力
(1980.7.13 - 1980.9.28)
天皇の料理番
(1980.10.19 - 1981.3.22)
日曜特集
(1981.4.19 - 1981.7.19)

テンプレート:堺正章 テンプレート:明石家さんま

1993年版

1993年2月8日に“ロイヤル特別企画”と銘打って、TBS系「月曜ドラマスペシャル[注釈 1]高嶋政伸主演でリメイク版が放送された[注釈 2]

キャスト(1993年版)

スタッフ(1993年版)

2015年版

TBSテレビ60周年特別企画として、2015年4月26日から同年7月12日まで毎週日曜日21:00 - 21:54にTBS系の「日曜劇場」枠で放送された。秋山徳蔵役を演じる佐藤健は、TBSの連続ドラマでは単独初主演となった[5]

ドラマのロケは岡山県倉敷市倉敷美観地区で行われ、横浜市青葉区緑山スタジオ・シティ内にあるオープンセットには、ドラマ撮影のために明治から大正にかけての東京・丸の内の町並みが再現された。また12回中7回は放送時間延長スペシャル(うち、第1回は2時間<正味1時間48分>、最終回は1時間30分<同1時間24分>、それ以外は1時間10分<同1時間4分>)という連続ドラマでは極めて異例の編成[注釈 3]だった。

あらすじ(2015年版)

福井県武生村に生まれ、幼い頃からやんちゃな性格だった秋山篤蔵は、両親により入れられた寺も破門となってしまう。優秀な兄、周太郎に反してあまりに単純で短気な篤蔵に頭を悩ませた両親は、篤蔵を海産物問屋の松前屋の婿養子にさせる。

そうして松前屋の跡取りとして働いていた篤蔵はある日、鯖江連隊の厨房で働く炊事軍曹の田辺と出会う。そこで食べたカツレツの味に衝撃を受けた篤蔵は、その日からこっそり田辺が勤務する厨房に通い、料理の基礎を習い始める。篤蔵が日本一の料理人になりたいという志を持ち始めた矢先に松前屋にその事実が知れると、篤蔵の妻である俊子の父は激怒して2人を離縁させようとするが、俊子の想いから白紙になる。しかし、料理人の夢を捨てきれない篤蔵は家を飛び出して東京に行ってしまう。

神田の竜雲館に下宿し日本大學法律科に通う周太郎、そして彼の指導教授である桐塚の計らいで、篤蔵は一流西洋料理店である華族会館で働くことに。掃除や皿洗いなどの単純作業に徐々にやる気を無くしていくが、料理長の宇佐美に「料理はまごころだ」という信条を教えられると、仕事が面白いと思うようになり、機転も利くようになる。宇佐美は篤蔵の料理人としてのセンスを早くから見抜いており、後に篤蔵の人生の師となる。篤蔵は、早く料理の腕を上げたい焦りから偶然知り合った英国公使館の五百木のもとでも働き始めるが、篤蔵の評判に嫉妬する同僚にそのことを暴露されて華族会館を解雇されてしまう。

篤蔵はほどなくして偶然立ち寄った大衆食堂・バンザイ軒で働き始める。そこで手応えを感じた篤蔵は、店を出すお金が欲しいと両親に掛け合うが相手にされない。俊子は、夢を追う篤蔵を想い自ら身を引き、篤蔵と離縁する。父、周蔵は、渡仏したいと再び金をせがむ篤蔵を勘当してしまう。しかし、周太郎が病魔に冒されていること、そして篤蔵に自分の夢を託したいという周太郎の思いを知り、篤蔵に渡仏資金を渡す。兄から託された金銭を少しも無駄にしまいと、篤蔵はフランス語を勉強しながら築地精養軒で修行を始める。そして3年後、家族、宇佐美ら周囲の人々の期待を一心に背負い、希望を持って単身でパリに渡る。

パリに渡った篤蔵は、一流ホテルであるホテル・マジェスティックの厨房で小僧として働くことになる。日本との味覚の違い、そしてなによりも人種差別に苦しむ篤蔵だが、料理長は篤蔵の腕を高く買い、次々と昇進させる。しかし、それでも一向に賃金が上がらないことに篤蔵は違和感を覚える。それは、篤蔵がユニオンに加入していないからだった。当時日本人では加入した前例がなく、当時のフランスの価値観からも難しいと考えられていたが、駐仏大使が料理長に交渉し、日本人で初のユニオンの加入に成功する。そこから篤蔵はさらに頭角を表し、3年後にはフランス料理の最高峰であるホテル・リッツに転職。当時「フランス料理の革命児」と呼ばれたオーギュスト・エスコフィエのもとで働き、公私ともに充実した日々を送る。そんな時、篤蔵は宮内省から大正天皇ご即位の行事で来賓に振る舞う料理を指揮してほしいとの要請を受ける。戸惑う篤蔵だったが、周囲からの激励もあり帰国の決心をする。

日本に戻り、家族に報告した後に下宿のため再び東京のバンザイ軒に向かうと、そこで俊子と再会する。俊子は篤蔵の生き方に倣い自分らしく生きており、2人は下宿先で言葉を交わす中で再び惹かれあっていく。そして、篤蔵が宮内省大膳寮の厨司長として行事を無事成功させたという一報を受け安堵した周太郎は、篤蔵の活躍を喜びながら息を引きとる。

再婚した篤蔵と俊子は待望の第1子を授かり、数年後には2人の子供にも恵まれる。しかし、幸せに暮らすさなかで関東大震災が発生。家族の安否を確認できないまま宮内省の役人として被災者への炊き出しなどを行う篤蔵は、産婆として働く俊子を手伝う長男の姿を見つける。そして家族全員が無事であることを確かめ、家族に感謝の思いを伝える。しかしそのころから俊子は体に異変を起こしており、表には出そうとしない俊子の意志に反して篤蔵の目の前で倒れてしまう。医師から心不全を起こしたと告げられ、俊子が心配な篤蔵は食養生を始めるが、俊子は日に日に衰弱していく。俊子は子どもたちにさまざまな助言をして自らの死期に備える。篤蔵もそんな俊子を献身的に看病するが、俊子は新しい年を迎えた後の、ある冬の日に息を引き取る。失意の中で暮らす篤蔵を奮起させたのは、俊子が教えた思いを受け継ぐ子どもたちの姿だった。そして篤蔵は俊子の形見を握りしめながら再び大膳寮に向かうのだった。

時は経ち、日本はアメリカを中心とする連合国に敗戦し、まもなくGHQによる統治が始まる。昭和天皇が裁判にかけられる可能性があることを宮内省から聞いた篤蔵は、天皇の料理番としてできることを模索する。そして、天皇に恥をかかせないようなおもてなしをしたいと、GHQに自らの勝手使いを申し出る。GHQからの日本や天皇に対する侮辱的・差別的な言動があった際は、天皇や今まで料理人の夢を応援してくれた師匠、家族、友人を思いだして必死に耐える。ある日、GHQとその家族の集まりの場で料理を振る舞っていた際にも天皇を侮辱された篤蔵は、感情を押し殺してその場で道化に徹する。これは、天皇のためなら何でもするという、篤蔵の天皇へのまごころからでた行動だった。

それから長い間、篤蔵は昭和天皇に仕える料理番としてまごころを持ってその職務を全うする。そして、1972年10月18日、58年という長い料理番人生に終止符を打つ。

キャスト(2015年版)

主要人物
篤蔵の友人
  • 松井 新太郎(華族会館見習い → 画家に転職) - 桐谷健太
  • 山上 辰吉(華族会館見習い → 上野精養軒コック) - 柄本佑
華族会館
秋山家
高浜家
篤蔵・俊子夫妻の子供達
洋食屋「バンザイ軒」
パリ
宮内省大膳寮
宮内省その他
皇室
その他

スタッフ(2015年版)

受賞

放送日程(2015年版)

各話 放送日 サブタイトル 演出 視聴率[21] 備考
episode1 4月26日 〜時代を超える人間の愛と命の感動物語〜
どうしようもない男が百年前に見た料理への果てなき夢…
平川雄一朗 15.1% 54分拡大
episode2 5月03日 料理はまごころ 11.4% 10分拡大
episode3 5月10日 あいしてるの決断 岡本伸吾 12.0%
episode4 5月17日 愛し君よサラバ 平川雄一朗 12.7%
episode5 5月24日 おさな夫婦の結末 14.5%
episode6 5月31日 愛と命の果てパリ 14.1% 10分拡大
episode7 6月07日 パリと差別と結婚 中前勇児 14.9%
episode8 6月14日 パリでの卒業式 15.3%
episode9 6月21日 皇居編〜ザリガニと御即位の御大礼 平川雄一朗 16.7% 10分拡大
episode10 6月28日 皇居編〜関東大震災と家族の決意 山室大輔 16.1%
episode11 7月05日 皇居編〜最愛の人と最後の晩餐 平川雄一朗 16.8% 10分拡大
episode12 7月12日 完結〜料理番の人生
敗戦の料理番がGHQに起こした愛の奇跡
17.7% 30分拡大
平均視聴率 14.9%[21](視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯)

撮影場所

綱町三井倶楽部倉敷アイビースクエア大内宿千葉県立房総のむらワープステーション江戸博物館明治村、日立目白クラブ(東京都選定歴史的建造物)、旧須賀川小学校(大田原市)、大井川鐵道忍野村など。

コラボレーション

  • ドラマでは三菱一号館(丸の内)が登場するため、その縁があって三菱一号館美術館内にある「Cafe1894」ではTBSと三菱地所の全面協力により、秋山篤蔵が料理人になるきっかけを作った「カツレツ」を一般に提供する特別メニュー「インペリアル・セレクション〜Katsuretsu〜」を2015年4月1日から期間限定で提供している[22]
  • 2015年版ドラマは、文部科学省による「トビタテ!留学JAPAN」と厚生労働省による「職業能力開発施策」と、2つの省庁施策との相互協力広報活動を合意した[12]

エピソード(2015年版)

  • 主人公・秋山篤蔵役の佐藤健は、全ての調理シーンを代役なしで演じた[23][24]
  • 主人公の兄・周太郎役の鈴木亮平は、役作りのために半年間で20キロの減量を行った[25](ただし、10日間で元に戻ったという[26])。
  • 主演の佐藤健は開始前日である4月25日に、1980年版に主演した堺正章が司会を務める『新チューボーですよ!』にゲスト出演、新旧主演者の共演と相成った[27]
TBS 日曜劇場
前番組 番組名 次番組
流星ワゴン
(2015.1.18 - 2015.3.22)
TBSテレビ60周年特別企画
天皇の料理番
(2015.4.26 - 2015.7.12)
ナポレオンの村
(2015.7.19 - 2015.9.20)

テンプレート:TBS系日曜劇場 テンプレート:ザテレビジョンドラマアカデミー賞

堺正章版と佐藤健版の大まかな違い

  • 俊子の職業は佐藤版では産婆、堺版(トシ子)は終始主婦で職には就かなかった。
  • 堺版の秋山夫妻には子に恵まれなかった。(主要人物では辰吉と後妻のみつ、前妻のキミ子と再婚相手の医者(未登場)の間にそれぞれ一子のみ)
  • トシ子は料理人になる決意をした時点で篤蔵と離婚、再婚までの間坂口という男と結婚する。(後に坂口は自殺)
  • 堺版では華族会館に勤めている時点でフランス留学を視野に、フランス語の指導をしてくれる桐塚の家に下宿する。
  • 華族会館解雇の理由が違う。(堺版では深夜にも勉強していた事をバカにされて先輩シェフと大喧嘩になった責任を取らされ解雇)
  • 佐藤版ではバンザイ軒を円満に去ったが、堺版では梅が秋山の男らしさに惚れてしまい篤蔵も人肌恋しさから彼女を寝取ってしまった事を仙之助が感づきクビにされる。(その間に篤蔵の兄〔秋山周一郎〕が他界)
  • 渡仏後、堺版では宇佐美が書いたホテルリッツ(紹介先)の紹介状をひったくられ、大使館の協力で町のレストラン、一流レストランジョルジュ・サンクで働くがまもなくトシ子の都合で帰国、宇佐美の尽力で精養軒の職に就く。
  • 堺版の本編はトシ子が亡くなり、失意のうちに生前二人で行こうと誓った新太郎の洋食屋で豚カツを食べていく内に今までの思い出が甦り涙を流しながら「自分が求めていた味はこの味かも知れない。美味しかったよ。」と新太郎に感謝する所で終了し、戦中・戦後から往生までは渥美清のナレーションで進行した[28]
  • 堺版の秋山篤蔵は軽妙なセリフ回し[29]で、トシ子とは婚約前からいがみ合う醜態を晒しながらも「喧嘩するほど仲が良い」と言う間柄になっていく。また、天皇陛下へのご挨拶で頭を下げた際にズボンが裂けるなど三枚目に描かれている。

脚注

注釈

  1. 放送枠は21:00 - 23:24と、30分の拡大版だった。
  2. なお、リメイク版ではモノラル放送であった。
  3. 通常は第1回と最終回に時間拡大を行う程度である。
  4. 花子とアン』と共に受賞。

出典

  1. 杉森久英. 天皇の料理番, 集英社文庫. 集英社. 
  2. “『天皇の料理番』堺正章版がTBSチャンネルで放送-鹿賀丈史、さんまら出演”. マイナビニュース. (2015年7月14日). http://news.mynavi.jp/news/2015/07/14/583/ . 2016閲覧. 
  3. 「テレビ視聴率季報(関東地区)」ビデオリサーチ。
  4. 急遽追加されたためか辰吉編は本編にはあまり関係しない、現在で言うスピンオフである。
  5. 入倉功一 (2014年12月5日). “佐藤健、刀を包丁に持ち替える!TBS連ドラ初主演で料理人役に挑戦!”. シネマトゥディ (シネマトゥディ). http://www.cinematoday.jp/page/N0068779 . 2014閲覧. 
  6. 6.0 6.1 我が家・坪倉&シャカ大熊、ドラマ出演で新境地 TBS『天皇の料理番』”. ORICON STYLE (2015年5月8日). . 2016閲覧.
  7. 田中 芽衣 プロフィール”. クオリアム. . 2015閲覧.
  8. 山田紗椰”. A-Light. 2015年5月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2015閲覧.
  9. 9.0 9.1 TBSドラマ「天皇の料理番」公式サイト 人物相関図(第十話)
  10. 10.0 10.1 10.2 TBSドラマ「天皇の料理番」公式サイト 人物相関図(第十一話)
  11. 人物詳細”. TBSテレビ:『TBSテレビ60周年特別企画 日曜劇場 天皇の料理番』. TBS. . 2015閲覧.cast
  12. 12.0 12.1 郷ひろみ:「天皇の料理番」で24年ぶり民放連ドラ出演 ドラマは2省庁とタイアップ”. MANTANWEB (2015年4月19日). . 2016閲覧.
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  18. 第85回 最優秀作品賞”. smartザテレビジョン. KADOKAWA. . 2015閲覧.
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  20. “二宮和也主演「赤めだか」放送文化基金賞最優秀賞 優秀賞は「天皇の料理番」”. スポニチアネックス. (2016年6月8日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/06/08/kiji/K20160608012743880.html . 2016閲覧. 
  21. 21.0 21.1 「天皇の料理番」最終回17.7%で有終の美!瞬間最高20.3%”. スポニチアネックス (2015年7月13日). . 2015閲覧.
  22. “「天皇の料理番」コラボカツレツ 7営業日連続完売の人気”. スポニチ Sponichi Annex. (2015年4月9日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/04/09/kiji/K20150409010139080.html . 2016閲覧. 
  23. “「天皇の料理番」佐藤健の包丁さばきにプロも感嘆「この形、いい感じ」”. スポニチアネックス. (2015年5月31日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/05/31/kiji/K20150531010434560.html . 2016閲覧. 
  24. “「天皇の料理番」代役なしの佐藤健 指導の西洋料理主席教授「間違いなく100点」”. スポニチアネックス. (2015年7月5日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/07/05/kiji/K20150705010652470.html . 2016閲覧. 
  25. “鈴木亮平 役作りで20キロ減量「自分の半年を捨ててもいい」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2015年4月13日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/04/13/kiji/K20150413010152860.html . 2015閲覧. 
  26. “20キロ減量の鈴木亮平、10日で元通り「絶対、真似しないで」”. ORICON STYLE (オリコン). (2015年4月21日). http://www.oricon.co.jp/news/2051811/full/ . 2015閲覧. 
  27. 佐藤健、堺正章と新旧“料理番対決””. ORICON STYLE (2015年4月20日). . 2016閲覧.
  28. BS-TBS番組情報
  29. 同じ原作なのにここまで違うか「天皇の料理番」35年前の旧シリーズと見比べてみた。 - 2016年3月12日参照。

関連項目

外部リンク