マルセロ・クラウレ
ラウール・マルセロ・クラウレ Raul Marcelo Claure | |
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生誕 |
1970年12月9日(53歳) グアテマラ |
国籍 | ボリビア、アメリカ |
教育 | BSc |
出身校 | ベントレー大学 |
職業 | スプリント・コーポレーションCEO |
配偶者 | Jordan Engard |
ラウール・マルセロ・クラウレ(Raul Marcelo Claure、1970年12月9日 - )はアメリカ合衆国の実業家。
経歴
1970年12月9日国連に勤めるボリビア人ルネ・マルセロ・クラウレの長男として赴任先のグアテマラで産まれる。幼少期はモロッコ、ドミニカ共和国で過ごし、高校はボリビアのラパスで過ごす。[1]1989年に進学のために渡米。当初はローウェル大学(現・マサチューセッツ大学ローウェル校)に進学するがベントレー大学に移り1993年に卒業。[2]。学生時代に航空会社のマイレージを転売するベンチャーを立ち上げ、飛行機内でボリビアサッカー連盟副会長の知己を得ると卒業後はラパスに戻りボリビア代表チームのビジネスマネージャーを務めボリビア代表の1994 FIFAワールドカップ出場の裏方として働いていた時期がある。1995年渡米しボストンにあった不信の携帯電話小売店を引き継ぎ携帯電話を車で届けるサービスを行い成功する。[3]1997年9月23日パートナーのデイブ・ピーターソンと共にマイアミでブライトスター社を立ち上げ中古携帯電話の再販で成功し2014年8月までCEOをつとめる。2013年10月にソフトバンクへブライトスターを売却し2014年8月11日からスプリント社CEOに就任。[4]。2018年5月、ソフトバンクグループのCOOに就任。
サッカーとの関わり
ボリビアサッカー連盟でかつては代表チームのビジネスマネージャーをつとめ、現在はFIFAフェアプレー&社会責任委員[5]をつとめるなどサッカーの造形が深い。2008年FCバルセロナと提携しマイアミでMLSに参入を試みるが拡張入札は不調に終わり[6]ボリビアのクラブ・ボリバルのオーナーとなる。[7]現在はデビッド・ベッカム率いるMiami MLS teamの共同オーナーの1人(他にSimon Fuller、Tim Leiweke)としてMLSに参入を試みている。[8]。
OLPC
ニコラス・ネグロポンテと共にNPOOLPCを立ち上げている1人である。この活動は廉価PCを開発・普及させ発展途上国の子供1人1台ラップトップを普及させ教育に活用することを目的としている。
関連項目
脚注
- ↑ “Marcelo’s moment: Saving Sprint is biggest challenge of Claure’s already impressive life”. KansasCity.com (2015年8月22日). . 2016-8-18閲覧.
- ↑ “Immigrant Entrepreneur Hall of Fame: Marcelo Claure”. The Immigrant Learning Center (2015年9月). . 2016-8-18閲覧.
- ↑ “孫正義にどこか似ているスプリントの新CEO”. GQ JAPAN (2014年8月15日). . 2016-8-18閲覧.
- ↑ “僕はなぜ自分の1兆円企業を売って孫正義の下で働くことにしたのか” (2015年1月18日). . 2016-8-18閲覧.
- ↑ “Committee for Fair Play and Social Responsibility”. FIFA (2016年). . 2016-8-18閲覧.
- ↑ “FCB Barcelona and Marcelo Claure Launch Website Asking Miami and U.S. Fans to Support Miami's Bid for Major League Soccer”. PR Newswire (2008年11月10日). . 2016-8-18閲覧.
- ↑ “クラウレ氏、街頭の売り子からスプリントCEOに”. bloomberg (2014年8月7日). . 2016-8-18閲覧.
- ↑ “Beckham partner Marcelo Claure keeps his eyes on his goals”. MiamiHerald.com (2014年3月16日). . 2016-8-18閲覧.