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カロリング朝

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カロリング朝(カロリングちょう、: Carolingiens, : Karolinger

フランク王国を8~10世紀にかけて支配した王朝。メロビング朝フランク王国の宮宰カルル・マルテルの子,ピピン (小) が,751年教皇の承認のもとに即位しカロリング朝を開く。その子カルル1世 (大帝) のときが最盛期で 800年教皇から西ローマ皇帝 (神聖ローマ皇帝) の帝冠を受けた。教皇領を寄進するなど,キリスト教保護者という形を保った。カルルの子ルートウィヒ1世 (敬虔王) の死後,ベルダン条約メルセン条約を経て,帝国は東フランク (ドイツ) ,西フランク (フランス) ,中部フランク (イタリア) と3分された。イタリアの王統はまもなく衰えたが,東フランクでは 911年,西フランクでは 987年までカロリング家の血統が続いた。途中,東フランクのカルル3世 (肥満王) が全土を統一したが,死後再び分裂した。



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