マジカル頭脳パワー!!

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テンプレート:加筆依頼 テンプレート:色の過剰使用 マジカル頭脳パワー!!(マジカルずのうパワー)は、日本テレビ系列1990年10月27日から1999年9月16日にかけて放送されていたクイズ番組ゲームバラエティ番組である。

本項では特別番組大マジカル頭脳パワー!!スペシャル』についても記述する。

概要

1994年3月26日までは、毎週土曜日20:00 - 20:54(以下の放送時間はすべてJST)、同年4月14日以降は毎週木曜日19:54 - 20:54(正式には19:55 - 20:54、木曜日初回の1994年4月7日は19:00 - 20:54)1999年4月22日以降は同日19:58 - 20:54に変更。

最高視聴率1996年5月2日に記録した31.6%(関東地区)[$ 1]。歴代日本テレビゴールデンタイムバラエティ番組で最も高い数字である[1]。瞬間最高視聴率は1996年4月11日に放送された「第16回大マジカル頭脳パワー!!2時間30分スペシャル」で、要注意チーム・風見しんごが「新マジカルアート伝言バトル」で潜水艦の絵を描いた瞬間で40.9%。その後も平均20-25%を推移する怪物番組であった。

○時00分ではなく他局の番組より少し早く番組を開始する、いわゆるフライングスタートを日本のゴールデンタイムで最初に行った番組といわれる[2]

日テレ系列の土曜20時枠でのクイズ番組は1985年10月 - 12月にあった「おもしろ人間ウォンテッド!!」以来、4年10か月ぶりとなる。

放送時間

期間 放送時間(日本時間
1990.10 1994.03 土曜日 20:00 - 20:54(54分)
1994.04 1999.03 木曜日 19:54 - 20:54(60分)
1999.04 1999.09 木曜日 19:58 - 20:54(56分)

沿革

視聴率は、開始当初は、初回が7.0%、第2回が6.0%(歴代最低)、第3回が6.2%と第11回まで一桁が続いたが[3][$ 2]、開始から5か月後の第19回(1991年3月16日放送分)では16.8%を記録[$ 2]。1994年4月からは、それまで木曜20時台に放送されていた『木曜スペシャル』と枠交換を行い、木曜日の放送となった(『木曜スペシャル』は『スーパースペシャル』に改称)。また、木曜20時台が1時間番組になるのは1973年9月までの「木曜スペシャル」以来20年半ぶりとなった。なお、「木曜スペシャル」は同年10月から19時半からの90分番組になっている。

特に1995年 - 1996年頃は「マジカルバナナ」、「マジカルアクション伝言バトル」などの人気クイズで毎回20%以上の高視聴率を記録した。1995年5月11日放送分では視聴率が30.9%と、初の30%超えを達成した[$ 3]

1996年10月10日の放送を最後に、番組の顔的存在であった所ジョージが正式に降板[4]。それから1997年以降になると、「マジカルバナナ」「マジカル伝言バトル」「エラーを探せ!」など、当番組の人気クイズを次々に撤廃させ、リニューアルを図った。

※1998年4月23日はプロ野球中継で雨天中止のため放送となった。

しかし、番組末期の1999年に入ると視聴率が一桁台に転落したり、ほか裏番組の視聴率が上昇したこともあり、同年9月16日の『最終回スペシャル』を最後に番組が終了し9年間の放送に幕を降ろした。

内容

クイズルール

解答者は、知識を問うようなものではなく、パズルや推理クイズなどで頭の柔らかさを競う。番組の構成は時期により大きく異なり、初期はほぼ全問書き問題、後期以降はクイズというよりはゲーム色の強いコーナーが中心であった。解答者の人数は当初5人であったが、その後段階的に増えていき、末期の頃には10人に増えていた。9年間の放送で全252種類のクイズ・ゲームが考案された。しかし、番組の内容が変わるたび視聴者から様々な意見が寄せられたため五味が読売新聞に番組内容を変更した趣旨等を説明した事もある[5]ほど反響も大きかった。

得点は「頭脳指数」と表され、最も多くの得点を稼いだパネラーには「トップ頭脳賞」が与えられた(マジカルミステリーツアー獲得パネラーが出た回は除く)。トップ頭脳賞の商品は、当初は万年筆など世界のステーショナリークッズで、レギュラー解答者でほとんど毎回トップを取っていた所ジョージが万年筆をコレクションとした。その後はJTBの旅行券10万円分(1993年2月 - 1995年2月)→DC(後の三菱UFJニコス)のギフトカード10万円分(1995年3月 - 4月)→日本信販(後の三菱UFJニコス)のギフトカード10万円分(1995年4月 - 1999年9月)がプレゼントされた。

さらにレギュラーの時にパネラーが1000点以上の得点を挙げた場合には、世界の七不思議「マジカルミステリーツアー」(世界一周旅行)へ招待された。

番組内コーナーの変遷

初期は芦ヶ原伸之が監修した影響が強く、スーパーコンピュータ「マジカル君」が出題をするという設定のもと早押しクイズもなく、例示されたパズルや、「マジカルミステリー劇場」を中心とした推理クイズなどの書き問題であった。1991年春からは早押しクイズ(ヒントクイズ)が登場。まだこの時は、1人が正解したら終了するという、他のクイズ番組でも行われていた標準的な形式のヒントクイズだった。視聴者の投稿クイズ(パズル)のコーナーもあり、採用された際の賞品は時価10万円の純銀パズル(タングラム)であった。 当時の早押しクイズは頭脳指数が200から時間ごとに10減り、0までとなり、正解が出るまで解答権があるが誤答だと一回休みになった(一回休みの際は、黒地に赤い字で「一回休み」と立ち上がる)。

1991年秋からは「恐怖の居残り早押しクイズ」と称したものが中心となった。この形式の代表的なクイズは「あるなしクイズ」である。1991年11月9日から1993年11月13日までの約2年間はセットの解答者席に檻が出てきた。1993年12月4日以降は檻は廃止されたものの、1995年1月までこの形式のクイズは続いた(1995年3月16日の90分SPと2001年12月29日の復活SPでは、それぞれ一時復活)。視聴者の投稿クイズの賞品は、番組特製時価10万円相当の純銀製タングラム(初期~中期)、トミー(後のタカラトミー)から発売された同番組のボードゲームと「あるなしクイズ」ビデオのセット。 「恐怖の居残り早押しクイズ」になると、頭脳指数は200(途中から100)から-50となり、VTRを最後まで流すだけではなく、全員が正解するまで続くようになった。ただ檻時代は全員が正解した後に、映像を最後まで流すことがあった。また、書き時代にはマイナスポイントの概念がなかったため、マイナス表示もパネラーが手書きしたものだった。しかし、この形式になって以降、デジタル表示でマイナスを出すようになった。

1993年までは番組内で出題されるクイズは全てパネラー席で実施されていた。1994年1月8日の『大マジカル』に登場した「マジカルシャウト」は当番組にとってパネラー席の外で行う初めてのクイズであり、当初は「シャウト」のみパネラー席の外で行っていたが、同年秋頃に「マジカルアート」が開始されたのを皮切りにパネラー席の外で行うクイズが徐々に増え始め、末期はパネラー席で行うクイズはほとんど存在しなかった。

1995年-1996年頃には「マジカルバナナ」・「おぼえてしりとりバトル」・「マジカルチェンジ」・「マジカルインスピレーション」など、言葉遊び、連想ゲーム、リズム系クイズが一世を風靡し、人気を集めた。また、特に長い時間を割いた「マジカル伝言バトル」(1994年-1997年)では、伝達ミスなどの面白いハプニングが毎回のように起こった。

しかし、リニューアルを図った番組末期の1998年以降になると、クイズ形式の要素は次第に無くなっていき、各パネラーが競い合うゲームが主体となっていった。

出演者

司会者

  • 板東英二1990年10月27日(第1回) - 1999年9月16日(最終回)、2001年12月29日復活スペシャル)
    初回から最終回まで出演した唯一の人物。司会者としての他に、6チーム制時での大マジカル(本命チームが所ジョージ1人だったため)・パネラー7人体制時での「マジカルアート」にて助っ人として参加していた。また、2001年復活スペシャルの直前に放送された『スーパースペシャル2001・総制作費30億!!日テレ年末年始スペシャルのオイシイ所ジョージが全て見せますペシャル』(2001年12月22日放送)では「マジカルの顔」として紹介された。

マジカル・オペレーター

解答者

レギュラー解答者

  • 1枠
    司会の板東と並んで番組の顔ともいえる存在。トップ頭脳賞及びマジカルミステリーツアーの獲得回数を他の解答者より大きく引き離しており、司会の板東英二や出演者、視聴者も認める最強の解答者であった[8]。同時にSHOW by ショーバイ!!における「逸見」VS「山城」のような「板東」VS「所」の構図が徐々に浮き彫りになり、彼らの掛け合いが、この番組を盛り上げる要因にもなった。当時の賞品であった万年筆をコレクションにし、ジャケットの裏に数え切れないほど付けて登場したこともあった[9]。また、所はエキセントリックな行動で笑いを誘ったり、意図的に珍解答をし番組を盛り上げることもあった[10]
    居残り早押しクイズ全盛期は頭の回転力が凄まじく、1993年には、問題出題の前にボタンを押し、早々と正解させた記録もある。そのため、他の解答者が嫉んでいたのかミステリーツアーを阻止してなかなか1000点以上獲得できなかった。また普通の問題では、所ジョージの頭の良過ぎるゆえすぐに回答されてしまうことが多いため、スタッフが所ジョージ対策として考えたのが「イラツキ早押しマジカルスキャナ」や「新・立体文字クイズ」だった。制作スタッフのエピソードとしては、例えば「マジカルズーム穴うめワード」にて、所ジョージのあまりの正解の早さにスタッフの驚愕している音声が何度も電波に乗ってしまったことがある[11]。また、初めてマジカルミステリーツアーを獲得した際は、次週放送から旅行のために2週間(2本撮りのため)番組を休んだ[12]。また、1991年11月9日放送では「タレント早押しクイズ」の出題者として登場したこともあった。視聴者からの出題クイズで得点がマイナスになった場合、出題者に彼のサインが贈呈される事もあった。
    「マジカルミステリー劇場」では、自作の板東英二人形「スーパー板ちゃん」を出して板東に突っ込まれるが、その後「世界ふしぎ発見!」から借りてきた本物のスーパーひとし君を出して、この番組の司会である板東を驚愕させたことがある。
    実力の高さからか、1991年秋及び1994年正月 - 1995年春の「大マジカル」と、200回SPでは彼のみ単独で登場した。また、レギュラー放送では圧倒的な強さのため常に好成績であり、全パネラー中最下位となったのは1995年5月25日放送回の1回のみであったが、「大マジカル」では後述のハンデの影響もあって3回連続最下位となった[13]。一方1992年のあるなしスペシャルは2回とも所が所属するチームが優勝している。
    2001年復活スペシャルでは「マジカル最強の頭脳」と言われるほど番組開始当初から重要なパネラーであったが、所は、1996年10月10日放送の「大マジカル」をもって正式に降板することになった(当時は番組の卒業としていた)。
    レギュラー降板の後には「板東さんに『所さん、頼むから出て来てよ』と何度もお願いされて」との理由で、1997年9月18日放送の90分スペシャルに1度だけ登場。だが1999年9月放送の最終回では、VTRでの録画出演だった。2001年復活スペシャルでは5年2か月ぶりに当番組へ復帰し、その頭の切れは健在であった。
    当番組初登場時は「Wコウジ」として、東野幸治ペアで準レギュラー的に出演。但し今田が1枠レギュラーとして定着後、相方の東野は1998年春以降の大マジカルしか出演していない。
  • 2枠
    第1回のトップ頭脳賞獲得者。1990年12月は出演せず、その間の代役蓮舫森尾由美がついていた。
    レギュラー降板後には1996年11月21日から1997年9月18日まで数回出演(その時は4枠席や5枠席)。
    1991年-1992年頃、ゲスト出演した和田アキ子が2枠席につき、千堂あきほが4枠席についたことがあったが、1993年以降は和田アキ子が出演しても千堂は2枠席、和田は4枠または5枠席についていた。また、1991年-1992年の上半期に千堂が不在のときは(初期は正式なレギュラーではなかったため)蓮舫らがついていた。
    1994年7月14日の放送で所ジョージ、俵孝太郎に次いでマジカルミステリーツアーを獲得(女性パネラーとしては初)した時は嬉しさのあまり涙した。
    当番組初登場時から準レギュラー的に出演していたが、1995年10月に千堂が降板した後は、正式な2枠レギュラー解答者に昇格(但し、1995年11月2日には山咲千里が2枠席で加藤が4枠席に、また1996年2月1日には北野大が2枠席で加藤が3枠席に、それぞれついたこともあった)。1998年11月5日からは再び準レギュラーとなり、加藤の出演しない回は女性ゲスト(主に中山エミリなど)が2枠についた。
    レギュラーになる前は毎回珍解答を連発し、所ジョージに毎回つっこまれていた。レギュラーになった当初も珍解答を連発することがあった。
    女性パネラーの中ではマジカルミステリーツアー獲得数は最多の3回であった。
    「マル禁ワード」を出した回数は、全部で25回のワースト記録を持ち、後に自ら「ミスマル禁」と称したこともある[14]
    「大マジカル」では、パネラー最多の5チームに在籍経験がある[15]
    絶頂期時代の解答席8枠中、8枠を除く7つの解答席についたことがある[16][17]
  • 3枠
    初期~中期の頃の知的・ご意見番的パネラー。所ジョージに次ぐトップ頭脳賞獲得回数を誇り、1992年1月18日放送回では所ジョージに次いでマジカルミステリーツアーを獲得した[18]
    初期の筆記問題は自らの知識をいかしてボーナスをもらえることがよくあったが、逆に答えがわからないとあきらめて白紙回答になることがあった。また、居残り早押しクイズで最後まで正解できなかったあるいはギリギリで正解した際、「なんだ下らない」あるいは「なんだバカらしい」と言うのがお決まりだった。
    1995年3月16日の90分スペシャルをもって、当番組のレギュラーを正式降板。それ以降俵は、1999年9月16日の最終回スペシャルや、2001年12月29日の復活スペシャル等にも一切出演していない。
  • 最後尾
    基本的には最後尾であるが、後期まではゲストパネリストがグループで出場する場合は最後尾から2番目(初期は、末席がグループでなくても最後尾から2番目についたこともあった)[19]
    レギュラー解答者の中でなかなか1000点獲得ができず[20][21]、他の解答者が1000点突破した際は紙吹雪に参加せずに1人だけ悔しがったということもあった[22]が、最終回前の1999年9月9日放送分では最後のゲームにおいて最初で最後の1000点を突破する快挙をようやく達成した[23]
    歴代すべてのパネラー席セット(全筆記問題時代パネラー席→檻付きパネラー席→ボックス型パネラー席→レギュラー最後のパネラー席)時期を経験した唯一のレギュラー解答者[24][25]であり、解答者の中では最多出演記録を持っている。

主な準レギュラー解答者

当番組の主な準レギュラー解答者、及びゲストパネリストの席の各位置は、4枠から最後尾の席の隣までだった、1995年1月 - 1998年7月まで8枠の席だった。1998年7月以降は2枠の席だった。V6ダチョウ倶楽部・今田耕司&東野幸治などがグループで1チーム扱いされた場合は、最後尾が優先された。

ほかゲスト解答者(複数回出演者も含む)

歴代セット

司会者席の変遷

初期 - 中期前半
  • 初期は板東英二がピンクやブルーをバックに(第1回のみ例外)座って司会をしており、木村優子が頭脳指数を表示するデジタルパネルをバックに座っていた。
  • 1991年11月9日に居残り早押しクイズが導入されると板東が立ちながらの司会になり、司会者机も下部に赤色のLEDを表示したものに変更。このLEDの上には後に『MAGICAL ○○○○』(○は西暦)とデジタル文字(パネルではない)で表示されるようになった。また木村はグラフィカルなパネルをバックに座るようになった。1992年5月のセットチェンジの際には司会者机が大きくなっている。
  • 1992年10月24日に永井美奈子がマジカル・オペレーターになると板東と同じく立ちながらやるようになった。これにより頭脳指数を表示するデジタルパネルが廃止された。また1993年6月12日と1993年10月9日に司会者席のバックがタワーを模したバックに変更されている。
中期後半 - 後期
  • 1994年10月13日からは司会者机と司会者席のバックがフルモデルチェンジされた(バックは目を模したセットである)。
  • 1997年10月16日からは「マジカルブランコ」のセットのスペースを空けるために司会者席のバックが無くなる。
末期
  • 1998年7月30日からのセットチェンジの際に、司会者席の場所が今までと逆になった。また、司会者机がさらにフルモデルチェンジされ、LEDが緑色に変わり、その上には『MAGICAL』とゴシック体で表示するだけになった。司会者席のバックもフルモデルチェンジされ、モニターセットが設けられた。
復活スペシャル
  • 2001年12月29日の復活スペシャルでは板東英二と魚住りえの司会者席のバックは、1994年10月13日 - 1997年10月9日の2001年12月29日バージョンで、司会者机のセットは1994年10月13日 - 1999年9月9日の2001年12月29日バージョンだった。

解答席の変遷

BYR color wheel.svg この項目ではを扱っています。閲覧環境によっては、色が適切に表示されていない場合があります。
  • 番組放送開始から1992年4月18日放送分までは5席、以降放送回が進むごとに解答者席が増えていき、番組終了時は10席だった。
  • 解答席の色は1枠青、2枠黄緑、3枠ピンク、4枠水色、5枠黄色、6枠オレンジ、7枠紫、8枠朱色、9枠赤、10枠緑。なお、9枠以降は8枠までの解答席の枠順が全く逆になった後増設されたものである(後述)。また1997年1月30日2月6日放送分は3枠水色、4枠ピンクで、1995年3月16日・1997年4月17日24日5月8日6月12日放送分は4枠黄色、5枠水色と入れ替わっていた。放送開始から檻が出てくる1991年11月以前は4枠は黄色、5枠は青緑とそれ以降と逆。
初代(1990年10月27日 - 1991年11月2日)
  • 解答席の下に筆記問題解答用のモニターが装備されており、バックは黒(正解したときは赤に変わる)で白字で表示される。解答者を映すとモニターが見えないため、視聴者には解答を書いたモニター画面がテロップで表示される。解答席上部とネームプレート上部には青いランプがあったが、1991年5月25日放送分からネームプレート上部の青いランプが赤いランプとなって、早押しの解答ランプとして使用される。解答席後部の得点板の両横にはピンクのランプ、得点板の下には横に細長い赤いランプが12本あり、正解すると点滅していた。ネームプレートは黒地に白で名前が書かれており、名前の下にローマ字表記がなされている(第1回のみ白地に黒でローマ字表記はなし)。
2代目(1991年11月9日 - 1993年11月13日)
  • 解答席に居残り早押しクイズで使う電動で動く檻とヘッドホンが装備され、ヘッドホンは解答席の後ろにあるホルダーに引っ掛ける。また、居残り早押しでは起立している、檻が閉まっているため解答席のボタンでは押しにくいので、手で握るタイプの早押しボタンとなっており、使用しない時はヘッドホンホルダーの近くのホルダーに引っ掛ける。解答席後部の得点板の下に赤いランプ(早押しの解答ランプも兼ねている)、赤いランプの下に横に細長いランプが6本あり、正解すると点灯・点滅していた。筆記問題用の解答モニターもあったが、1992年4月18日に筆記問題がなくなり、1992年5月9日に6枠に増設されるとモニター部分が「MAGICAL roulette system」と書かれた赤い早押しランプに変わり(1992年7月4日放送分のみ5枠)、あるなしクイズ上級編で正解すると解答席が電動で前に動き、解答者が解答席から司会者席に移動していた[47]。早押しランプは1993年5月に形が変わり、「roulette system」の文字が消え、「MAGICAL」のみになった。
  • 1992年2月1日放送分から、メインの得点板の上部にもう1つ得点板が設置された。これは居残り早押しクイズで、解答者が立っているとメインの得点板が見にくいため設置されたもので、クイズ開始時に上部の得点板に得点を表示、正解すると上部の得点板で得点が加点・減点され、メインの得点板に表示される。また、上部の得点板の上部に18個の豆電球が並んでおり、早押しランプの役割となっていたが、解答モニターがなくなった頃からは、得点板上部の周りに緑色のランプが点灯するようになり、正解すると点灯、早押しでは解答ランプとなっているが、イラつき早押しマジカルスキャナでは、本来早押しボタンを押した解答者に緑色のランプが点灯した。
  • 1993年10月30日11月13日放送分は、檻付きの解答席で7枠という珍しい形態であった。これは視聴者代表小学生枠を設けるためである。
  • 「史上最強クイズ番組決定戦 クイズ世界はSHOW by ショーバイ!! VSマジカル頭脳パワー!! 夢の対決!!」(後述)では、パネラー席は通常放送時とは逆の順(左側から1枠、2枠…6枠)に並べていた。
3代目(1993年12月4日 - 1998年7月23日)
  • 大幅にセットチェンジされ、解答ボックスが電動で上下に動くタイプになった。居残り早押しクイズで正解すると解答ボックスが上がり、マイク付きヘッドホンは解答ボックスの下に引っ掛けるようになっていた。ネームプレートは日本語表記のフルネームのみになった。このセットは1998年7月23日放送分までとおよそ4年半にわたって続くことになった。
  • 居残り早押しクイズが廃止されるとヘッドホンがなくなり、それと交替する形で「マジカルバナナ」等のリズム系クイズが登場されてからは解答ボックスにマイクが付いた。リズム系クイズでアウトになると解答ボックスが上がる状態になっていた。また、1996年7月4日放送分からはパネラー席の色に合わせたランプが得点板の上に装備される。このランプは「超瞬間お手上げクイズ」のときには手を上げるとランプが赤く光り、一目で手を上げたか上げなかったかを判断できるようになった。パネラーが座るイスは7枠時代は青いソファーであったが、1995年1月19日放送分に8席に増設されてから普通のイスになった(8枠が初登場した1994年12月22日放送分の90分SPでは8枠でも青いソファー、1994年年始・春・秋・年末の大マジカル頭脳パワー!!スペシャルでは、椅子が置かれていない、1996年3月14日以降の90分SPでは2人掛けの椅子。)。
  • 解答ボックスのネームプレートの下には赤いランプがあり、早押しクイズでは解答ランプとして、くっつきバトルロイヤル・リズム系クイズでは解答権のある解答者を示すランプとして点灯していた。得点板の周りには緑色のランプ、得点板の下に3色LED式のパネル、パネルの下に細長いランプが6本あり、正解・勝ち残るとランプは点灯・点滅、パネルもグラフィカルな点滅をする。
  • このLEDはオープニングは緑色のバックに赤色で当番組のシンボルマークが表示されたり、【MAGICAL】とスロットのように順番に表示されたり、1〜7枠で一文字ずつ「M」「A」「G」「I」「C」「A」「L」と表示されていた(8枠増設後はシンボルのMマークで固定)表示回答中は赤色をバックに橙色で左右のが上に上がる表示をし、居残り早押しクイズで正解したり、リズム系・勝ち残りクイズで最後まで勝ち残ると緑をバックに赤と橙色で○が表示されたり(「超瞬間○×クイズ」の時には○と回答したときのみ黒をバックに赤一色のだった)、逆に居残り早押しクイズで不正解だったり、リズム系・勝ち残りクイズで失格になったりすると黒をバックに赤一色で×と大きく表示され、パネラー席で行わないクイズの場合は緑をバックに橙色の波のような線(〜〜〜〜)が右から左へ流れるように表示するなどさまざまな演出があった。
4代目(1998年7月30日 - 1999年9月9日)
  • 大幅にセットがチェンジされ、先代よりコンパクトな感じになった。初めは解答テーブルがあったが、末期はパネラー席で行うクイズがほとんどなかった関係もあり、解答テーブルも廃止された(この回答テーブルは3代目末期にオープニングクイズの「マジカルチェック5つのちがい」で使われていた)。ネームプレートは苗字・名前・フルネームとばらばらになった。
  • また、司会者席の配置などが変わり、パネラー席を左側から1枠、2枠…と呼ぶ形式に変わった。また、1999年2月25日放送分から9枠赤、3月11日放送分から10枠緑と増設されている(10枠増設以降も9枠までの週が8月5日放送分まで時々あった)。
5代目(2001年復活スペシャル)
  • 2001年12月29日の復活SPでは3代目を模したセットをモチーフにしており、解答者席の後部はLCD液晶ディスプレイに変わった。クイズの正解、マジカルチェンジなどの勝利時には黄緑をバックに赤い縁取りのが表示された。更に数多くの小さな黄色のが近づくようになった。不正解、アウト時には黒をバックに黄色の×が表示され、さらに数多くの水色の小さな×が回転するように演出された。マル禁ワードでマイナス50点の場合は紫をバックに赤の(禁)が表示され、「禁」文字が左右に揺れる演出が流されていた。その他の場合は水色をバックに当番組のシンボルマークが表示される。席順は左から1枠(緑)2枠(オレンジ)3枠(青)4枠(ピンク)5枠(紫)6枠(赤)7枠(黄緑)8枠(黄色)の順で、3代目とは異なり解答ボックスは上下移動せず着脱式となった。
  • 番組初期は、スペシャル『大マジカル頭脳パワー!!』で各チーム代表者による早押しの時など、パネラーの解答が正解、不正解に関わらず流されていたが、後年は正解に限り、口元を「ナイショ」の文字で隠し、効果音で解答者の声を消すシステムになった。
  • 『大マジカルスペシャル』時はレギュラー全期間・2001年の復活SPの全てひな壇上の回答席にパネラーが座っており、チーム中1人が参加する個人戦時のみ、通常のセットを使用していた。個人戦用の通常セットのネームプレートにはチーム名が書かれていた。

スペシャル放送での変遷

初代(第1回~第4回) 
  • 解答者席台にモニターが付いた。得点ボードは1991年春(第1回)、年末(第3回)は解答者席のチームプレート下、1991年秋は解答者の英語表記が示されているバックランプの上、1992年春は解答者席チームプレートの左横に設置。また1991年春、秋(第2回)では解答者席のとは別に「MAGICAL INFORMATION」と呼ばれる得点ボードがマジカルオペレーター席の後ろに表示されていた。
2代目(第5回~第7回)
  • タブレットが無くなり、イラつきルーレットが設置されたが、団体解答者席は使用されなかった。
3代目(第8回~第17回)
  • 解答者の英語表記から『SPECIAL』に変わった。第8回(1993年秋)では3人1組(20代男性チームのみ4人1組)で同じサイズだったが、第9回(1994年年始)から第17回(1996年秋)までチームの人数によってサイズが違っていた(本命チームは小さい。対抗チームはやや小さい。6チーム制での名門チーム絶好調チーム、8チーム制での一番人気チーム名門チーム絶好調チーム一発逆転チームは普通。6チーム制での一発逆転チーム、8チーム制での要注意チームはやや大きい。大穴チームは大きい。)。第13回(1995年春)と第16回(1996年春)はセットの台にチームの色と同じ色の花が設置された。第8~10回は丸いパネル、第11~17回はフラッグが設置された。第11回(1994年秋)から、失格になった場合、×のフラッグが出た瞬間、後ろのランプも消える。正解ならばのフラッグが出る。第9回では本命チーム対抗チーム、第17回では一番人気チーム要注意チームの色が逆になっていた(一番人気チームの台は黄緑・やや大きい、要注意チームは青・普通)が、個人解答者席のランプ付き解答ボックスは左から3番目の一番人気チームと右から2番目の要注意チームの色は逆になっていない。
4代目(第18回~第24回)
  • セットが大リニューアルし、『SPECIAL』の縁が水色からチームカラーと同じ色(前列右から、オレンジピンク黄緑黄色)に変わり、セットのサイズも均等になった。第18回(1997年年始)・第19回(1997年春)は初期の3人1チーム制に戻った。但し、一番人気チームのみ6人1チーム。なお、得点ボードの両サイドにある赤ランプの点灯は、マジカルバナナ・マジカルチェンジ→スペシャルチェンジ・マジカルパンダ・マジカルビンゴで、出番が回ったら点灯。新早押しエラーを探せ!・有名人を探せ!でボタンを押したら点滅、パトランプも回転。正解すれば1個1個が点滅。マジカルバナナで失格となった場合は『×』のパネルが出た瞬間、後ろのランプも消える。新エラーを探せ!で正解した場合はのパネルが出る。第19回と第22回(1998年春)はセットの色と同じ花が設置された。第22回では一発逆転チーム要注意チームの色が逆になっていた。また、第22回以降はパトランプが撤去された。
5代目(2001年復活スペシャル)
  • 丸みを帯びた3代目・4代目から一新され、直線基調になった。4代目と同様にセットのサイズは8組とも均等かつ『SPECIAL』の縁の色はチームカラーと同じ色で、『SPECIAL』の電飾は楕円形から長方形に近い八角形に変わった。セットのバックは4代目と同じであった。

解答席の変遷順

レギュラー放送の席

使用期間 席の色 枠数
1990年10月27日 - 1991年10月26日 5枠 4枠 3枠 2枠 1枠 5
1991年11月9日 - 1992年4月18日 5枠 4枠 3枠 2枠 1枠
1992年5月9日 - 1993年11月13日[48][49][50] 6枠 5枠 4枠 3枠 2枠 1枠 6
7枠 6枠 5枠 4枠 3枠 2枠 1枠 7
1993年12月4日 - 1995年1月12日[51] 7枠 6枠 5枠 4枠 3枠 2枠 1枠
1994年12月22日・1995年1月19日 - 1998年7月23日[52] 8枠 7枠 6枠 5枠 4枠 3枠 2枠 1枠 8
1995年3月16日・1997年4月17日・24日・5月8日・6月12日 8枠 7枠 6枠 5枠 4枠 3枠 2枠 1枠
1997年1月30日・2月6日 8枠 7枠 6枠 5枠 4枠 3枠 2枠 1枠
1998年7月30日 - 1999年2月18日 1枠 2枠 3枠 4枠 5枠 6枠 7枠 8枠
1999年2月25日 - 1999年9月9日[53] 1枠 2枠 3枠 4枠 5枠 6枠 7枠 8枠 9枠 9
1枠 2枠 3枠 4枠 5枠 6枠 7枠 8枠 9枠 10枠 10

スペシャル放送の席

順番 回答席
大マジカル1回 本命:紫 ヒロイン:青 スポーツ:緑 堀越:桃 東大:橙 インターナショナル:黄緑
大マジカル2回 お笑い:水 ヒロイン:紫 スポーツ:緑 所ジョージ:黄 堀越:桃 東大:青 インターナショナル:橙
大マジカル3回 マジカル:青 ヒロイン:黄緑 激論!:緑 堀越:橙 頭脳パワー:桃 インターナショナル:黄
大マジカル4回 一文字:青 両手に星:黄緑 カントリー:緑 松:橙 両手に花:桃 インターナショナル:黄
大マジカル5回 カタカナ名前:橙 両手にダンゴ:緑 カントリー:桃 独身モテモテ:黄緑 両手に花:青 インターナショナル:黄
大マジカル6回 松:橙 竹:緑 梅:桃 鶴:黄緑 猿:青 亀:黄
大マジカル7回 桜:桃 すみれ:緑 あざみ:橙 たんぽぽ:黄 れんげ:水 つくし:黄緑
大マジカル8回 30代:緑 40代:橙 50代:青 20代女性:赤 20代男性:黄緑 10代:紫 視聴者代表小学生:黄
大マジカル9回 本命:橙 対抗:水 名門:青 絶好調:赤 一発逆転:黄緑 大穴:黄
大マジカル10回 - 12回 本命:緑 対抗:橙 名門:青 絶好調:赤 一発逆転:黄緑 大穴:黄
大マジカル13回 - 24回(17、22回を除く) 本命:緑 対抗:橙 一番人気:青 名門:桃 絶好調:紫 一発逆転:赤 要注意:黄緑 大穴:黄
大マジカル17回[54] 本命:緑 対抗:橙 一番人気:黄緑 名門:桃 絶好調:紫 一発逆転:赤 要注意:青 大穴:黄
大マジカル22回 本命:緑 対抗:橙 一番人気:青 名門:桃 絶好調:紫 一発逆転:黄緑 要注意:赤 大穴:黄
2001年復活SP(第25回) 本命:緑 対抗:橙 絶好調:青 名門:桃 気合十分:紫 要注意:赤 一発逆転:黄緑 大穴:黄

ヘッドホンの色

  • 1991年11月9日 - 1993年11月13日:黒
  • 1993年12月4日 - 1995年3月16日:水色・赤・緑・黄・オレンジ・ピンク・黄緑(水色と黄と赤は2個)
  • 2001年12月29日:銀
1993年12月以降はパネラー席と同じヘッドホン、マイク付きヘッドホンでもある。

スペシャル

大マジカル頭脳パワー!!スペシャル

春や秋・年末年始にはスペシャル版『大マジカル頭脳パワー!!スペシャル』が放送されていた。

  • 通常時と異なり、スペシャルではチーム戦となる。参加チームは最初6チームだったが、1991年秋と1993年秋のスペシャルは7チーム、1995年春のスペシャルから8チームに増えた。
  • 最初はチームは3人1組でチーム名はメンバーに合わせたネーミングだったが[55]、1994年から「本命」「対抗」「名門」「絶好調」「一発逆転」「大穴」という競馬用語のようなチーム名になり、同時にチーム名も成績別編成になって人数がチームごとに異なるようになり、「本命」チームは所ジョージ1人だけということもあった。このハンデは大きく、レギュラーでは屈指の強さを誇る彼も成績別編成になってからの『大マジカル』で優勝したのは復活スペシャルも含めて2回[56]だけである。また、珍回答を連発していた松村邦洋が「本命」チームに入ったことも大きいといわれている(所・松村の2人だけのチームになる前の1993年春の大マジカルでも3人1組の「桜」チームで同じチームになっていた。実際、所・松村が「本命」チームで優勝したのは2001年年末の復活スペシャルのときのみである)。なお、1995年春からは、これに「一番人気」と「要注意」が増え、8チームになった。
  • 1997年になるとどのチームも3-4人に固定されるようになった。ただし、一番人気チームは5人以上の回もあった。一番人気チームは毎回SMAP、TOKIO、V6とジャニーズ事務所所属のタレントで構成されていた(回によって全員出演する回と数名欠席している回がある)。
  • 番組末期の1999年のスペシャル版は年始(1月7日)のみ放映で、同年春・秋のスペシャル版は開催されなかった。
  • なお、一番人気チームは2001年の大復活スペシャルでは「絶好調」チームとなっており、ジャニーズ枠が撤廃されている。また、絶好調チームのあった5席目は「気合十分」チームとなっていた。また、6番目と7番目の「要注意」チームと「一発逆転」チームも入れ替わっていた。
  • 書き問題の解答は通常、バックは黒・白字で表示されるが、スペシャルの場合のみ水色バックに黒字で表示された。
  • 優勝チームには優勝賞金として100万円が渡された。ただし、初期ではメンバー全員で割り切れるように数円の端数(1,000,002円、1,000,005円など)があった。また、2チームが並んで優勝したことが数回あったが、その場合は決勝戦は行わず、両チームに100万円ずつ渡された。また、1997年春は優勝賞金が200万円であった。
  • 『大マジカル頭脳パワー!!』の放送時間は通常は120分(19:00 - 20:54)だが、中期から後期にかけては150分(18:30 - 20:54または19:00 - 21:24)が12回あり、1回だけ90分(19:54 - 21:24)もあった。

歴代優勝チーム

タイトル 放送日 優勝チーム 得点 備考
第1回 大マジカル頭脳パワー‼
スペシャル
MAGICAL SPECIAL 1991 SPR
1991年3月30日
19:00 - 20:54
ヒロイン・チーム
森尾由美杉本彩千堂あきほ
990点 *メイン司会者は板東英二(最終回迄)、初代マジカルオペレーター・木村優子(日本テレビアナウンサー)がスペシャル版では最初の出演。
第2回 大マジカル頭脳パワー‼
スペシャルII
MAGICAL SPECIAL 1991 FALL
1991年10月12日
19:00 - 20:54
所ジョージチーム
所ジョージ
1140点
第3回 大マジカル頭脳パワー‼
スペシャルIII
THE 3rd MAGICAL SPECIAL
1991年12月28日
18:30 - 20:54
マジカルチーム
(所ジョージ・高田純次ラサール石井
2120点 *オープニングでMCに扮装したダウンタウン(浜田雅功・松本人志)が乱入。
第4回 大マジカル頭脳パワー‼
スペシャルIV
THE 4th MAGICAL SPECIAL
1992年4月11日
19:00 - 20:54
一文字チーム
(所ジョージ・間寛平東ちづる
1510点
第5回 大マジカル頭脳パワー‼
スペシャルV
THE 5th MAGICAL SPECIAL
1992年10月3日
18:30 - 20:54
独身モテモテチーム
川合俊一諸星和己・千堂あきほ)
1590点 *初代マジカルオペレーター・木村優子(日本テレビアナウンサー)がスペシャル版では最後の出演。
第6回 マジカル頭脳パワー‼
超大お年玉スペシャル
THE 6th MAGICAL SPECIAL
1993年1月2日
18:30 - 20:54
梅チーム
(千堂あきほ・村野武憲高木ブー(ザ・ドリフターズ))
1822点 *2代目マジカルオペレーター・永井美奈子(当時日本テレビアナウンサー)がスペシャル版では最初の出演。
第7回 マジカル頭脳パワー‼
めちゃ超大スペシャル
THE 7th MAGICAL SPECIAL
1993年4月3日
18:30 - 20:54
あざみチーム
桑野信義大澄賢也小柳ルミ子
1670点
第8回 大マジカル頭脳パワー‼
超進化クイズ誕生スペシャル
THE 8th MAGICAL SPECIAL
1993年10月9日
18:30 - 20:54
40代チーム
(小柳ルミ子・間寛平・高田純次)
1620点
第9回 大マジカル頭脳パワー‼
超激烈バトルロイヤル
スペシャルターボ‼
THE 9th MAGICAL SPECIAL
1994年1月8日
19:00 - 20:54
対抗チーム
(ラサール石井・千堂あきほ)
1840点 *マジカルシャウトがこの回で初登場。この回以降成績別チーム編成となり、チーム人数が一定しなくなる。
第10回 大マジカル頭脳パワー‼
バトル王スペシャル
THE 10th MAGICAL SPECIAL
1994年4月7日
19:00 - 20:54
一発逆転チーム
(間寛平・そのまんま東早坂好恵麻木久仁子マルシア
2190点 *土曜日20:00から木曜日19:55に移動後、最初の放送。
第11回 大マジカル頭脳パワー‼
新バトル王スペシャル
THE 11th MAGICAL SPECIAL
1994年10月13日
19:00 - 20:54
名門チーム
山咲千里北野大・麻木久仁子)
一発逆転チーム
森口博子酒井法子・早坂好恵・川合俊一飯島愛
2200点
第12回 大マジカル頭脳パワー‼
決定!1994芸能界最強
バトル王スペシャル
THE 12th MAGICAL SPECIAL
1994年12月29日
18:30 - 20:54
本命チーム
(所ジョージ)
1830点 *マジカル伝言バトルがこの回で初登場。俵孝太郎がスペシャル版では、レギュラー解答者として最後の出演(当番組の正式降板は翌1995年3月16日の90分スペシャル)。
第13回 大マジカル頭脳パワー‼
今世紀最強!
クイズの王様スペシャル‼
THE 13th MAGICAL SPECIAL
1995年4月6日
19:00 - 20:54
対抗チーム
(千堂あきほ・今田耕司東野幸治
一番人気チーム
SMAP(中居正広木村拓哉森且行香取慎吾))
2160点 *マジカルバナナがこの回で初登場。この回以降8チーム対抗戦となる。
第14回 大マジカル頭脳パワー‼
20世紀クイズ番組史上最強!
最高!最新のスペシャル
THE 14th MAGICAL SPECIAL
1995年10月12日
19:00 - 21:24
要注意チーム
風見しんご・飯島愛・加藤紀子・早坂好恵)
2260点 *マジカルチェンジがこの回で初登場。千堂あきほがレギュラー解答者として最後の出演(千堂降板後は加藤紀子に交代)。
第15回 大マジカル頭脳パワー‼
1995年クイズ番組No.1
超(秘)の最新型クイズが
いっぱいスペシャル‼
THE 15th MAGICAL SPECIAL
1995年12月28日
19:00 - 21:24
一番人気チーム
(SMAP(木村拓哉・稲垣吾郎・森且行・草彅剛・香取慎吾))
2530点
第16回 大マジカル頭脳パワー‼
今年はこれが流行する
(秘)最新型クイズ
見逃せないぞ‼スペシャル
THE 16th MAGICAL SPECIAL
1996年4月11日
19:00 - 21:24
要注意チーム
(風見しんご・飯島愛・早坂好恵)
2210点
第17回 大マジカル頭脳パワー‼
視聴率の限界に挑戦!
今夜しか見られない
(秘)珍クイズスペシャル
THE 17th MAGICAL SPECIAL
1996年10月10日
19:00 - 21:24
要注意チーム
(風見しんご・早坂好恵・荻野目洋子
2490点 *2代目マジカルオペレーター・永井美奈子が、フリーアナウンサーとして最初の出演。所ジョージがレギュラー解答者として最後の出演(所降板後は今田耕司に交代)。
第18回 大マジカル頭脳パワー‼
今年はコレが大流行‼
初登場おもしろクイズで
大新年会スペシャル
THE 18th MAGICAL SPECIAL
1997年1月9日
19:00 - 21:24
本命チーム
(今田耕司・加藤紀子・清水圭
2250点
第19回 大マジカル頭脳パワー‼
春だ!みんなウキウキ
おもしろ最新クイズで
楽しもうスペシャル‼
THE 19th MAGICAL SPECIAL
1997年4月3日
19:00 - 21:24
本命チーム
(今田耕司・加藤紀子・清水圭)
2640点
第20回 大マジカル頭脳パワー‼
超おもしろ新クイズ&
新ゲームがいっぱい
スペシャル!
THE 20th MAGICAL SPECIAL
1997年10月9日
19:00 - 20:54
名門チーム
(ラサール石井・北野大・麻木久仁子)
2070点
第21回 大マジカル頭脳パワー‼
今年はコレが大流行‼
最新ゲーム&クイズで
大新年会スペシャル
THE 21st MAGICAL SPECIAL
1998年1月8日
19:00 - 20:54
対抗チーム
(ラサール石井・風見しんご・西田ひかる
1880点
第22回 大マジカル頭脳パワー‼
春だ!みんなワクワク
最新ゲームとクイズで
楽しもうスペシャル‼
THE 22nd MAGICAL SPECIAL
1998年4月2日
19:00 - 20:54
一番人気チーム
TOKIO(城島茂山口達也国分太一松岡昌宏))
1950点
第23回 大マジカル頭脳パワー‼
あの有名人がこ~んなことまで
しちゃうぞ!超(秘)(秘)(秘)
スペシャル‼
THE 23rd MAGICAL SPECIAL
1998年10月22日
19:00 - 20:54
一番人気チーム
(TOKIO(城島茂・山口達也・国分太一・松岡昌宏・長瀬智也))
2510点
第24回 大マジカル頭脳パワー‼
あなたは超クイズに
必ず3回ひっかかるぞ
スペシャル‼
THE 24th MAGICAL SPECIAL
1999年1月7日
19:54 - 21:24
対抗チーム
(ラサール石井・中山エミリ・山咲千里)
1450点 *当レギュラー番組のスペシャル版としては最後の放映。
第25回 20世紀のクイズ名場面
そして今夜だけ大復活
マジカル頭脳パワー‼
21世紀芸能界No.1頭脳
決定戦スペシャル
MAGICAL SPECIAL 2001
2001年12月29日
18:30 - 20:54
本命チーム
(所ジョージ・松村邦洋
1690点 *3代目マジカルオペレーター・魚住りえ(当時日本テレビアナウンサー)が当番組唯一の出演。

各回のチームメンバー・司会者

  • 第1回(1991年春)
    • 司会 板東英二・木村優子(日本テレビアナウンサー)
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ・ラサール石井・蓮舫
ヒロインチーム 森尾由美・杉本彩・千堂あきほ
スポーツチーム 江川卓・キューティー鈴木・川合俊一
堀越チーム 松本伊代・田中律子・森口博子
東大チーム 俵孝太郎・渡辺文雄・香川照之
インターナショナルチーム オスマン・サンコン・チャック・ウィルソン・西田ひかる
  • 第2回(1991年秋)
    • 司会 板東英二・木村優子
チーム名 参加者
お笑いチーム 高田純次・間寛平・ラサール石井
ヒロインチーム 蓮舫・田中美奈子・千堂あきほ
スポーツチーム ラッシャー木村・掛布雅之・川合俊一
所ジョージ 所ジョージ
堀越チーム 松本伊代・西野妙子・仁藤優子
東大チーム 俵孝太郎・香川照之・利根川裕
インターナショナルチーム 西田ひかる・オスマン・サンコン・ケント・デリカット
チーム名 参加者
マジカルチーム 所ジョージ・高田純次・ラサール石井
ヒロインチーム 東ちづる・田村英里子・花島優子
激論!チーム 蓮舫・川合俊一・村野武憲
堀越チーム 松本伊代・松本明子・田中律子
頭脳パワーチーム 俵孝太郎・千堂あきほ・間寛平
インターナショナルチーム 西田ひかる・マイケル富岡・オスマン・サンコン
  • 第4回(1992年春)
    • 司会 板東英二・木村優子
チーム名 参加者
一文字チーム 所ジョージ・間寛平・東ちづる
両手に星チーム 和田アキ子・川合俊一・諸星和己
カントリーチーム 高田純次・村野武憲・瀬川瑛子
松チーム 松本伊代・ドクター中松・松本明子
両手に花チーム 俵孝太郎・千堂あきほ・蓮舫
インターナショナルチーム 生島ヒロシ・オスマン・サンコン・ケント・デリカット・ラモス瑠偉
  • 第5回(1992年秋)
    • 司会 板東英二・木村優子
チーム名 参加者
カタカナ名前チーム 所ジョージ・研ナオコ・ジミー大西(遅刻)
両手にダンゴチーム 間寛平・高田純次・山咲千里
カントリーチーム 村野武憲・森口博子・林家こぶ平
独身モテモテチーム 諸星和己・川合俊一・千堂あきほ
両手に花チーム 俵孝太郎・早坂好恵・松本伊代
インターナショナルチーム ケント・デリカット・生島ヒロシ・西田ひかる
  • 第6回(1993年年始)
    • 司会 板東英二・永井美奈子(日本テレビアナウンサー・当時)
チーム名 参加者
松チーム 所ジョージ・山咲千里・桑野信義
竹チーム 和田アキ子・松本明子・松村邦洋
梅チーム 村野武憲・千堂あきほ・高木ブー(ザ・ドリフターズ)
鶴チーム 俵孝太郎・森口博子・松本伊代
猿チーム 間寛平・早坂好恵・ジミー大西
亀チーム 生島ヒロシ・タケカワユキヒデ・細川ふみえ
  • 第7回(1993年春)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
桜チーム 所ジョージ・ヒロミ・松村邦洋
すみれチーム 千堂あきほ・川合俊一・森脇健児
あざみチーム 大澄賢也・桑野信義・小柳ルミ子
たんぽぽチーム 千昌夫・高田純次・山咲千里
れんげチーム 俵孝太郎・諸星和己・森口博子
つくしチーム 間寛平・早坂好恵・瀬川瑛子
  • 第8回(1993年秋)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
30代チーム 所ジョージ・山咲千里・桑野信義
40代チーム 間寛平・高田純次・小柳ルミ子
50代チーム 俵孝太郎(60代)・五月みどり(50代)・細川隆一郎(70代)
20代女性チーム 千堂あきほ・酒井法子・森口博子
20代男性チーム 諸星和己・大澄賢也・ヒロミ・松村邦洋(遅刻)[57]
10代チーム 早坂好恵・遠野舞子・安室奈美恵
視聴者代表小学生チーム 星綾美ちゃん・山口森広君・関俊洋君
  • 第9回(1994年年始)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ
対抗チーム 千堂あきほ・ラサール石井
名門チーム 俵孝太郎・山咲千里・舛添要一
絶好調チーム 和田アキ子・森口博子・江川卓
一発逆転チーム 西田ひかる・酒井法子・有賀さつき・諸星和己
大穴チーム 間寛平・松村邦洋・早坂好恵・ヒロミ・久本雅美
  • 第10回(1994年春)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ
対抗チーム 千堂あきほ・俵孝太郎
名門チーム 森口博子・酒井法子・細川隆一郎・山咲千里
絶好調チーム 江川卓・和田アキ子・川合俊一・池谷幸雄
一発逆転チーム 間寛平・そのまんま東・マルシア・麻木久仁子・早坂好恵
大穴チーム 松村邦洋・飯島愛・定岡正二・ダチョウ倶楽部(肥後克広・寺門ジモン・上島竜兵)
  • 第11回(1994年秋)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ
対抗チーム 千堂あきほ・俵孝太郎
名門チーム 山咲千里・麻木久仁子・北野大
絶好調チーム 和田アキ子・高田純次・江川卓・池谷幸雄
一発逆転チーム 酒井法子・森口博子・川合俊一・飯島愛・早坂好恵
大穴チーム 間寛平・松村邦洋・久本雅美・定岡正二(遅刻)・ダチョウ倶楽部(肥後克広・寺門ジモン・上島竜兵)
  • 第12回(1994年年末)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ
対抗チーム 千堂あきほ・俵孝太郎
名門チーム 山咲千里・舛添要一・河野景子
絶好調チーム 江川卓・川合俊一・定岡正二・池谷幸雄
一発逆転チーム 高田純次・森口博子・酒井法子・早坂好恵・加藤紀子
大穴チーム 間寛平・久本雅美・松村邦洋・飯島愛・ダチョウ倶楽部(肥後克広・寺門ジモン・上島竜兵)
  • 第13回(1995年春)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ
対抗チーム 千堂あきほ・今田耕司・東野幸治
一番人気チーム SMAP(中居正広・木村拓哉・森且行・香取慎吾)
名門チーム 北野大・山咲千里・麻木久仁子・安達祐実(遅刻)
絶好調チーム 西田ひかる・酒井法子・加藤紀子
一発逆転チーム 高田純次・飯島愛・森口博子
要注意チーム 江川卓・川合俊一・定岡正二・池谷幸雄
大穴チーム 間寛平・久本雅美・松村邦洋・ダチョウ倶楽部(肥後克広・寺門ジモン・上島竜兵)
  • 第14回(1995年秋)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ・松村邦洋(退席)
対抗チーム 千堂あきほ・定岡正二・今田耕司(遅刻)・東野幸治(遅刻)
一番人気チーム TOKIO(城島茂・山口達也・国分太一(退席)・松岡昌宏・長瀬智也)
名門チーム 北野大・山咲千里・麻木久仁子
絶好調チーム 森口博子・西田ひかる・酒井法子・小松千春
一発逆転チーム 高田純次・江川卓・川合俊一・飯島直子
要注意チーム 風見しんご・早坂好恵・飯島愛・加藤紀子
大穴チーム 間寛平・和田アキ子・久本雅美(退席)・有賀さつき・ダチョウ倶楽部・寺門ジモン・上島竜兵)
  • 第15回(1995年年末)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ・松村邦洋(退席)
対抗チーム 加藤紀子・定岡正二・西田ひかる
一番人気チーム SMAP(木村拓哉・稲垣吾郎・森且行・草彅剛・香取慎吾)
名門チーム 北野大・山咲千里・麻木久仁子
絶好調チーム 森口博子・辺見えみり・小松千春
一発逆転チーム 高田純次・江川卓・川合俊一
要注意チーム 風見しんご・早坂好恵・飯島愛
大穴チーム 間寛平・久本雅美・ダチョウ倶楽部(肥後克広・寺門ジモン・上島竜兵)
  • 第16回(1996年春)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ・松村邦洋
対抗チーム 加藤紀子・定岡正二・西田ひかる
一番人気チーム SMAP(木村拓哉・森且行・草彅剛・香取慎吾)
名門チーム 北野大・山咲千里・麻木久仁子
絶好調チーム 森口博子・辺見えみり・小松千春・榎本加奈子
一発逆転チーム 高田純次・江川卓・川合俊一・清水圭
要注意チーム 風見しんご・早坂好恵・飯島愛
大穴チーム 間 寛平・久本雅美・ダチョウ倶楽部(肥後克広・寺門ジモン・上島竜兵)
  • 第17回(1996年秋)
    • 司会 板東英二・永井美奈子(日本テレビ→フリーアナウンサーに転身)
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ・松村邦洋
対抗チーム 加藤紀子・清水圭・瀬戸朝香
一番人気チーム[58] V6(20th Century(坂本昌行・長野博・井ノ原快彦)・Coming Century(森田剛・三宅健・岡田准一))
名門チーム 北野大・麻木久仁子・川島なお美
絶好調チーム 高田純次・川合俊一・辺見えみり・森口博子(遅刻)
一発逆転チーム 江川卓・定岡正二・大久保博元
要注意チーム[59] 風見しんご・早坂好恵・荻野目洋子
大穴チーム 間寛平・久本雅美・安藤和津・ダチョウ倶楽部(肥後克広・寺門ジモン・上島竜兵)
  • 第18回(1997年年始)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 今田耕司・加藤紀子・清水圭
対抗チーム 風見しんご・観月ありさ・佐藤藍子
一番人気チーム V6(20th Century(坂本昌行・長野博・井ノ原快彦)・Coming Century(森田剛・三宅健・岡田准一))
名門チーム 北野大・西田ひかる・麻木久仁子
絶好調チーム 辺見えみり・高田純次・森口博子(遅刻)
一発逆転チーム 江川卓・定岡正二・大久保博元
要注意チーム 川合俊一・荻野目洋子・早坂好恵(遅刻)
大穴チーム 間寛平・久本雅美・松村邦洋
  • 第19回(1997年春)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 今田耕司・加藤紀子・清水圭
対抗チーム 風見しんご・西田ひかる・田中律子
一番人気チーム V6(20th Century(坂本昌行・長野博・井ノ原快彦)・Coming Century(森田剛・三宅健・岡田准一))
名門チーム 北野大・麻木久仁子・渡辺満里奈
絶好調チーム 森口博子(遅刻)・辺見えみり・高田純次
一発逆転チーム 江川卓・定岡正二・大久保博元
要注意チーム 川合俊一・荻野目洋子・松村邦洋
大穴チーム 間寛平・久本雅美・つぶやきシロー
  • 第20回(1997年秋)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 今田耕司・加藤紀子・清水圭
対抗チーム 風見しんご・西田ひかる・田中律子
一番人気チーム TOKIO(城島茂・山口達也(遅刻)・国分太一・松岡昌宏・長瀬智也)
名門チーム 北野大・麻木久仁子・ラサール石井
絶好調チーム 高田純次・佐藤藍子・中山エミリ・つぶやきシロー(遅刻)
一発逆転チーム 江川卓・定岡正二・川合俊一
要注意チーム 爆笑問題(田中裕二・太田光)・荻野目洋子(遅刻)・遠藤久美子
大穴チーム 間寛平・久本雅美・松村邦洋・千秋(遅刻)
  • 第21回(1998年年始)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 今田耕司・加藤紀子・清水圭
対抗チーム 風見しんご・西田ひかる・ラサール石井
一番人気チーム TOKIO(城島茂・山口達也・国分太一・長瀬智也)
名門チーム 北野大・麻木久仁子・高橋英樹・大石 恵
絶好調チーム 高田純次・遠藤久美子・鈴木蘭々・保阪尚輝
一発逆転チーム 江川卓・定岡正二・森口博子・田中律子
要注意チーム 中山エミリ・藤崎奈々子・猿岩石(有吉弘行・森脇和成)
大穴チーム 間寛平・久本雅美・松村邦洋
  • 第22回(1998年春)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 今田耕司・加藤紀子・東野幸治
対抗チーム 風見しんご・西田ひかる・ラサール石井・遠藤久美子
一番人気チーム TOKIO(城島茂・山口達也・国分太一・松岡昌宏)
名門チーム 北野大・麻木久仁子・高橋英樹・中山エミリ
絶好調チーム 高田純次・安達祐実・渡辺満里奈・保阪尚輝
一発逆転チーム 江川 卓・定岡正二・川合俊一・森口博子
要注意チーム 西村知美・宝生舞・河相我聞・極楽とんぼ(加藤浩次・山本圭壱)
大穴チーム 間寛平・久本雅美・松村邦洋・出川哲朗
  • 第23回(1998年秋)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 今田耕司・加藤紀子・東野幸治
対抗チーム 中山エミリ・西田ひかる・まこと・たいせー・しゅう
一番人気チーム TOKIO(城島茂・山口達也・国分太一・松岡昌宏・長瀬智也)
名門チーム 北野大・川島なお美・山下真司
絶好調チーム 高田純次・森口博子・酒井法子
一発逆転チーム 江川卓・川合俊一・荻原次晴・萬田久子
要注意チーム 千秋・神田うの・高知東生
大穴チーム 間寛平・久本雅美・出川哲朗・山田花子
  • 第24回(1999年年始)
    • 司会 板東英二・永井美奈子
チーム名 参加者
本命チーム 今田耕司・加藤紀子・東野幸治
対抗チーム ラサール石井・中山エミリ・山咲千里
一番人気チーム TOKIO(城島茂・山口達也・国分太一・松岡昌宏・長瀬智也)
名門チーム 北野大・沢口靖子・西岡徳馬
絶好調チーム 風見しんご・森口博子・香田晋・ビビアン・スー
一発逆転チーム 江川卓・定岡正二・梅宮アンナ・一路真輝
要注意チーム 大澄賢也・千秋・周富徳
大穴チーム 間寛平・久本雅美・寿美花代・松本ハウス(ハウス加賀屋・松本キック)
  • 第25回(2001年年末・大復活特番)
    • 司会 板東英二・魚住りえ(日本テレビアナウンサー・当時)
チーム名 参加者
本命チーム 所ジョージ・松村邦洋
対抗チーム 加藤紀子・ラサール石井・中澤裕子
絶好調チーム[60] 石塚英彦(ホンジャマカ)・トータス松本(ウルフルズ)・須藤理彩・優香
名門チーム 北野大・山咲千里・青島健太・菊川怜
気合十分チーム 江川卓・畑山隆則・大林素子・さとう珠緒
要注意チーム 高田純次・安達祐実・オセロ(松嶋尚美・中島知子)
一発逆転チーム 伊集院光・勝俣州和・柴田理恵
大穴チーム 間寛平・はしのえみ・浅草キッド(水道橋博士・玉ちゃん)

あるなしスペシャル

1992年に放送された、あるなしクイズをメインとしたスペシャル。「大マジカル」以外の初のスペシャルでもある。このときは2チーム対抗戦で、スペシャル限定の巨大檻が登場した。

1992年8月15日 『マジカル頭脳パワー!! あるなし夏休みスペシャル』
  • 「所チーム」対「板東チーム」での対抗戦。板東英二が初めてクイズに解答した。
  • 優勝商品は賞金199万9,998円。
1992年10月10日 『マジカル頭脳パワー!! 紅白あるなしスペシャル』
  • 紅組(リーダー:和田アキ子)対白組(リーダー:所ジョージ)による男女対抗戦。
  • 優勝賞品は松茸100万円分。
  • 初代マジカル・オペレーターの木村優子が出演した最後の回。また、問題VTRをストップせずに正解シーンをワイプ映像とテロップのみで処理した、いわゆる「スキップ方式」が初登場したのもこの回であった。

勝利チームはは所チーム・は白組と、いずれも所ジョージが所属するチームの勝利に終わっている。

90分スペシャル

この時は2000点突破でマジカルミステリーツアーにご招待というルール。全体のセットはレギュラー放送と同じだが、放送時期に合わせた小道具などが使われている。

1994年12月22日 『マジカル頭脳パワー!! クリスマススペシャル』MAGICAL CHRISTMAS SPECIAL
  • マジカル初の90分スペシャル。セットは全体的にクリスマス仕様で、司会者机の表記もクリスマス仕立て。
  • この回で8枠が初登場。
  • 「マジカルインスピレーション」「おぼえてしりとりバトル」がこの回で初登場。
1995年3月16日 『マジカル頭脳パワー!! 150回記念春休みスペシャル』THE 150th ANNIVERSARY SPECIAL
  • 俵孝太郎がレギュラーとして最後の出演。
  • 「居残り早押し」のVTRクイズと「マジカルアクション伝言バトル」などのゲームが混じった回。
1995年9月21日 『マジカル頭脳パワー!! 200回記念! 大感謝!! スペシャル!!』THE 200th ANNIVERSARY SPECIAL
  • この回から2人1チームの6チーム制。ただし所ジョージはこの回のみ単独。
  • この回では珍しく、間寛平が2枠(ペアの相手は2枠レギュラーの千堂あきほ)、北野大が6枠(ペアの相手は定岡正二)についていた。
  • トップ頭脳賞はこの回から日本信販のギフトカード20万円分。
  • 『200回記念』と記されているが、実際は200回目ではない。
  • 「超インスピシャウト」「マジカルイマジネーション」がこの回で初登場。
1995年12月14日 『マジカル頭脳パワー!! 超お楽しみクリスマススペシャル』MAGICAL CHRISTMAS SPECIAL
  • この回から2000点突破すると「ペアで」マジカルミステリーツアーにご招待。
  • 前年同様、セットはクリスマス仕様。
  • 「スペシャルバナナ」「マジカルクラップ」「マジカルインスピアート」がこの回で初登場。
1996年3月14日 『マジカル頭脳パワー!! もうすぐ楽しい春休み最新クイズスペシャル』MAGICAL 90minute SPECIAL 1996 Spr.
  • この回から2人1チームの8チーム制になる。ただし8枠のTOKIOのみ5人1チーム。
  • 「マジカルカード」がこの回で初登場。
1996年9月19日 『マジカル頭脳パワー!! この秋大流行㊙最新型クイズ見逃せないぞ!!スペシャル』MAGICAL 90minute SPECIAL 1996 fall.
  • 「マジカルプッシュ知らなきゃ押しつけろ!!」「マジカルジャンケン」「マジカル連想伝言バトル」がこの回で初登場。
  • 永井美奈子が日本テレビアナウンサーとして最後の出演。
1996年12月19日 『マジカル頭脳パワー!! 家族みんなでお楽しみクリスマススペシャル』MAGICAL CHRISTMAS SPECIAL
  • 「マジカル裏バナナ」「マジカルラッパ伝言バトル」がこの回で初登場。
1997年9月18日 『マジカル頭脳パワー!! この秋大流行! 最新型クイズ見のがせないぞスペシャル』MAGICAL 90minute SPECIAL 1997 fall.
  • 事実上最後の90分スペシャル。
  • 「マジカル笑って何ホーン」「マジカルタイム」「マジカルぞうさん」「ものまねワンダーランド」がこの回で初登場。
  • この回で「伝言バトル」「マジカルチェンジ」「マジカルプッシュ」など、長い間続いてきたクイズが多く終了した。
  • 約1年ぶりに所ジョージがゲストとして登場。ただしレギュラー時の1枠ではなくゲスト扱いで8枠で本命チームでチームを組んでいた松村邦洋とペアでクイズに臨んだ。

その他のスペシャル

レギュラー放送特別ルール
放送時間が通常でも、特別ルールで放送された回があった。1994年4月14日放送分[61]では、トップ頭脳賞はいつもの倍のJTB旅行券20万円分・マジカルミステリーツアーはペアで招待という特別ルールで放送されていた。1997年7月10日放送分ではレギュラー放送内でペア戦があった[62]
木曜スペシャル 史上最強クイズ番組決定戦 クイズ世界はSHOW by ショーバイ!! VSマジカル頭脳パワー!! 夢の対決!!
1993年5月20日に放送。当時、逸見政孝渡辺正行が司会を担当していた同じ日本テレビ系の看板クイズ番組『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』チームとの対決特番。両番組の司会者・出演者・セット・問題が登場し[63]、永井美奈子が初めてクイズに挑戦している。もともと両番組は後述する「スーパークイズスペシャル」などで番組同士で交流があったために実現したものであった。このときに負けた番組の司会者が勝った番組に解答者として出演するという賭けをしていた。また優勝賞品も勝った番組の出演者が負けた番組の看板商品をもらえるというものであった[64]。結果は『マジカル頭脳パワー!!』チームが勝利し、同年7月3日に放送された『マジカル頭脳パワー!!』に逸見が解答者として登場した。
スーパークイズスペシャル1996年までは『クイズスーパースペシャル』)
の改編期に行われた、日本テレビの番組対抗スペシャル番組。通称「4時間クイズスーパースペシャル」。日本テレビのさまざまな番組から問題が出題され、その中に本番組からのクイズもあった。当初は『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』をメインとした内容だったが、1995年からは本番組がメインとなった。
最終回スペシャル
最終回となった1999年9月16日放送分ではクイズは出題されずスタジオでのトークを交えながら、人気が高かったクイズ上位20種類を発表する「マジカル人気クイズランキングベスト20」や過去の名珍場面で9年間を振り返った。また、1996年10月10日にレギュラーを降板していた所ジョージが『スーパークイズスペシャル』の収録の休憩時間に「いじわる実験室」で過去に出題された問題に挑戦したVTRも放送された[65][66]。また、同じく1995年10月12日にレギュラーを卒業していた千堂あきほも4年ぶりに出演した。なお、スペシャルと題されているが放送時間は通常通りの約1時間であった。出演者は下記の通り。
  • 司会 板東英二・永井美奈子
  • 歴代レギュラー解答者の中から出演 所ジョージ(上記の通りVTR出演)・今田耕司・田中律子・千堂あきほ・加藤紀子・間寛平
  • 主な準レギュラー・ゲスト解答者の中から出演 西田ひかる・山咲千里・中山エミリ・久本雅美・ラサール石井・江川卓・森口博子・風見しんご・松村邦洋・V6

最終回で発表されたマジカル人気クイズランキングベスト20は以下の通り。全盛期のものがトップ3に入ったが、末期に行われたゲームが上位に多くランクインする一方、初期の書き問題および居残り早押しクイズは少なかった。

スーパースペシャル2001 マジカル頭脳パワー!! 21世紀芸能界No.1頭脳決定戦スペシャル!! MAGICAL SPECIAL 2001
番組終了から2年3カ月ほど経った2001年12月29日、本番組の復活スペシャルが放送された。前半30分間には『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』『マジカル頭脳パワー!!』など20世紀中に日本テレビで放送されたクイズの名場面を振り返るシーンもあった。マジカルオペレーターは魚住りえが担当。また、前述の通りセットもこの回のために新しく作られた。当時フランスに語学留学していた加藤紀子もこの日のために一時帰国した。
クイズは全盛期の内容が多かったが、「あるなしクイズ」(2問)・「立体文字クイズ」・「マジカルスキャナ」の3つの人気居残り早押しクイズもあった。チームはレギュラー時代同様8チームだったが、ジャニーズ事務所の所属タレントが一切出演しなかったためか一番人気チームは気合十分チームに変わり、絶好調チームのあった5席目に付き、反対に絶好調チームは一番人気チームのあった3席目に移動した。クイズルールはレギュラー時代と同じだったが、ルールがレギュラー時代途中で変わったものは新旧ルールが混在し、「マジカルスキャナ」は以前の映像のみで、3Dデジタイザーがなく[67]、サーモグラフィの代わりに、物体を潰すローラ車が、「立体文字クイズ」は高速回転しない旧タイプ、「マジカルプッシュ」はゴング後の文章は「…ではなく」調ではなく[68]、「マジカルシャウト」ではトーナメント制度が復活する[69]などリニューアル前の内容があった一方、「エラーを探せ!」ではエラーの数は5個になったり[70]、「シャッフルクイズ」が「シャッフルシャウト」として「マジカルシャウト」の問題に移行したりするなどリニューアル後の内容だったクイズもあった[71]。所ジョージの頭の切れのよさも健在であり、同じく本命チームに属していた松村邦洋にとっては初めての優勝となった[72]。復活スペシャルではあるが、『大マジカル頭脳パワー!!スペシャル』に数えられることもある。

番組終了後

  • レギュラー放送終了後は、2001年12月29日には復活スペシャルとして『マジカル頭脳パワー!! 21世紀芸能界No.1頭脳決定戦スペシャル!!』が放送された。後述のスペシャルの項を参照。
  • 2005年8月28日放送の『24時間テレビ28 「愛は地球を救う」』の「懐かしの名番組 夜の同窓会スペシャル」内で10分間程度生放送され(この番組内でSMAPの出演シーンも放送)、レギュラーであった間寛平が1枠の青席、この回のメインパーソナリティーを務めていたSMAP草彅剛が5枠の紫席、司会者であった板東英二も6枠の赤席につきクイズに参加した。内容は「マジカルバナナ」で司会は爆笑問題[73]が担当した。セットも簡易ながら当時のセットを思い出させるものであった。
  • 2009年8月10日放送の『しゃべくり007』で当番組の司会者だった板東英二がゲスト出演し、板東の司会で「マジカルバナナ」・「マジカルチェンジ」が一瞬だけ復活した(「マジカルチェンジ」の時には板東がリズムを忘れるというハプニングもあり、板東自身、「おじいちゃんとおばあちゃんのリハビリにいいかも」と発言した)。
  • 2010年以降の『小中学校教科書クイズ』では、本番組のコーナーだった「映像シャウト」と「三択問題」を一部形式を変えたものの、ほぼ「マジカル」と同じ形で放送されている。
  • 2012年1月1日放送の『嵐にしやがれ 新春2時間半スペシャル』内のコーナー企画として、『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』と共に当番組が復活放送された(司会進行は板東英二と中山秀征)。『SHOW by ショーバイ!!』からは「何を作っているのでしょうか?」と「何と言っているのでしょうか?」、『マジカル頭脳パワー!!』からは「マジカルバナナ」と「早押しエラーを探せ!」がそれぞれ出題された)。
  • また、同年7月31日に行われたIR説明会にて、10月期の番組改編として木曜19時枠に「『マジカル』のDNAを活かしたファミリー向け番組」『マジカルグランプリ(仮題)』を開始させると発表[$ 4]。8月27日に番組名が『快脳!マジかるハテナ』となることが明らかになった[$ 5]。番組は従来のマジカルの内容を受け継ぎ、現代のテレビ事情に合わせてスマートフォンのアプリ開発や番組に連動したデータ放送を展開している[$ 6]。こちらの『快脳!マジかるハテナ』は、2012年10月25日より同局で放送開始され、2013年8月15日をもって終了した。

クイズ・ゲーム

全部で252種類のクイズ・ゲームが開発された。1回登場しただけで終わったものから数年間続いたものまであり、クイズ・ゲームの種類も多岐にわたった。

スタッフ

  • 企画・総合演出:五味一男
  • 演出:小杉善信1990年10月 - 1994年3月
  • 構成:豊村剛、新田英生、妹尾匡夫、花輪如一、そーたに今村良樹、森和盛、長田聖一郎、西条昇、内海邦一、川野将一、兼上頼正ほか
  • 問題作成:雅孝司(初期時代)、オフィスゲイム、writers office、ペンハウス、*D N P
  • 問題監修:多湖輝芦ヶ原伸之小野寺紳(いずれも初期時代のみ)
  • ナレーター:森功至来宮良子小林清志、村嶋亜矢香
  • タイトル:檜垣紀六(木曜日時代と2001年復活SPともにエンディングクレジットに表記なし)
  • 問題CG:高岡温(初期時代のみ)、Wahaha company
  • 技術(1990年10月(第1回) - 1997年9月にはTP、1997年10月 - 1999年9月(最終回)にはTMと表記):加田直彦、関真久、田中元一、宮下英俊、新開宏
  • SW:鈴木博、新開宏、内山久光、富沢義明、高梨正利
  • カメラ:秋山真、小宮佑一、渕野祐輔、宇野直樹、宮本幸夫、武石典之、当木雅人、大橋英昭、岡田博文、横山潤
  • 音声:小川洋文、柏崎芳則、佐内康裕、大島康彦
  • PA:辻直哉
  • 照明:関真久、細川登喜二、橋本昇、坂口尚真
  • 調整:牧野和侑、坂本誠二、今井正、九里隆雄、守屋誠一、佐久間治雄、大沼成康、菅谷典彦、弓削聡/貫井克次郎、佐藤満
  • ロケ技術:ティ・ピー・ブレーン
  • 美術:荒井亜和、浜野璋彦、石川啓一郎、中原晃一
  • デザイン:中野嘉一郎、磯村英俊、渡辺俊孝
  • 編集:清水良浩・佐藤敦哉・瀧川賢一・阿部芳三(麻布プラザ
  • MA:迫久美雄・山本晋(麻布プラザ)
  • 音効:佐藤僖純・寺尾崇(佳夢音
  • TK:鈴木茂子、桐原千春、福井淳子、浜川久美、伊藤千春
  • 広報:辻澄子、河村良子、阿部真一郎
  • デスク:鳩谷真理、宮内由紀子、山田美夏、清水美名
  • 制作進行:小森節子、吉田和香、朝倉康晴、相澤英里
  • AD:中村靖、田辺利幸、池田健司、平敢夫、早坂憲次、島本眞也、横島昌子、杉本憲隆、宮部智康、長谷川優子 / 上田敏之、島袋みさと/小江翼、馬場誠、栗山敏弘、井上公志、上田成純、吉田勉、佐々竜太郎、河野雄一、土井一真
  • ディレクター:松井昂史舟澤謙二、佐野譲顕、磯野太 / 鈴木豊人、小沢太郎瓜生健、中西健、石尾純、小林正純、長澤快之
  • プロデューサー:渡辺弘(日本テレビ)、菅原正豊(ハウフルス) / 佐野譲顕・面高直子(日本テレビ)、新国誠・日原直子(ハウフルス)
  • チーフプロデューサー:渡辺弘吉岡正敏佐野譲顯
  • 技術協力:NTV映像センター
  • 美術協力:日本テレビアート
  • 事務所協力:オフィスメイワーク
  • 制作協力:フルハウスTVP→ハウフルス
  • 製作著作:日本テレビ

エンディングテーマ

「マジカル頭脳パワー!!」歴代エンディングテーマ
歌手名/ユニット名 曲名 使用期間 備考
セメントミキサーズ きりがない 1990年10月27日 - 1991年3月30日 [注 1]
ZARD 不思議ね… 1991年4月20日 - 1992年1月25日 [注 1]
誰かが待ってる 1992年2月1日 - 1992年10月10日 シングル化はせず、アルバム「HOLD ME」に収録。[注 1][注 2]
BLUE ANGEL 君にTRY AGAIN 1992年10月24日 - 1993年9月4日
小沢健二 暗闇から手を伸ばせ 1993年10月9日 - 1994年3月26日
横山輝一 LIMIT 1994年4月7日 - 1994年9月22日
林田健司 CRAZY FUNKY DOWN 1994年10月13日 - 1995年3月16日
電気グルーヴ 虹 (Mojo Mix) 1995年4月6日 - 1995年9月14日
不定 1995年9月21日 - 1999年9月16日 週替わりで洋楽のヒット曲を流していた(『I Was Born to Love You』(Queen)など)。
  1. 1.0 1.1 1.2 筆記問題の考え中やクイズの視聴者投稿のジングルはその曲の編曲部分をマジカル風にアレンジしている。
  2. 1992年10月10日の木村卒業回の後クレジットではこの曲のピアノバージョンにアレンジした。

効果音

得点の入る時の効果音は、山瀬まみの曲の「芸能人様のお悩み」の終わりの部分に電子音を加えたものを使用していたが、今田耕司がレギュラーになった後期と2001年復活SPでは電子音に代わるアレンジとなった。他にも、2代目のクイズの始まる前のジングルは、同じく山瀬の「ビートパンク小僧」の最後の部分を使用していた。

コンピュータゲーム作品

コンピュータゲームとして制作されたものとして

が存在する。

アーケードゲーム

この番組を元にしたアーケードゲームがセガ(後のセガ・インタラクティブ)から、1996年11月に販売されていた。筐体は最大3人まで遊べるようになっており、画面と各プレーヤーの押しボタン、それに可動マイクという構成になっていた。

クイズは番組と同様のものが用意されており、

  • いち文字クイズ
  • 立体文字クイズ
  • 似たもの三択
  • 映像シャウト
  • まぎらわしい三択
  • ないもの探し
  • 穴うめシャウト
  • 早押しエラーをさがせ!

などの問題が出題され、答が分かったプレイヤーは自分の押しボタンを押して回答する。

この問題形式とマイクが用意されていることから分かる通り、このゲームには音声認識が搭載されており、プレイヤーが答えを発声して回答するようになっていた(番組と違い、シャウト系問題でもボタンを押さなければならなかった)。また番組に習い、ボタンを押すまで頭脳指数がカウントダウンされるので、なるべく早めに回答する必要があった。

誤答や、ボタンを押したのに認識できる音声が入力されなかった場合にライフが半分減る。音声認識率は高めではあったが100%ではなく、誤認識によるライフ減少も時々発生した。

ゲームは複数のステージを順にクリアする形式になっており、各ステージでは1つの問題形式の問題が一定数出題され、全問終了時にその問題形式で獲得できた頭脳指数の合計(複数人でプレイした場合は全員の合計)が基準を下回った場合はライフが一つ減る。ライフを全て失うとゲームオーバー(コンティニュー可能)、全てのステージを終了するとクリアとなる。なお最後のステージは番組同様「早押しエラーをさがせ!」となっている。

このゲームには4つのコースがあり、各コースをクリアすると次のコースをプレイできる「合い言葉」が表示された。コースには合い言葉不要の通常コースの他、「マジカルコース」「頭脳コース」「パワーコース」とあり、後ろのコースほど難易度が上がっていた。各コースの選択はゲーム最初の練習で合い言葉を発声することによりそのコースで遊べた。「パワーコース」をクリアするとエンディングが見られた。

番組ロゴ・オープニング

ロゴの色

1990年 - 1999年レギュラー放送、2001年復活SPともに全て当初からのものを使用。タイトルデザインは檜垣紀六。ただし、色は放送開始からしばらくは銀色、1998年7月30日のリニューアルからレギュラー終了、復活SPは青色と異なっていた。

オープニングの違い

レギュラー・2001年復活SPまでの全期間、ロゴ自体と背景がCGではなくスタジオ全体であることは変わらず、BGMも1990年開始当初から変わらずに使用されていた。しかし、ロゴのアニメーションは何度か変更され、4パターン存在した。

  • 第1期:1990年10月27日 - 1993年12月11日
    銀色の板のような物体が登場した後、レーザービームによって徐々に「マジカル頭脳パワー!!」のロゴが作り上げられるもの。
  • 第2期:1993年12月18日 - 1997年3月13日
    パネラー席が上下ボックス式になったのを期に変更。上から「マジカル」、下から「頭脳パワー!!」の文字が同時に出てくるものへと変更された。また、オープニングBGMが一部省略されており、ロゴが合わさる時に効果音が追加されている。またこのパターンが採用される前の1992年あるなし夏休みスペシャルでも使用されている。末期(1996年7月〜1997年3月)は第3期のパターンと併用されていた。
  • 第3期:1996年7月4日 - 1999年9月16日
    ロゴのアニメーション(動き)がなくなって、ロゴが中心に固定されているものになった。当初はバラバラに飛んでいくシーンのみは残っていたが、1997年秋頃から完全に中心に固定された(それ以前にも固定された回がある)。1998年7月30日にロゴが変更され、銀色から青色に変わった。
  • 復活SP:2001年12月29日
    ロゴのアニメーション(ロゴがバラバラに飛んでいくシーンのみ)が復活している。

ネット局

系列は当番組終了時(1999年9月)のもの。

放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
関東広域圏 日本テレビ 日本テレビ系列 同時ネット 制作局
北海道 札幌テレビ
青森県 青森放送 [74]
岩手県 テレビ岩手
宮城県 ミヤギテレビ
秋田県 秋田放送
山形県 山形放送 [75]
福島県 福島中央テレビ
山梨県 山梨放送
新潟県 テレビ新潟
長野県 テレビ信州 [76][77]
静岡県 静岡第一テレビ
富山県 北日本放送
石川県 テレビ金沢
福井県 福井放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
中京広域圏 中京テレビ 日本テレビ系列
近畿広域圏 読売テレビ
島根県
鳥取県
日本海テレビ
広島県 広島テレビ
山口県 山口放送 [78]
徳島県 四国放送
香川県
岡山県
西日本放送
愛媛県 南海放送
高知県 高知放送
福岡県 福岡放送
長崎県 長崎国際テレビ 1991年4月開局から
熊本県 熊本県民テレビ
大分県 テレビ大分 日本テレビ系列
フジテレビ系列
同時ネット
→ 遅れネット
[79][78]
宮崎県 宮崎放送 TBS系列 遅れネット [80]
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列 同時ネット 1994年3月まで[81]
鹿児島読売テレビ 日本テレビ系列 1994年4月開局から
沖縄県 沖縄テレビ フジテレビ系列 遅れネット [82]

関連番組

クイズ番組
パロディ

その他

  • 奇跡体験!アンビリバボー - 1997年10月開始、土曜7時時代に板東は、出演していた。1998年10月より、木曜8時台に移動した結果、板東は降板。当番組を降板していた所が新たにレギュラーに加わった。

海外版

韓国MBCで「推理特急」(도전! 추리특급)という当番組とほとんど同じ番組が放映され、所が出演している『世界まる見え!テレビ特捜部』でも紹介された(韓国で当時放送されていたクイズ番組をいくつか紹介したVTR)。『あるなしクイズ』に似たクイズが紹介されたほか、出題中に解答者がヘッドホンをする、「ナイショ」(「推理特急」では×印)、セット(『マジカル』の2代目を意識したものになっているものの檻はない。)など、「居残り早押しクイズ」のスタイルに似せた演出を『マジカル』と比較して紹介した。

脚注

  1. 法律番組の枠組みである行列のできる法律相談所トークバラエティ番組としてカウントすると歴代2位の視聴率である。
  2. フジのドラマで新たな編成手法 : 編集局ブログ“BunLOG” - 文化通信.com
  3. 同系列で放送していた「EXテレビ」の「新番組ダービー」では、本番組は早期の打ち切りが予想されていた。
  4. その後、1997年9月18日の『この秋大流行! 最新型クイズ見のがせないぞスペシャル』にゲストとして1回だけ復帰した。
  5. 読売新聞1996年11月2日号
  6. 木村は当番組降板後アナウンス部から異動となっていたが、2010年より管理職としてであるが再びアナウンス部に復帰している。また、永井は1996年9月に日本テレビを退社したが、当番組は退社後も最終回まで引き続き出演した。
  7. 1990年10月27日放送の第1回放送は高田純次が1枠についていた。
  8. トップ頭脳賞の獲得回数は80回、マジカルミステリーツアーの獲得回数は10回。
  9. その回もトップ頭脳賞を獲得したが、賞品としてプレゼントされたのは日本テレビのボールペンだった。
  10. 下品な解答をして、司会者の板東の裁量によりアウトになったこともある。(マジカルチェンジではなぜかアウトにならず。)
  11. 現に、所は「マジカルスキャナ」を最も苦手としており、また「立体文字クイズ」は所の得意とするクイズだっただけに、モデルチェンジした「新・立体文字クイズ」では苦戦する場面が多く、マイナス(減点)をくらうこともあった。
  12. その間、1枠の代役は和田アキ子とラサール石井がついていた。
  13. 最初の大マジカルでも最下位になっているが、次の大マジカルから3回連続優勝している。
  14. 2001年復活スペシャルの「スペシャルバナナ」でもマル禁ワードを引いてしまった。
  15. 5チーム在籍経験があるのは他にも定岡正二がいる。
  16. 前述の2~4枠だけでなく、1枠は90分スペシャルにおいて所ジョージや今田耕司とペアを組んで、5~7枠はゲスト解答者としてそれぞれ着席した。
  17. 他にも長瀬智也や定岡正二は大マジカルでの座席を含むと7つの解答席についたパネラーとなる。
  18. マジカルミステリーツアー獲得回数は2回であるが、檻付きセット時代にマジカルミステリーツアーを獲得した唯一のパネラーであり、2回目の獲得は1992年12月5日放送分で所ジョージの2回目の獲得よりも早いが、檻無しセットでのミステリーツアー獲得経験はない。
  19. 1997年2月6日のみ最後尾から3番目。
  20. 檻付きセット時代には、トップ頭脳賞を達成することもできなかった。
  21. 1998年2月12日放送分では990点と、あと一歩のところで逃している。また1995年1月19日放送分ではエラーを探せの前で860点を獲得するも、最後のエラーを答えられずに事務所の後輩でもある今田・東野ペアに取られる屈辱も経験している。
  22. 1996年3月7日放送分で北野大が1000点突破した際には、他のパネラーが盛り上がる中で一人「(初出演から2年)で(1000点突破が)初めてでしょ?ボク、まだ5年かかってます!!」と言っていた。
  23. このときは今田と中山エミリの3人で組んでおり、3人揃って1000点を突破してマジカルミステリーツアーを獲得した。
  24. 歴代すべてのパネラー席で出演経験があるのは、レギュラー以外では他にラサール石井がいる。
  25. 他にも、西田ひかるは通常放送分で全筆記問題時代のパネラー席以外のパネラー席のセットを経験した唯一の解答者となる。
  26. 1995年11月30日放送分で、城島茂が4枠・長瀬智也が5枠でゲスト出演しているが(ネームプレートは両方ともTOKIOと表記)、元々は5枠としてペアで出演する予定であった。それはマジカルの本第5巻のセットの写真で確認することができる。正式に1人出場となったのは1996年8月29日放送分で松岡昌宏が出演した時からである。
  27. 通常放送のみ。
  28. 当初はトニセンのみ分割ユニット名がまだ決まっておらず、「V6ヤングチーム」「V6アダルトチーム」という仮称で出演していた。そのため、ネームプレートは「V6」と表記されていたが、後にトニセンも分割ユニット名が決まったため、1996年8月15日の放送でカミセンが出演してからは「Coming Century」「20th Century」となり、ネームプレートの表記も「Coming Century」「20th Century」となった。
  29. ただし、1997年秋以降の大マジカル頭脳パワー!!スペシャルには出演せず、代わりにTOKIOが出演していた。V6のレギュラー番組であるTBS系「学校へ行こう!」が当時木曜日の夜7時からの放送で裏番組となり、出演が競合することを避けるためであった。
  30. 1996年4月から1997年6月まで出演時は主に4枠の席に定着。なお北野が出演していない回は3枠の席についていた。
  31. 主に大マジカルのみ出演していた。通常出演は1999年4月22日放送分のみ。
  32. 江川と同様、主に大マジカルに出演していた。
  33. 33.0 33.1 間寛平がつく最後尾から2番目についていた(ゲストパネリストがグループの場合、最後尾から3番目)。
  34. 第1回、1991年11月9日、1992年3月14日放送分は1枠。1994年以降は大マジカルを中心に出演し、2001年復活スペシャルにも出演した。
  35. 初出演した回は最高視聴率を記録した1996年5月2日放送分である。
  36. 1997年10月の大マジカルで初登場して末期まで出演。通常放送時は主に4枠、1998年11月以降から加藤が出演していない回は2枠の席についていた。
  37. 初期から末期まで不定期で出演し、最終回総集編にも出演した。
  38. 1992年8月から1997年1月まで出演。主に最後尾から2,3番目についていた(定岡正二、松村邦洋、グループパネリストが出演している場合、最後尾から3番目)。
  39. 今田耕司が1996年10月17日に1枠レギュラー解答者へ昇格前迄、「Wコウジ」として今田とペアで出演した。
  40. 40.0 40.1 主に大マジカルに出演したが、末期には通常放送にも出演した。
  41. 1992年10月から1996年4月までは準レギュラー、1年半出演が途絶え1997年9月以降は数回ゲストとして出演し、最終回総集編と2001年復活スペシャルにも出演した。
  42. 主に初期と末期に集中して出演し、最終回総集編と2001年復活スペシャルにも出演した。
  43. 通常放送は初期に不定期で出演し、中期には通常放送には出演せず1995年10月まで大マジカルのみ出演した。
  44. ネームプレートは「内山くん」と表記。
  45. 妻であった小柳ルミ子と共にゲストとして出演していたが、1998年11月5日からは個人で出演。
  46. 夫であった大澄賢也と共に出演していたが、1998年11月5日放送分では大澄が個人でゲスト出演して以降は、出演していない。
  47. 両端の解答者は開いている場所からすぐに出られるので、電動の意味はあまり無い。
  48. 1992年7月4日放送分は6枠がない。
  49. 7枠増設は1993年10月30日放送分から。
  50. 1993年10月30日放送分、11月13日放送分は視聴者小学生参加。
  51. 1994年12月22日放送分の90分SPは8枠もある。
  52. 1995年9月21日・12月14日放送分は7枠と8枠がない。
  53. 10枠増設は1999年3月11日放送分から。但しそれ以降も9枠の回があった。
  54. 個人解答者席の色は、従来通り一番人気チームが青で、要注意チームが黄緑だった。
  55. 但し、1991年秋のスペシャルは所ジョージのみ1人で参戦。
  56. 成績別編成導入以前に単身で参加した1991年秋を含めると3回
  57. テロップでは「呼んでないのにきた」と表示された。
  58. 個人解答者席は、一番人気チームと表記。
  59. 個人解答者席は、要注意チームと表記。
  60. 2002年1月期のドラマで、月曜10時枠の『ギンザの恋』と水曜10時枠の『続・平成夫婦茶碗』の合体チーム。なお、『ギンザの恋』には対抗チームの中澤も出演していた。
  61. この回は木曜に移転して最初のレギュラー放送で、かつレギュラー100回を突破した回でもある。
  62. 8枠のMAXのみ4人で1グループであった。
  63. 得点システムは『スーパークイズスペシャル』などと同様に『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』で使われた「ショーバイマネー」で、もちろん単位は「萬」であった。
  64. 『マジカル頭脳パワー!!』チームが勝利した場合は「100万円のゴールドプレート」を、『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』チームが勝利した場合は「マジカルミステリーツアー」を獲得できるというルールであった。
  65. スタッフは所にもっとたくさんの問題を用意していたようだが、所は「こりゃ、まいった。」という感想を残して途中でスタジオから退出していったため、用意した全ての問題を出題することはできなかった。
  66. なお、当日は所が当時レギュラー出演していた裏番組『奇跡体験!アンビリバボー』(フジテレビ系)は野球中継のため放送されなかった。
  67. 1994年春までのルールを採用。
  68. 1997年夏までのルールを採用。
  69. 1996年秋までのルールを採用。
  70. ただし上下ではなく左右で、1994年新春スペシャルでも左右のエラーがあった。
  71. 一部のクイズを除いて1995年秋から1997年春にかけてのルールを採用していた。その期間内にリニューアルされたクイズは後期のルールを採用することが多かった。例として「マジカルバナナ」「マジカルチェンジ」におけるマル禁ワードなど。
  72. なお、松村はレギュラー時代は大マジカルでの優勝やマジカルミステリーツアーの獲得どころか、トップ頭脳賞を獲得したことすら一度も無かった。
  73. 1997年10月9日放送の『大マジカル』に出演したことがある。なお、通常放送の出演経験は無い。
  74. 1991年9月30日まではテレビ朝日系列とのクロスネット。
  75. 1993年3月31日まではテレビ朝日系列とのクロスネット。
  76. 1991年3月31日まではテレビ朝日系列とのクロスネット。
  77. 番組開始から1991年3月まで、NNS非加盟局の中で唯一の同時ネット局。
  78. 78.0 78.1 1993年9月30日まではテレビ朝日系列とのクロスネット。
  79. 番組開始から1994年3月までは同時ネットで、1994年4月から終了までは遅れネット(1994年4月以降、番組が移動した木曜日のプライムタイムがフジテレビ系同時ネット枠のため)。
  80. TBS系列では唯一のネット局。
  81. 1994年3月31日までは日本テレビ系列とのクロスネット。
  82. 当初は不定期で放送していたが、1994年10月以降は正式にネット開始。

出典

外部リンク

日本テレビ系列 土曜20時台
前番組 番組名 次番組
マジカル頭脳パワー!!
(1990年10月27日 - 1994年3月26日)
日本テレビ系列 木曜20時台
木曜スペシャル
※19:30 - 20:54
マジカル頭脳パワー!!
(1994年4月14日 - 1999年9月16日)
日本テレビ系列 木曜19:54 - 19:58枠
木曜スペシャル
※19:30 - 20:54
マジカル頭脳パワー!!
(1994年4月14日 - 1999年3月11日)
※19:54 - 20:54
嗚呼!バラ色の珍生!!
※19:00 - 19:58
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