フィチン酸
フィチン酸(フィチンさん、phytic acid)は生体物質の1種で、myo-イノシトールの六リン酸エステル。myo-イノシトール-1,2,3,4,5,6-六リン酸(myo-inositol-1,2,3,4,5,6-hexaphosphate または hexakisphosphate または hexakis(dihydrogenphosphate))とも言う。略称は IP6。組成式は C6H18O24P6 、分子量は 660.08、CAS登録番号は [83-86-3]。種子など多くの植物組織に存在する主要なリンの貯蔵形態であり、特にフィチン(Phytin: フィチン酸のカルシウム・マグネシウム混合塩で、水不溶性)の形が多く存在する[1]。キレート作用が強く、多くの金属イオンを強く結合する。ミオイノシトールと共通の作用を持つとされている[2]。
解説
フィチン酸の形のリンは、非反芻動物ではフィチン酸消化酵素であるフィターゼ(フィチン酸を加水分解しリン酸を遊離する酵素)がないため、一般に吸収されにくい。一方反芻動物はルーメン(反芻胃)内の微生物によって作られるフィターゼがこれを分解するためフィチンを利用できる。現在非反芻動物(ブタ、ニワトリなど)は主にダイズ、トウモロコシなどの穀物で肥育されているが、これらに含まれるフィチンは動物に吸収されずに腸管を通過するため、自然界のリン濃度を上昇させ、富栄養化などの環境問題につながる恐れがある。飼料にフィターゼを添加することでフィチン由来のリンの吸収を増すことができる。またいくつかの穀物で、種子のフィチン酸含量を大幅に低下させ無機リン含量を上昇させた品種が作出されている。しかし生育に問題があることからこれらの品種は広く利用されるに至っていない。
フィチン酸は未精製の穀物や豆類に多く含まれる。精製後の穀物にも少量含まれているが、白米では炊飯により多くが分解される[3][4]。フィチン酸は鉄、亜鉛など重要なミネラルに対して強いキレート作用を示すため、一方、この性質が腸管での酸化ダメージを減らすことで大腸がんの予防に役立つ可能性がある。抽出したフィチン酸を添加した1925年の研究を根拠に、食品中のミネラルやタンパク質との強い結合となっている場合に、消化吸収を妨げる方向に働くと考えられてきた。しかし、現在では糠などに閉じ込められた状態ではミネラルの吸収に問題が見られないことがわかってきた。ただし、ミネラルが著しく少ない食事において、フィチン酸が大量の場合にミネラルの吸収を阻害する可能性があり、この作用は必須ミネラルの摂取量が著しく低い発展途上国の子供のような人々には好ましくない。
1960年代から食物繊維が大腸がんを予防するのではないかと考えられてきたが、1985年、がんを予防しているのは食物繊維ではなくて繊維に含まれるフィチン酸の摂取量が多い場合に大腸がんの発生率が少ないことが報告された[1]。その後、フィチン酸の単独投与によってがんの抑制作用が観察されていった。
1998年には京都で、フィチン酸などの米ぬか成分に関する国際シンポジウムが開かれ、フィチン酸の生理作用の研究報告がなされた。尿路結石や腎結石の予防、歯垢形成の抑制、大腸がん、乳がん、肺がん、皮膚がんの予防に役立つ可能性がある。抗がん作用や抗腫瘍作用、抗酸化作用による治療への応用が期待されて研究が進められている。イノシトールとの同時に摂取したほうが効果が吸収されやすい。現在では、単独に遊離されたサプリメントが流通している。
摂取
- 食品中のフィチン酸含量
食品 | フィチン酸含量 [ g/100g(乾燥重量) ] |
---|---|
とうもろこし(胚芽) | 6.39 |
米(糠) | 2.56-8.7 |
小麦(ふすま) | 2.1-7.3 |
亜麻仁 | 2.15-3.69 |
ゴマ | 1.44-5.36 |
小麦(胚芽) | 1.14-3.91 |
アーモンド | 0.35-9.42 |
ピーナツ | 0.17-4.47 |
- 推定摂取量
国 | 対象 | 摂取量(mg/日) |
---|---|---|
イギリス | 600-800 | |
イタリア | 平均 | 293 |
米国 | 平均 | 750 |
インド | 成人 | 1290-2500 |
中国 | 都市部 | 781 |
中国 | 非都市部 | 1342 |
- 体内での分布
ラットにフィチン酸CaMg塩を摂取させた場合、脳に最も多く蓄積される。[5]
安全性
詳細は出典参照のこと。
参考文献
- アブルカラム・M. シャムスディン『天然抗ガン物質IP6の驚異―革命的効果でガンの治療が変わる』坂本孝作・訳、講談社ブルーバックス、2000年。ISBN 978-4062573047
- 早川利郎、伊賀上郁夫 (1992). “フィチン酸の構造と機能”. 日本食品工業学会誌 39 (7). doi:10.3136/nskkk1962.39.647 .
出典
- ↑ 1.0 1.1 早川利郎、伊賀上郁夫、「フィチン酸の構造と機能」 『日本食品工業学会誌』 Vol. 39 (1992) No. 7 P 647-655, doi:10.3136/nskkk1962.39.647
- ↑ 岡崎由佳子、片山徹之、「フィチン酸の栄養的再評価 ミオイノシトールとの共通性を中心に」『日本栄養・食糧学会誌』 Vol.58 (2005) No.3 P.151-156, doi:10.4327/jsnfs.58.151
- ↑ 森治夫、「本邦産穀類及び穀類製品のフィチン酸の研究(第1報)」『栄養と食糧』 Vol. 12 (1959-1960) No. 4 P.254-257, doi:10.4327/jsnfs1949.12.254
- ↑ 「本邦産穀類及び穀類製品のフィチン酸の研究 (第2報) 数種の穀類及び穀類製品のフィチン酸含有量について」『栄養と食糧』 Vol.12 (1959-1960) No.4 P.258-260, doi:10.4327/jsnfs1949.12.258
- ↑ 5.0 5.1 5.2 “Phytate in foods and significance for humans: Food sources, intake, processing, bioavailability, protective role and analysis”. Molecular Nutrition & Food Research 53 (Supplement S2): Table.9. (2009). doi:10.1002/mnfr.200900099. PMID 19774556.
- ↑ 6.0 6.1 “フィチン酸”. 日本医薬品添加剤協会. . 2017年10月2日閲覧.
- ↑ 7.0 7.1 “Carcinogenicity study in rats of phytic acid ‘Daiichi’, a natural food additive”. Food and Chemical Toxicology 30 (2). (1992). doi:10.1016/0278-6915(92)90146-C. PMID 1555793.
- ↑ 8.0 8.1 “既存添加物の安全性評価に関する調査研究(平成8年度調査) 別添1”. 公益財団法人 日本食品化学研究振興財団. . 2017年10月2日閲覧.
外部リンク
- 木村午朗、「フチン酸について」 『有機合成化学協会誌』 Vol.25 (1967) No.2 P.167-179, doi:10.5059/yukigoseikyokaishi.25.167
- Cancer Inhibition by Inositol Hexaphosphate (IP6) and Inositol: From Laboratory to Clinic