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ウィリアム・ピット (小ピット)

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ウィリアム・ピットWilliam Pitt (the Younger)、1759年5月28日 - 1806年1月23日

イギリスの政治家。ピット (大) の次男。幼少の頃から神童の聞え高く,14歳でケンブリッジ大学に入学,17歳で文学修士の学位を取得。 1781年 21歳のとき,ある貴族の援助により下院議員となった。 82年シェルバーン内閣の蔵相。 83年フォックス=ノース連立政権の崩壊とともに国王の要請により少数派内閣を組織し24歳で首相となり,翌年3月の総選挙で大勝,以後 1801年アディントン内閣の成立まで首相として活躍した。アメリカ独立戦争後の財政を建直し,インド法を成立させ (1784) ,イギリス東インド会社に対する国家の統制権を強化した。 1786年英仏通商条約を締結,フランス革命に対しては内政不干渉の立場を取ったが,93年フランスがイギリスに宣戦布告すると,第1次対仏大同盟 (93) を結成し,これに対抗する一方,国内では革命の波及を恐れて人民保護法を停止 (93,95~1801) 。ナポレオン1世に対しては第2次対仏大同盟 (1798) を結んで抗戦した。また 1800年アイルランドとの合併を定めた「合同法」を成立させた。

1804年再び首相となり第3次対仏大同盟 (1805) を結んだが,ナポレオン戦争の終結をみることなく死没。ピット (大) ,W.チャーチルと並ぶイギリスの三大政治家の一人とされる。




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