「パーフェクト リバティー教団」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2013年10月}}
 
{{Infobox 組織
 
| 名称 = パーフェクト リバティー教団
 
| 画像 = Torre da Paz.jpg
 
| 画像サイズ = 200px
 
| 画像説明 = 大平和祈念塔
 
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| 略称 =
 
| 設立 = 1916年
 
| 廃止 =
 
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| 本部 =
 
| 位置 =
 
| 言語 =
 
| 設立者 = 御木徳一
 
| リーダー =
 
| 人物 =
 
| 関連組織 =
 
| 機関 =
 
}}
 
'''パーフェクト リバティー教団'''(パーフェクトリバティーきょうだん)は、[[日本]]の[[大正|大正時代]]に立教された[[宗教団体]]。[[日本国政府|政府]]([[文部科学省]])での統計上における分類では、諸教。通称で'''PL教'''(ピーエルきょう)、'''PL教団'''(ピーエルきょうだん)と表記されることが多い。
 
  
== 概要 ==
+
'''パーフェクト リバティー教団'''(パーフェクトリバティーきょうだん)
現在の教主(おしえおや)は[[御木貴日止]](みきたかひと)。信仰対象は「[[宇宙]]全体=[[神]]である、'''大元霊'''(みおやおおかみ。だいげんれい、とも)」。
 
  
教団本部は[[大阪府]][[富田林市]]にあり、'''大本庁'''と称する。大本庁には、大本庁神霊を祀る'''正殿'''、教団の初代[[開祖|教祖]]・[[御木徳一]]の霊を祀る'''初代教祖奥津城'''等の施設があり、万国の戦没者を超宗派で慰霊する'''[[大平和祈念塔|超宗派万国戦争犠牲者慰霊大平和祈念塔]]'''(通称「大平和塔」PLの塔、PLタワーとも呼ばれる)が立つ。[[PL学園中学校・高等学校|PL学園高等学校]]のほか、[[PL学園中学校・高等学校|中学校]]、[[PL学園小学校|小学校]]、[[PL学園幼稚園|幼稚園]]、[[PL学園衛生看護専門学校|専門学校]]も敷地内にあり、かつては短大([[PL学園女子短期大学]])や[[遊園地]]([[PLランド|PLランド(桜ケ丘遊園)]])、[[ゴルフ]]の練習場などもあった。
+
第二次世界大戦前の「ひとのみち教団」第2代教祖御木徳近(みきとくちか)が1946年(昭和21)9月29日に立教(当時は「PL教団」と称する)した新宗教。英語ではPerfect Libertyと表記し、略称PL(ピーエル)。「ひとのみち教団」は1924年(大正13)徳近の父御木徳一(とくはる)が教派神道(しんとう)の一派に所属して教会を設立し、「病気は〈みしらせ〉(神の警告)であり、〈みおしえ〉を守れば解決する」と唱えた。また「〈おふりかえ〉の神事によって現実の苦痛を教祖の身にひきとって頂ける」という信仰を説いていたが、1937年(昭和12)軍部の弾圧によって解散。第二次世界大戦後、教団を再建するにあたって、徳近は初代教祖の説いた「みしらせ―みおしえの真理」を深く究め、「人生は芸術である」という悟りを開き、「PL処世訓21箇条」を表した。人間が生きる意義は自己の個性を人世のために表し(自己表現)、自分独自の人生芸術を自由に行うところにある。現実生活のうえに現われる病気、事故、災難などの苦痛は単なる苦痛ではなく、自己表現の偏向に対する警告であり、その内容は「みおしえ」によって教えていただける。「みおしえ」によって教えられた自分の心癖(こころぐせ)(物の見方、考え方の偏向)を是正し、客観の境地にたって自己表現をまっとうするところに幸福がある、と説いている。またPLにおいては「代々教祖が現れ、現存の教祖によって教えが説かれる」といっている。1974年現在のフルネームに改称。1983年2月2日、第2代教祖の帰幽(きゆう)に伴い、第3代教祖御木貴日止(たかひと)(1957― )が「おしえおや」(教祖の地位)を継承した。教団大本庁は大阪府富田林(とんだばやし)市にあり、PL病院、PL学園などの付属施設を設置している。教会数238、布教所数12、教師数584、信者数92万2367(『宗教年鑑』平成26年版)。
  
== 教え ==
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{{テンプレート:20180815sk}}
「'''人生は芸術である'''」の真理のもと、各人の真の個性を世の為人の為に最大限発揮し、ひいては世界人類永遠の平和と福祉の為に貢献する事を目標とする。教えの最も特徴的なものとして、「みしらせ」「みおしえ」の真理がある。
 
 
 
身の回りに起こる災難や病気などすべての苦痛や苦難は、自分自身の心得違い、心の傾き(=心癖)を知らせるために、神が発してくれる警告と考える。これを「みしらせ」と呼んでいる。この「みしらせ」を引き起こしている心の癖は何なのか、教団から個人個人に下付されるものが「みおしえ」で、個々の自己表現の上で邪魔となっている心癖を教えてもらうものである。
 
 
 
また、信者の身を襲う突然の苦痛に対応する「お身代わりの神事」というしくみがある。信者の苦痛を一時的に教祖の肉体に引き取ってもらうものである。
 
 
 
教団としての戒律は特に存在せず、日常生活の心得として「PL処世訓」「PL信仰生活心得」などがある。
 
 
 
本教団は教祖が代々出現して時代にあった教えを説くという形をとる。
 
 
 
== 沿革 ==
 
* [[1916年]](大正5年) 立教。当初「[[御嶽教]]徳光大教会」と称していた。(当時、外来宗教の[[仏教]]・[[キリスト教]]以外の新しい宗教団体は、日本の[[民族宗教]]である[[神道]]の[[教派神道|神道十三派]]のいずれかに所属しなければならなかったため、御嶽教の冠がついている)初代教祖:[[御木徳一]]。
 
* [[1928年]](昭和3年) [[扶桑教]]に転属、「扶桑教人道徳光教会」と称す。
 
* [[1931年]](昭和6年) 「扶桑教ひとのみち教会」と改称。
 
* [[1934年]](昭和9年)[[10月]]  1,008畳敷の大広間を有する鉄筋3階建の施設を仮本殿として大阪府[[中河内郡]][[布施町]](現[[東大阪市]])永和に建設。
 
* [[1936年]](昭和11年) [[御木徳近]]、二代教祖を継承。その翌日、御木徳一が盛岡支部長の娘を[[強姦]]し警察に逮捕される。
 
* [[1937年]](昭和12年) [[天照大神]]・[[教育ニ関スル勅語|教育勅語]]の解釈の違いから[[不敬罪]]を問われ、当局の弾圧によって解散させられる。
 
* [[1938年]](昭和13年) 御木徳一死去
 
* [[1946年]](昭和21年) 御木徳近がひとのみち教団を引き継ぐ形で[[佐賀県]][[鳥栖市]]にて「PL教団」立教
 
* [[1949年]](昭和24年) 本部を[[静岡県]][[清水市]](現在の[[静岡市]][[清水区]])へ移転
 
* [[1953年]](昭和28年) 大阪府富田林市の現在地に教団本部建設の鍬入式。後にこの地を聖地とする
 
*::この年の教祖祭にて初めて花火を打ち上げる
 
*::[[新日本宗教団体連合会]]発足。本教団も加盟。御木徳近が初代理事長に就任。
 
*[[1955年]](昭和30年) 聖地に仮本殿完成、本部神霊を遷座。以後、大本庁と称する。
 
*::[[PL学園中学校・高等学校|PL学園高等学校]]開校。以後、中学校・小学校・幼稚園・衛生看護専門学校(女子校であり、男子は入学できない<ref>{{Cite web |author=PL学園衛生看護専門学校 |coauthors= |date= |url=http://www.pl-gakuen.ac.jp/nursing/gNavi1/youkou.php |title=募集要項(平成27年度) |accessdate=2015-03-01 }}</ref>。)を順次開校
 
* [[1959年]](昭和34年) 大本庁に正殿完成
 
* [[1963年]](昭和38年) 教祖祭の花火を発展させ「PL花火芸術」と呼称
 
* [[1967年]](昭和42年) 衆院建設委員会で国有地無断使用を指摘される<ref>{{cite conference | date = 1967-07-21 | title = 建設委員会 | conference = 第55回国会 | volume = 25 | url = http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/055/0120/main.html | accessdate = 2015-03-01}}</ref>。
 
* [[1970年]](昭和45年) 超宗派万国戦争犠牲者慰霊大平和祈念塔 完成
 
* [[1973年]](昭和48年) 御木徳近、[[教皇|ローマ教皇]][[パウロ6世 (ローマ教皇)|パウロ6世]]と会談
 
* [[1974年]](昭和49年) 教団名を「パーフェクト リバティー教団」に変更
 
* [[1980年]](昭和55年) 御木徳近、ローマ教皇[[ヨハネ・パウロ2世 (ローマ教皇)|ヨハネ・パウロ2世]]と会談。
 
*::後継者指名されていた徳近の甥・徳日止が廃され、徳近の養子・[[御木貴日止]]が新たな教団後継者に選ばれた。徳日止は教団を離脱し、新たに人道教団を設立した<ref name="shimada">島田裕巳『現代にっぽん新宗教百科』 柏書房 (2011/09) P170~P171</ref>。
 
* [[1983年]](昭和58年) 御木徳近死去。御木貴日止、三代教祖を継承。[[衆議院]]決算委員会で、教団資金のサラ金流出を指摘<ref>{{cite conference | date = 1983-07-07 | title = 決算委員会 | conference = 第98回国会 | volume = 8 | url = http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/098/0410/09807070410008c.html | accessdate = 2015-03-01}}</ref>。
 
* [[1999年]](平成11年) 1995年(平成7年)に改正された[[宗教法人法]]で義務づけられた役員名簿や財産目録の書類提出に応じなかったとして、[[大阪地方裁判所]]が三宅一彦・前理事長代務者を過料1万円に処した。
 
* [[2010年]](平成22年) 5月2日 錬成会館落成式典を挙行。
 
 
 
== 主な活動 ==
 
=== 教団の祭典(四大祭) ===
 
;'''元旦祭'''(1月1日)
 
:新年を迎え、前年1年間を平穏無事に過ごせたことを感謝し、今年1年間幸せな生活ができるよう神に祈願する祭典。大本庁では正月3が日に多くの会員が聖地参拝する。
 
;'''教祖祭'''(8月1日)
 
:おしえおやの神業、初代教祖、2代教祖の残した神業に感謝し、世界平和への祈りを捧げる祭典。国内の各教会所属会員、そして世界中のPL会員が参拝する。そして夜には[[教祖祭PL花火芸術]](PL花火)が行われ、その花火の迫力や規模は地元の風物詩ともなっている。
 
;'''PL祭'''(9月29日)
 
:本教団が立教された日。PLの教義が世に敷かれ現在に至るまでの過程を理解し、立教記念日を祝う祭典。
 
;'''教主誕生祭'''(12月2日)
 
:3代目教主である[[御木貴日止]]の誕生日を祝う日。PLの教えを解くおしえおやへの感謝の気持ちをささげる祭典。式典後には各教会で様々な行事を行っている。
 
 
 
=== 個人の祭典 ===
 
* 神霊鎮座祭(しんれいちんざさい)
 
* 遷座祭
 
* 誕生祭
 
* PL結婚式
 
* PL葬
 
* 愛児生誕感謝祭
 
* 地鎮祭
 
 
 
=== 一の日詣 ===
 
* '''平和の日'''(毎月1日)
 
* '''先祖の日'''(毎月11日)
 
* '''感謝の日'''(毎月21日)
 
 
 
毎月1日、11日、21日に教会に参詣することを「一の日詣り」といい、全国各地の教会で式典などが行われている。中でも感謝の日(感謝祭)は重要な行事となっている。
 
 
 
=== その他の活動 ===
 
* 座談会
 
* バトントワリング (PLMBA)
 
 
 
=== かつて行われていた活動 ===
 
* 社会人野球チーム
 
* PL茶道
 
* PL華道
 
* 政治活動(芸術政治連合)
 
 
 
== 施設 ==
 
[[画像:PL hospital1.jpg|thumb|220px|right|PL病院]]
 
[[画像:PL daiichirenseidojyo1.jpg|thumb|220px|right|第一錬成道場]]
 
* [[正殿]]
 
* [[左脇殿]]([[芸生殿]])
 
* [[右脇殿]]
 
* 初代教祖[[奥都城|奥津城]]
 
* [[第一錬成道場]]
 
* [[錬成会館]]
 
* [[大平和祈念塔|超宗派万国戦争犠牲者慰霊大平和祈念塔]](大平和祈念塔)
 
* [[Aグランド]]([[PL学園硬式野球部専用球場]])
 
* [[PL病院]]
 
 
 
== その他 ==
 
必要に応じて、各地の教会で様々な祈願、つまり世間的に言うところの必勝祈願や合格祈願、交通安全や病気平癒などの祈祷を受けることもできるが、これは単なるお願いことというよりも決意を神に誓うということや神に感謝するという意味合いが強く、'''祖遂断神事'''(おやしきり しんじ)と呼ばれている。
 
 
 
教団名「完全なる自由」(※完全の意味はとり間違えやすいが、人間本来の“真の自由”という意味)とは、日々の生活において心癖にとらわれることなく、自由無碍なる表現を心がけ、世のため・人のために役立つよう自分に与えられた天職を全うし、毎日を明るく楽しく過ごすことを標榜する。
 
 
 
PL教式の葬儀は[[神葬祭]]に準じた形である。
 
 
 
PLランドの開園当時は大平和記念塔の上部にある展望台まで一般開放していたが、世界平和と戦争犠牲者慰霊のためのモニュメントという位置づけを明確にするため、現在は展望台を閉鎖している。
 
 
 
[[朝日放送ラジオ|ABCラジオ]]「[[宗教の時間]]」月曜日(4:50から5:00)でPL教団の時間を放送していた。(2015年1月で終了)
 
 
 
== 教祖祭PL花火芸術 ==
 
{{see|教祖祭PL花火芸術}}
 
 
 
== 脚注 ==
 
{{脚注ヘルプ}}
 
{{Reflist}}
 
 
 
== 参考文献 ==
 
* 御木徳近 (パーフェクトリバティー教団 文教部編) 『人生是芸術―讃仰 第二代教祖御木徳近日知』 ISBN 4328012789
 
* [[清水雅人]]他 『新宗教の世界 5』 ISBN 4804352058
 
* [[讀賣テレビ放送|YTV]]情報産業研究グループ 『情報産業としての宗教―日本の情報産業 大衆操作の生態学的研究 2』 ISBN 4377302396
 
* [[井上順孝]] 『現代宗教事典』ISBN 4335160372
 
* 井上順孝 『新宗教・教団人物事典』ISBN 4335160283
 
* 井上順孝 『新宗教事典』ISBN 4335160259
 
* [[國學院大學]]日本文化研究所『神道事典』ISBN 4335160232
 
* [[國學院大學]]日本文化研究所『神道人物研究文献目録』ISBN 4335160356
 
* [[朝日新聞社]] 『二十世紀の千人8』ISBN 4022586060
 
* 岩波新書『宗教弾圧を語る』
 
* 池田昭『ひとのみち教団不敬事件関係資料集成 』三一書房(1977)
 
* 第一法規出版『日本政治裁判史録(昭和・後編)』
 
* 松野純孝『新宗教辞典』(東京堂出版)
 
 
 
== 関連項目 ==
 
* [[PL学園中学校・高等学校|PL学園]] - 教団が運営する[[学校法人]]。
 
* [[明治大学付属中野中学校・高等学校]] - 初代教祖の御木徳一が組織した財団法人「徳光育英会」運営の旧制中学校が前身。
 
* [[河内永和駅]] - 1936年(昭和11年)に「ひとのみち教団」仮本殿への最寄り駅「人ノ道駅」として開業した。
 
* {{仮リンク|芸術生活社|wikidata|Q56682565}} - 関連の出版社。
 
* [[光丘]] - 関連のゴルフ場の経営、食堂、学校給食の経営など。
 
* [[PL病院]]
 
* [[劇団カッパ座]]
 
* [[御木裕]]
 
 
 
== 外部リンク ==
 
{{commons|Category:Church of Perfect Liberty}}
 
* [http://www.perfect-liberty.or.jp パーフェクト リバティー教団]
 
* {{教団データベース|134}}
 
{{戦前までに日本で発祥した新宗教}}
 
{{新宗教}}
 
{{Normdaten|VIAF=259695706}}
 
 
{{デフォルトソート:はふえくとりはてい}}
 
{{デフォルトソート:はふえくとりはてい}}
 
[[Category:パーフェクト リバティー教団|*]]
 
[[Category:パーフェクト リバティー教団|*]]

2019/6/12/ (水) 11:53時点における最新版

パーフェクト リバティー教団(パーフェクトリバティーきょうだん)

第二次世界大戦前の「ひとのみち教団」第2代教祖御木徳近(みきとくちか)が1946年(昭和21)9月29日に立教(当時は「PL教団」と称する)した新宗教。英語ではPerfect Libertyと表記し、略称PL(ピーエル)。「ひとのみち教団」は1924年(大正13)徳近の父御木徳一(とくはる)が教派神道(しんとう)の一派に所属して教会を設立し、「病気は〈みしらせ〉(神の警告)であり、〈みおしえ〉を守れば解決する」と唱えた。また「〈おふりかえ〉の神事によって現実の苦痛を教祖の身にひきとって頂ける」という信仰を説いていたが、1937年(昭和12)軍部の弾圧によって解散。第二次世界大戦後、教団を再建するにあたって、徳近は初代教祖の説いた「みしらせ―みおしえの真理」を深く究め、「人生は芸術である」という悟りを開き、「PL処世訓21箇条」を表した。人間が生きる意義は自己の個性を人世のために表し(自己表現)、自分独自の人生芸術を自由に行うところにある。現実生活のうえに現われる病気、事故、災難などの苦痛は単なる苦痛ではなく、自己表現の偏向に対する警告であり、その内容は「みおしえ」によって教えていただける。「みおしえ」によって教えられた自分の心癖(こころぐせ)(物の見方、考え方の偏向)を是正し、客観の境地にたって自己表現をまっとうするところに幸福がある、と説いている。またPLにおいては「代々教祖が現れ、現存の教祖によって教えが説かれる」といっている。1974年現在のフルネームに改称。1983年2月2日、第2代教祖の帰幽(きゆう)に伴い、第3代教祖御木貴日止(たかひと)(1957― )が「おしえおや」(教祖の地位)を継承した。教団大本庁は大阪府富田林(とんだばやし)市にあり、PL病院、PL学園などの付属施設を設置している。教会数238、布教所数12、教師数584、信者数92万2367(『宗教年鑑』平成26年版)。



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