堺正章

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堺 正章(さかい まさあき、1946年6月6日 - )は、日本コメディアン歌手俳優司会者ラジオパーソナリティ。本名、栗原 正章(くりはら まさあき)。愛称は「マチャアキ」「堺先生(しゃかい しぇんしぇい)」「巨匠」「Mr.かくし芸」。

エンターテイナー、タレント、歌手など様々な肩書きを持つが、1990年代以降はテレビ番組の司会を中心に活動している。ホリプロを経て、ケイダッシュ田辺エージェンシー傘下の個人芸能事務所エスダッシュに所属。

来歴

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スパイダーズ在籍時の堺正章(前列左端)

1946年6月6日、喜劇俳優である堺駿二の長男として東京都世田谷区で生まれる。父の駿二による出生届の提出が2か月間遅れ、戸籍上は8月6日生まれである[1]

5歳の時、父に連れられて撮影所に行ったことをきっかけに子役として映画に出演し、芸能界にデビューする[1]神奈川県鎌倉市にある鎌倉学園在学中の1962年、16歳でかまやつひろし(ムッシュかまやつ)や大野克夫らの音楽バンドザ・スパイダース」に加入し、その後加入した井上順とともにボーカルを担当して「夕陽が泣いている」などがヒットした。鎌倉学園出身の後輩には、サザンオールスターズ桑田佳祐がいた。

1970年のバンド解散後はソロで歌手活動を展開したほか、俳優、司会、さらに父の職を受け継いでコメディアンと、多方面で活動している。1970年にスタートしたTBSテレビドラマ時間ですよ』に第3シリーズ1973年まで出演し、番組人気と相まって、悠木千帆らとともに俳優としての出世作となった。

1978年から1980年にかけて日本テレビ系ドラマ『西遊記』『西遊記II』で主役の孫悟空を務め、子どもを中心に大きな人気を集めた。2006年フジテレビ系ドラマ『西遊記』最終回に釈迦役でゲスト出演し、如意棒を手に往年の演武を披露した。1976年から『新春かくし芸大会』に出演し、毎年玄人はだしの個人芸を習得・披露してエンターテイナーぶりを発揮した。

1999年に、かまやつひろし、井上堯之と共にユニット「ソン・フィルトル」を一時結成してCDリリースした。ライブ活動を皮切りに、12月31日にオリジナル曲「Yei Yei」を『第50回NHK紅白歌合戦』で披露した。

2008年、フジテレビ系ドラマ『無理な恋愛』で、民放連続ドラマとしては日曜劇場パパ・サヴァイバル』以来13年ぶりに主演し、主題歌「忘れもの」を歌って1993年発表の「CATCH ME」以来15年ぶりとなるシングルをリリースした。

2013年、第6回したまちコメディ映画祭in台東でコメディ栄誉賞を受賞[2]した。2015年浅草公会堂正面の「スターの広場」に手形が設置された。

私生活

プライベートでは1974年に一般女性と結婚したが1980年に離婚し、慰謝料が1億円と噂されて一部メディアで話題になった[3][4]

1989年、タレントの岡田美里と再婚し、長女はアパレルブランドのデザイナー・ファッションブロガーの菊乃、次女は女優の堺小春、の2女を儲けるも、2001年に離婚[5]した。岡田は「自身が幼少時に実父E・H・エリックから受けた家庭内暴力PTSDが発症し、1995年に流産を経験した頃から状態が悪化した。堺の何気ない行動も過敏に感じ、生活を共にすることが苦痛になった」ことを離婚の原因に挙げて「堺からの暴力や暴言が原因ではない」と語っている。

65歳の誕生日である2011年8月6日、2002年ごろに出会い、8年以上交際していた22歳年下の一般女性と結婚[6]した。

人物

  • 趣味は番組の取材がきっかけとなったイタリア車で、イタリアのクラシックカーイベント「ミッレミリア」や、その日本版である「ラ・フェスタ・ミッレミリア」に出場している。
  • 麻雀は、フジテレビ系の『THEわれめDEポン』は歴代最多出場で、通信対戦麻雀闘龍門の広告にも出演した。
  • 新春かくし芸大会』で高難易度の芸を毎年披露して「Mr.かくし芸」とも言われた。『西遊記』収録当時に京劇直伝の棒芸を、通常は3か月を要するがわずか1週間で習得したことなどが『西遊記』DVDの特典映像で語られている。2006年香取慎吾が主役の『西遊記』最終回に釈迦役でゲスト出演した際も、見事な棒さばきを披露している。
  • 氏名が元フジテレビアナウンサー堺正幸と酷似するため、新聞のテレビ欄で誤植されたことがあり本人も話題のネタにしていた。
  • 2011年、最も好きな女性芸能人Every Little Thing持田香織を挙げて、堺の持ち歌「さらば恋人」でデュエットした[7]
  • 1975年、堺が属する田辺エージェンシーからデビューしたタモリに、芸が面白くなく「先輩の前ではサングラスを取れ」「九州に帰った方がいい」と芸能界を諦めるように助言すると、「僕はこれが主義なんで」と言い返したタモリに「こんな奴が売れたら、俺は芸能界を止めてやる」と思ったものの、タモリは一気に売れていったため、いつの間にか「タモリさん」と敬意を持って接するようになった。

音楽活動

ソロ活動のみ。

主なシングル

主な企画シングル

  • ハッチャキ・ダンス(1972年5月25日、日本コロムビア SCS-163)
    • B面「たたかえ!ハッチャキ・セブン」
  • ハッチャキ・マーチ(1972年、日本コロムビア SCS-180)
    • 作詞:高瀬タカシ/作曲:森岡賢一郎/編曲:森岡賢一郎
    • 日本テレビ系バラエティ『ハッチャキ!マチャアキ!!』より
    • B面「お絵書き怪獣ゴミラ」
  • シャカリキブルース(1973年11月10日、日本コロムビア SCS-215)

主なアルバム

  • マチャアキのベスト・スコア(1970年10月25日)
  • ひとりぼっちのマチャアキ(1971年)
  • サウンド・ナウ!(1972年7月10日)
  • 恋人時代 / 堺正章 フォーク・アルバム (1973年5月)
  • Sunday After Dark(1978年)

その他

出演

テレビドラマ

映画

舞台

テレビアニメ

ラジオ

バラエティ

現在

不定期

過去

音楽番組

特別番組

CM

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1971年(昭和46年)/第22回 さらば恋人 18/25 ザ・ピーナッツ
1972年(昭和47年)/第23回 2 運がよければいいことあるさ 03/23 朱里エイコ
1973年(昭和48年)/第24回 3 街の灯り 04/22 南沙織
1974年(昭和49年)/第25回 4 枯葉の宿 05/25 桜田淳子
1975年(昭和50年)/第26回 5 明日の前に 03/24 藤圭子
1976年(昭和51年)/第27回 6 苺の季節 04/24 南沙織(2)
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。
  • 対戦相手の歌手名のカッコ内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にあるカッコはトリ等を務めた回数を表す。

出典・注釈

出典

注釈

  1. 堺のシングルに封入された歌詞カードには、クレジットが松本、大瀧の名で記されており、大瀧の原曲を収めたシングル盤で記された松本の別名の江戸門弾鉄、大瀧の別名の多羅尾判内ではない。

外部リンク