ダム再開発事業

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ダム再開発事業(ダムさいかいはつじぎょう)とは、既存のダムを嵩上げ・施設強化・貯水池掘削などによって機能を強化したり、新たな目的を付加するためにダムをリニューアルする事業のことである。近年ダム建設に適した地点が少なくなっていることから、新規ダム建設に代る新たな河川開発手法としてその実績は増加傾向にある。

概要

ダム再開発事業には主に以下の手法が採用され、治水(洪水調節)と利水(灌漑上水道工業用水道供給)機能の強化を図ること、もしくはダム機能の半永久的な維持を図ることを目的に実施される。

  • ダム堤体の改修
  • 放流施設(洪水吐き・排水トンネル等)の改修・増強。
  • ダム湖(貯水池)の掘削。
  • ダムの貯水容量変更(空容量の振り替え)。
  • ダム嵩上げ。
  • ダム直下に新規ダムを建設。

目的と手法

ダム堤体改修

ダム本体(堤体)を改修する再開発事業は、ダム機能の維持を最大目的とする。対象となるダムは明治時代大正時代以前に建設された古いダムである。特にコンクリートダムにおいては従前に限局的な修繕はされているものの、全面的な大修理が行われた例はかつてなかった。しかし老朽化の進行により地震や異常出水への懸念が出始めた。

1995年(平成7年)1月17日阪神・淡路大震災が発生し阪神地方に莫大な被害を与えた。被災地の六甲連山には多数のダムが建設されているが、特に古いものとして1900年(明治33年)に完成した神戸市水道局管理の布引五本松ダム生田川)があった。築95年を経過しての大地震の遭遇であったが、重力式コンクリートダムの特性を存分に発揮し震災によって決壊などの致命的損壊を負うことはなかった。だが、その後の調べで亀裂や漏水が起こることが発見され、放置すれば再度大地震が発生したときの安全性に重大な影響を及ぼしかねない。このためダムを管理する神戸市は貯水池の水を全て抜いて空にし、漏水の原因となっている亀裂箇所を修繕し、さらに湖底に溜まった堆砂を掘削して貯水容量も確保した。だがダムは日本最初の重力式コンクリートダムとして土木史的に極めて貴重なものであるから、外観を損ねないように細心の注意を払いながら修理を行った。この「布引五本松ダム再開発事業」の完成により、ダムは1世紀を経た現在でも神戸市の水がめの1つとして稼動し続けている。また、外観を損ねない修理の結果、2006年(平成18年)には国の重要文化財(建造物、近代化遺産)に指定された。このようにダム機能を維持しつつ外観を保護した再開発事業として他には、日本唯一の五重マルチプルアーチダムである香川県豊稔池ダム(柞田川)再開発がある。

一方、ダム外観を全く変更して再開発を行った例としては広島県帝釈川ダム帝釈川)がある。1924年(大正13年)に水力発電を目的として上帝釈峡に建設された堤高62.1mの重力式コンクリートダムであるが、こちらも築80年近くを経過しており老朽化が進行していた。既に嵩上げと洪水吐きの改修は行われていたが、堤体を全面的にリニューアルし併せて発電能力の増強を図ろうとした。2004年(平成16年)より着手されたこの事業ではダム表面にコンクリートを打ち増し、非越流式であった型式をダム天端から越流させる越流型に変更し2門のゲートを設けた。この「帝釈川ダム再開発事業」は2006年7月に完成したが、ダム所在地が比婆道後帝釈国定公園に指定されていることから環境への配慮を最大限に行ったのも特徴である。このため、貯水位は低くしたもののダム湖である神竜湖は湛水したままで工事を遂行している。

放流施設改修・増強

洪水吐きを改修、あるいはトンネル式洪水吐き等の放流施設を改修・増強する再開発事業は、治水・利水機能の強化を目的とする。

治水目的の再開発として最も行われているものは、洪水吐きのゲート(水門)を全て撤去しゲートレス化する手法である。従来、ダムによる洪水調節はゲートの操作が極めて重要視されており、「ゲート操作規定」を各ダムに設けて洪水量に応じて細分化された取り決めが行われていた。これは河川法特定多目的ダム法水資源機構法によっても定められているダム管理における重要な項目である。だが、近年ではゲートをなくした自然調節方式でも洪水調節が可能であるという見解がなされ、かつ建設費圧縮の観点からも水門をなくした方が経費節減に有効であるという風潮も相俟って、多目的ダム・治水専用ダムを始め目的・ダム型式の如何を問わず、ダム天端部にゲートのないダムの建設が主流となっている。洪水の場合、許容される貯水量を超えると自然に越流する方式のゲートレスダムを通称「坊主ダム」とも呼ぶ。

一方、ダム本体とは別にトンネル式洪水吐きを設ける再開発もあるが、この場合は治水・利水両方の目的で行われる。治水目的では福井県にある笹生川ダム(真名川)のトンネル式洪水吐きが著名である。1967年(昭和42年)9月、福井県北部を奥越豪雨という集中豪雨が襲った。この豪雨は越美山系で3日間に1,044mmという総降水量を記録する猛烈なもので、ダムは洪水調節機能を大幅に上回る洪水を受け機能を喪失。堤体全面から洪水が越流しダム決壊の危機に陥った。このため真名川ダムの建設と共に笹生川ダムの洪水調節機能強化が図られ、ダム直下流に洪水吐きトンネルを新設。奥越豪雨級の集中豪雨に対応出来る様にした。このトンネルは1977年(昭和52年)に完成したが、完成後は洪水調節機能を発揮し2004年7月の平成16年7月福井豪雨でも、真名川ダムと共に真名川流域の浸水被害をほぼ皆無に抑えた。

利水目的では、隣接するダム湖の貯水を融通し合うことにより効率的な利用を行い、河川維持用水の放流や灌漑等に利用する「ダム連携事業」が鬼怒川等で行われている。この他京都府天ヶ瀬ダム淀川)再開発事業において、上水道供給強化を目的に国内最大級のトンネル式放水路が建設される計画が国土交通省近畿地方整備局によって進められていた。だが水需要の減少に伴い事業の必要性に疑問が持たれ、最終的に2005年(平成17年)「淀川水系流域委員会」で建設中のダム事業と共に中止勧告が出され、事業は事実上頓挫している。これ以外では、美和ダム三峰川)・小渋ダム(小渋川)の排砂バイパストンネルがある。これは深刻なダム湖の堆砂が続く両ダムにおいて、洪水時に上流から流れ来る砂をダム湖上流の貯砂ダムからトンネルで流下、ダム湖を迂回してダム下流に流し、ダム堆砂の防止と海岸侵食防止に充てようというものである。2004年に美和ダムの排砂バイパストンネルは完成し、小渋ダムも完成予定である。こうしたバイパストンネルは全国の幾つかのダムで実用化若しくは計画されている。

貯水池掘削・容量変更

ダム本体より、ダム湖(貯水池)の湖底を掘削したり、貯水池の容量配分を変更して他の目的に振り替える再開発事業は治水・利水何れの目的でも行われるが、利水目的の色合いが強い。

大抵においてはダム湖の堆砂を除去するのと同時に更に湖底を掘削してダム湖の水深を深くし、新規の貯水容量確保を求めて行われる。特に上水道供給の目的で行われるケースが多く、1978年(昭和53年)の通称『福岡砂漠』で全く枯渇してしまった福岡市の水源である南畑ダム(那珂川)では、ダム湖を掘削して貯水容量を増やし新規上水道供給を図る「南畑ダム再開発事業」に乗り出した。建設省(現・国土交通省)も筑後川水系の松原ダム(筑後川)・下筌ダム(津江川)において、従来の目的には無かった上水道供給と有明海へのノリ養殖のための河川維持用水供給を目的に「松原・下筌ダム再開発事業」を施工した。これにより福岡市内における渇水被害は皆無とは行かないにしろ軽減された。また、有明海のノリ養殖では渇水期に緊急放流を行うことによってノリの色落ちを防ぎ品質維持に役立っている。

一方洪水調節目的の貯水池掘削であるが、これは「事前放流」の解消を目的とする。事前放流とは降水量が多くなる夏季を前に予めダムから放流を行って貯水位を低くし、洪水に備えるための放流である。だが多目的ダムの場合では特に灌漑・上水道といった利水目的がある場合、旱魃時に有効な水供給が行えなくなる弊害が起こりうる。この為両者の整合性を図るために貯水池の湖底を掘削し事前放流分の容量を確保することで、治水と利水の両立を図ることを目的に行う。茨城県藤井川ダム(藤井川)再開発事業などで行われている。

これに対し貯水容量の変更であるが、これは利用目的の変更を意味する。宮城県花山ダム(迫川)は当初発電の目的も有していた。近接する鉱山への送電が目的であったがその後の産業構造の変化に伴い鉱山の規模が大幅に縮小。送電するだけの電力需要がなくなったため発電目的は余剰になった。その一方で下流域の栗原郡(現・栗原市)の人口増加によって上水道需要が急増。新たな水資源開発が要望された。ダムを管理する宮城県は発電目的を廃止し、その利用分を上水道目的に振り替えるために「花山ダム再開発事業」に着手、取水塔の改築やダム本体の嵩上げを行って必要な上水道容量を確保した。この様に利用目的の変更を行うために貯水容量を振り替える再開発もあるが、必ずしもダムの改築などが必要になる訳ではなく、単に貯水容量の未使用分を新しい目的に振り替えるだけの再開発もある。但しこの場合は元からの目的でダムを利用している事業者との水利権調整が必要となる。一例として佐久間ダム天竜川)再開発事業(洪水調節容量の新設=多目的ダム化)が該当する。

嵩上げ・新規ダム建設

ダム本体の嵩上げ、もしくは既設ダムの直下流の新規のダム建設を図ることでダム再開発を行う手法は、現在最も多く施工・計画されている手法でもある。なおかつ大規模な事業が多い。

1935年(昭和10年)の『河水統制計画』以降、沖浦ダム(浅瀬石川)・向道ダム錦川)を皮切りに次第に全国各地の河川で多目的ダムの建設が始まり、戦後1950年(昭和25年)の国土総合開発法以降、その数は急速に増大した。だが、この頃建設されたダムはその後の水需要の変化、そして当時計画していた洪水調節流量を超える洪水被害の経験によって、次第に本来の目的を発揮しにくくなった。従来は別の地点にダムを建設したり、堤防用水路放水路を建設することで対応していたが、水没住民の反対運動や環境問題、宅地化の進展などで新規事業の立案は次第に困難さの度合いを増していった。

こうした中で次第に手掛けられていったのが、ダム嵩上げによる再開発であった。不足分の治水・利水容量を供給するだけの貯水量を確保するためにダムを嵩上げし、対応しようとした。さらに既に建設されているダムの下流1 - 2km地点に新規にダムを建設して、既設ダムの貯水量を大幅に増大させる再開発事業も行われるようになった。これにより従来のダムよりも数倍規模の貯水容量を確保し、洪水調節や利水を一気に賄うことが可能となる事業も現れた。従って総貯水容量が1億トンを超える大規模ダムも存在する。近年では「利根川上流ダム群再開発事業」や「荒川上流ダム群再開発事業」、「天竜川ダム再編事業」の様に水系内の複数のダムを総合的に再開発しようという動きが国土交通省でみられ、その中で複数のダムに対して嵩上げや貯水容量再配分等、前述の方法を組み合わせた大規模ダム再開発計画も行われている。

だが、貯水池の大幅拡張は当然ながら新たな水没地域を生み出し、目屋ダム(岩木川)再開発事業である「津軽ダム」では目屋ダム建設時に移転した西目屋村の集落が再度水没するという事態も起こっている。この他反対運動の長期化もあって事業の進捗が遅れているダム事業も多く、水源地域対策特別措置法の対象となったダムも多い。公共事業見直しの風潮も重なって事業の継続に疑問視する指摘もあり、新桂沢ダム(幾春別川)のように事業が当初計画より縮小した事業もある。現状としては日本の長期化ダム事業に名を連ねるダムが多い。

そして、当然のことながら再開発が完成すれば既設ダムは水没する運命にある。既に1988年(昭和63年)に完成した浅瀬石川ダムにより、日本で最初に着手された多目的ダム・沖浦ダムが水没している。また、2013年(平成25年)に胆沢ダム(胆沢川)が完成すると、日本で最初に施工されたロックフィルダム石淵ダムが水没する。水没したダムは本来のダムとしての使命は終えるものの、水没後は貯砂ダムとしてダム湖の堆砂を抑制する役割を果たしていく。

主な大規模ダム再開発の一覧

  • (備考1):対象は大規模な嵩上げ、もしくは直下流に大規模ダムを建設する再開発事業を掲載。
  • (備考2):上段は既設ダム、下段は再開発後のダム諸元。黄色欄は建設中または計画中の事業(2006年現在)。
水系名 河川名 ダム名 型式 事業主体 堤高
(m)
総貯水
容量
(千m3)
着手
(年)
完成
(年)
備考
富田川 富田川 川上ダム 重力式 山口県 45.5 6,100 1958 1961
63.0 22,741 1971 1979
湊川 湊川 五名ダム 重力式 香川県 27.5 611 1951 1961
56.0 6,750 1995 未定 計画中
亀田川 亀田川 中野ダム 重力式 函館市水道局 53.0 1960
新中野ダム 重力式 北海道 74.9 3,340 1971 1984
石狩川 幾春別川 桂沢ダム 重力式 国土交通省 63.6 92,700 1947 1957
新桂沢ダム 重力式 国土交通省 76.0 147,300 1985 未定 建設中
石狩川 夕張川 大夕張ダム 重力式 北海道開発局
農林水産省
67.5 87,200 1962
夕張シューパロダム 重力式 国土交通省
農林水産省
北海道
110.6 427,000 1991 2013 建設中
岩木川 岩木川 目屋ダム 重力式 青森県 58.0 39,000 1950 1959
津軽ダム 重力式 国土交通省 97.5 142,300 1988 2016 建設中
岩木川 浅瀬石川 沖浦ダム 重力式 青森県 40.0 3,583 1933 1945 水没
浅瀬石川ダム 重力式 国土交通省 91.0 53,100 1971 1988
北上川 滝名川 山王海ダム アース 農林水産省 37.4 9,590 1953
ロックフィル 農林水産省 61.5 38,400 1990 2001
北上川 胆沢川 石淵ダム ロックフィル 国土交通省 53.0 16,150 1945 1953
胆沢ダム ロックフィル 国土交通省 132.0 143,000 1983 2013 建設中
最上川 置賜野川 管野ダム 重力式 山形県 44.5 4,470 1946 1951 水没
長井ダム 重力式 国土交通省 125.5 51,000 1979 2011
荒川 大洞川 大洞ダム 重力式 埼玉県 24.7 110 1958 1960
新大洞ダム 重力式 国土交通省 155.5 33,000 1995 未定 計画中
木曽川 木曽川 丸山ダム 重力式 国土交通省
関西電力
98.0 79,520 1941 1955
新丸山ダム 重力式 国土交通省 122.5 146,350 1980 未定 建設中

注)浅瀬石川・長井の両ダムは単一ダムの再開発には当たらない為厳密には再開発事業とはならないが、結果的に既設ダムを水没させて大幅な事業効果をもたらす為便宜的に掲載する。

ダム再開発の例

近年は新規ダム建設の減少に伴い、既存のダムをかさ上げし能力増強する「ダム再開発」が多い。再開発では、既存のダムが水没させることが多い。日本初の多目的ダムである沖浦ダムも、1988年に水没している。

参考資料

  • 日本ダム協会 ダム便覧
  • 『日本の多目的ダム』1963年版・1972年版・1980年版 建設省河川局監修・全国河川総合開発促進期成同盟会編

関連項目