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http:///mymemo.xyz/wiki/api.php?action=feedcontributions&user=153.236.91.184&feedformat=atom miniwiki - 利用者の投稿記録 [ja] 2024-05-03T21:45:44Z 利用者の投稿記録 MediaWiki 1.31.0 三井財閥 2018-07-27T20:03:00Z <p>153.236.91.184: /* 関連項目 */</p> <hr /> <div>{|class=&quot;infobox bordered&quot; style=&quot;width:100px; font-size: 100%;&quot; cellpadding=&quot;3&quot;<br /> | colspan=&quot;55&quot; style=&quot;text-align:center; font-size: 1.05em; background:black; color:white;&quot;|{{big|&#039;&#039;&#039;三井財閥&#039;&#039;&#039;}}<br /> &lt;div class=&quot;noprint&quot; style=&quot;borderless : 1px solid #999; background: #fff; text-align: center; padding: 5px; font-size: 100%; font-weight : bold&quot;&gt;&lt;noinclude&gt;&amp;nbsp;&lt;/noinclude&gt;[[Image:A sketch of the Mitsui shop in Suruga street in Edo.jpg|250px]]&lt;/div&gt;<br /> |-<br /> ! style=&quot;text-align: left&quot; | 創業家:<br /> | [[三井家]]<br /> |-<br /> ! style=&quot;text-align: left&quot; | 標章:<br /> | 丸に井桁三<br /> |-<br /> |}<br /> <br /> &#039;&#039;&#039;三井財閥&#039;&#039;&#039;(みついざいばつ)は、三井越後屋([[三越]]・[[三井銀行]])を源流に始まった、[[日本]]三大[[財閥]]の一つ。<br /> <br /> == 江戸期 ==<br /> [[Image:Hiroshige, Sugura street.jpg|thumb|170px|名所江戸百景 駿河町([[歌川広重]])&lt;br /&gt;越後屋の暖簾を見ることができる。2015年現在、通りの右側に[[三井本館]]、左側に[[三越]]日本橋本店がある。手前左右の通りが[[中央通り (東京都)|中央通り]]。]]<br /> [[ファイル:Echigoya6755.JPG|thumb|170px|三井越後屋京本店記念庭園、高利が開いた京本店跡]]<br /> [[三井家]]の歴史は、[[太政大臣]]・[[藤原道長]]に発し、その後[[藤原信生|藤原右馬之助信生]]が[[近江国|近江]]に移って[[武士]]となり、初めて三井の姓を名乗ったという&lt;ref&gt;東京大学出版『三井越後屋奉公人の研究』参照&lt;/ref&gt;。<br /> <br /> 早川隆によると「三井財閥の先祖は[[伊勢国|伊勢]][[商人]]で慶長年間、[[武士]]を廃業した[[三井高俊]]が伊勢[[松阪]]に[[質屋]]兼[[酒屋]]を開いたのが起源という。[[三井家]]はもともと近江の国[[佐々木氏]]の家来で、先祖は[[藤原道長]]といっているが、道長とのつながりは後から[[系図]]を作ったのかもしれない。」という&lt;ref&gt;早川隆『日本の上流社会と閨閥』p52&lt;/ref&gt;。<br /> <br /> [[三井高俊]]は[[質屋]]を主業に[[酒]]、[[味噌]]の類を商った。店は「&#039;&#039;&#039;越後殿の酒屋&#039;&#039;&#039;」と呼ばれ、これがのちの「&#039;&#039;&#039;越後屋&#039;&#039;&#039;」の起こりとなる。高俊の四男・[[三井高利]]は伊勢から[[江戸]]に出て[[1673年]]([[延宝]]元年)[[三越|越後屋]]三井[[呉服店]](三越)を創業。[[京都]]の[[室町通]][[蛸薬師通|蛸薬師]]に[[京呉服店]](仕入れ部)を創業。その後京都や[[大阪]]でも両替店を開業し、呉服は[[訪問販売]]で一反単位で販売し、代金は[[売り掛け]](ツケ払い)、という当時の商法をくつがえす、「&#039;&#039;&#039;店前売り&#039;&#039;&#039;」と「&#039;&#039;&#039;現金安売掛け値なし&#039;&#039;&#039;」([[定価]]販売)などで庶民の心をとらえ繁盛。その後、[[江戸幕府|幕府]]の[[公金]][[為替]]にも手を広げ[[両替商]]としても成功し、幕府[[御用商人]]となり、屈指の[[豪商]]となった。<br /> <br /> 三井は[[江戸幕府|幕府]]御用を全面的に歓迎した訳では無かったが、幕府との関係は初期の経営に重要な役割を果たし、公金為替による幕藩体制との密着度は深くなっていた。[[明治維新]]後、三井家は[[薩長]]主導の[[明治維新|明治政府]]の資金要請に応え、[[政商]]の基盤を確固たるものにした。幕末・維新期を通して、日本政府は三井との関係無しでは存立がいかない状況となっていた&lt;ref&gt;財団法人三井文庫『三井事業史』p1-&lt;/ref&gt;。<br /> <br /> [[戦国時代 (日本)|戦国期]]から近世初期にかけて活躍した大商人は外国貿易に従事した者、台頭しつつある新勢力で大名と結んで戦時用物資の調達にあたった者などであった。貿易商人としては、[[角倉了以]]、[[茶屋四郎次郎]]、[[末吉孫左衛門]]、[[島井宗室]]、[[末次平蔵]]他であった。貿易商人は[[鉄砲]]の輸入などで大名と結びつく機会があった、これらが初期豪商であった。このような政商的性格の強い初期豪商に対し、特定の専門商品を売買して城下町や江戸で商業活動を行う者が現れた。これらが[[近江商人]]・[[京都商人]]・[[伊勢商人]]などで、三井や[[鴻池財閥|鴻池]]・[[住友家|住友]]などの近世本町人であった。<br /> <br /> == 明治・大正期 ==<br /> [[明治維新]]後の[[中央集権]]政策の下、[[明治政府]]の三井家に対する諸御用の任命は、経済関係官庁未整備という条件のもとで経済政策技術の不足を補うために、政府は三井の巨商に期待したものであった。[[1872年]]([[明治]]5年)越後屋呉服店を三井の本流から切り離し、[[1876年]](明治9年)[[三井銀行]]を創業。また同年に[[井上馨]]と[[益田孝]]によって設立された商社[[先収会社]]の解散を機に益田に[[三井物産]]会社を創設させ、さらに三井組内の商事組織である三井組国産方と合併させた。政府は[[1880年]](明治13年)頃から[[官営工場]]を三井や三菱などに安く払い下げた。そのため[[紡績業]]などが盛んになり、日本の[[工業化#日本|産業革命]]を担う事になる。三井の転機は、[[明治十四年の政変]]で下野した[[慶應義塾]]出身者が多数経営に関わったところである&lt;ref&gt;武内成『明治期三井と慶應義塾卒業生』p56-p60&lt;/ref&gt;。旧来商業派の益田孝に対し、工業派の[[中上川彦次郎]]によって『家』から『企業』に変革した三井は、[[不良債権]]問題に立ち至った[[三井銀行]]の建て直しをはかり、[[私鉄]]経営にも意欲を見せた([[山陽鉄道]]、[[箕面有馬電気軌道]])。[[1893年]](明治26年)には[[三井鉱山]]が設立され、[[1909年]](明治42年)三井家の出資により[[持株会社]]・三井合名が設立され、参加の中核企業を有限会社から株式会社へ移行した。[[第一次世界大戦]]の好景気で産業が伸びていくさなか、財閥批判により[[團琢磨]]が[[血盟団]]員によって暗殺される。財閥攻撃の嵐の中で三井財閥を防衛し、その改革を託された[[池田成彬]]は、大胆な財閥転向施策により、紆余曲折を経験しながら日本最大の財閥へ拡大する。また、政界にも多くの幹部を送り込み、[[立憲政友会]]は三井財閥が、[[立憲民政党]]は[[三菱財閥]]が資金をまかなっていた&lt;ref&gt;小林正彬『三菱の経営多角化』p31-p32&lt;/ref&gt;。<br /> [[ファイル:Mitsui Main Building 2009.jpg|thumb|250px|東京都中央区日本橋室町 [[三井本館]]]]<br /> <br /> === 年譜 ===<br /> * [[1867年]]([[慶応]]3年) - 金穀出納所御用<br /> * [[1868年]](明治元年) - [[会計局]]為替方御用<br /> * [[1869年]](明治2年)<br /> ** [[東京会計官]]為替方御用<br /> ** [[伊豆七島]]御用<br /> * [[1870年]](明治3年)<br /> ** [[大蔵省]]より神戸為替両替御用<br /> ** [[宮内省]]より為替方御用<br /> ** [[北海道開拓]]御用達<br /> ** [[京都府]]の命により[[神戸市|神戸]]にて[[京都商社]]創立<br /> * [[1871年]](明治4年) - 大蔵省証券発行委託<br /> <br /> == 人の三井 ==<br /> [[岩崎家]]の同族主義が強かった[[三菱財閥]]に対し、三井は[[西郷隆盛]]から「&#039;&#039;&#039;大番頭&#039;&#039;&#039;」と呼ばれた[[井上馨]]をはじめ有能な人材を多く輩出したことから&#039;&#039;&#039;「組織の三菱、人の三井」&#039;&#039;&#039;と言われた。また[[三菱グループ|三菱]]が「&#039;&#039;&#039;独裁政治&#039;&#039;&#039;」、後世の[[住友グループ|住友]]が&#039;&#039;&#039;「結集の住友」&#039;&#039;&#039;と呼ばれた&lt;ref&gt;[[東洋経済新報]]367号、[[1970年]](昭和45年)&lt;/ref&gt;のに対し、[[三井グループ|三井]]は「&#039;&#039;&#039;番頭政治&#039;&#039;&#039;」と呼ばれる。これは三菱・住友の連帯と結束の強さに対し、グループ内各企業が自由に動きやすい三井の特色を表したもので、三井系トップ・マネジメントには個性の強い人物が多いことを言い表したものでもある。<br /> <br /> * &#039;&#039;&#039;主な人物&#039;&#039;&#039;、[[三井高陽]]、[[朝吹英二]]、[[藤山雷太]]、[[和田豊治]]、[[山本条太郎]]、[[鈴木梅四郎]]、[[三野村利左衛門]]、[[日比翁助]]、[[武藤山治 (実業家)|武藤山治]]、[[藤原銀次郎]]、[[馬越恭平]]、[[万代順四郎]]、[[向井忠晴]]、[[石田礼助]]、[[萩原吉太郎]]、[[佐藤喜一郎]]、[[水上達三]]、[[江戸英雄]]、[[小山五郎]]、[[小林一三]]<br /> <br /> <br /> === 三井合名会社 ===<br /> * 三井財閥の持ち株会社<br /> <br /> === 歴代指導者 ===<br /> * [[三野村利左衛門]]<br /> * [[中上川彦次郎]]<br /> * [[益田孝]]<br /> * [[朝吹英二]]<br /> * [[團琢磨]]<br /> * [[池田成彬]]<br /> * [[向井忠晴]]<br /> <br /> === 第一国立銀行・日本銀行 ===<br /> [[1871年]](明治4年)6月、[[三井八郎右衛門]]は「新貨幣御発行為替座御用」を命ぜられた。その業務は金銀の地金を受け取って引き換えに新貨幣を渡し、受け取った地金を[[造幣局]]へ送ることであった。[[小野組]]、[[島田組]]を差し置いて政府の命を受けた三井組は[[1872年]](明治5年)4月に御用所を東京・大阪・京都・[[横浜]]・[[神戸]]・[[松坂]]・[[函館]]の七都市に設立。この頃米国へ派遣された[[伊藤博文]]は[[吉田清成]]と[[国立銀行]]の設立で意見が対立する事になり、政府は三井組に銀行を設立するように予告しながら、すぐその後に政府の銀行政策が変更されて三井組一個の銀行設立を認めず、小野組と第一国立銀行を設立する方針がとられた。三井は強制的に政府の指導に従い、[[海運橋畔]]に建築していた三井組本部予定の建物を[[第一国立銀行]]に提供させられるという負担を負った。当初三井・小野組で200万円を出資し、残り300万円を一般募集するつもりでいたが、一般からは44万余円しか無かったため、資本金244万800円として[[1873年]](明治6年)[[6月11日]]に創立総会を開きただちに開業した。総監役として[[渋沢栄一]]が乗り込み、事実上の頭取として実権を握った。三井にとっては呉服部門を分離までして、銀行を設立しようとしたが、その希望を政府によってすりかえられ、自己の銀行を持ちたいという願望はくすぶり続ける事になった。その後[[三井銀行]]創立を果たした三井だが、[[日本銀行]]創立により官金取引業務が出来なくなり、更には三井銀行の[[三野村利助]]が引き抜かれ日銀理事に就任した。この頃は苦境にあり、1874年から翌年にかけて[[オリエンタル・バンク]]から100万ドルを借りた。<br /> <br /> === 工業化 ===<br /> 明治初期以来、鉱工業への進出は著しく、商業主義と言われた[[益田孝]]でも[[三井三池炭鉱|三池炭鉱]]や[[神岡鉱山]]に進出した。[[中上川彦次郎]]の工業主義が急進的であったので、それとの対抗上、商業主義を強調した傾向がある。益田孝が鉱工業を軽視していたのではないもう一つの証拠は、三井合名理事長に[[團琢磨]]を選出し、[[芝浦製作所]]を三井の傘下に置いたことである。三井物産は、自ら[[三井船舶]]や[[三井造船]]を分離していく一方、海外からのノウハウをもとにして[[東レ|東洋レーヨン]]などを起こして多角化していった。[[1895年]](明治28年)の三井工業部は、『芝浦製作所』、『[[東洋紡|三重紡績所]]』、『[[名古屋製糸所]]』、『[[大崎製糸所]]』、『[[富岡製糸場|富岡製糸所]]』、『[[カネボウ (1887-2008)|前橋絹糸紡績所]]』、『[[新町紡績所|新町絹糸紡績所]]』の7つが直系傘下であった。三井は職工に対する教育を銀行等[[ホワイトカラー]]と同じように優遇した。この姿勢は[[武藤山治 (実業家)|武藤山治]]によって引き継がれ、職員層(ホワイトカラー)と工員層([[ブルーカラー]])を選別しない「経営家族主義」「温情主義」と呼ばれ、当時の[[官尊民卑]]風潮において先駆的な労働管理思想であった。<br /> <br /> === 日本最大の財閥へ ===<br /> 三井財閥は他の財閥に先駆けて、[[1909年]](明治42年)に三井合名会社を頂点とする[[コンツェルン]]体制を確立した。世界史上における扱いとして、[[デュポン]]や[[ロックフェラー]]は基本的には単一業種で[[クルップ]]についても同じことが言える。ことにロックフェラーが[[スタンダード・オイル]]で採用した[[トラスティー方式]]は日本では見られなかった。その後、多数の財閥が本社を合名会社か合資会社とし、傘下の諸事業を株式会社としてピラミッド型に結合する形は一般化した。これによる生産の伸長に伴い、貿易が進展し、その担い手の商社も飛躍的に発展した。三井物産は取引額15億4000万円となり、三井工業部なども資本金が6倍、貿易金融には横浜正金銀行のほかに台湾銀行、朝鮮銀行、日本興業銀行、日本勧業銀行などが参加して外国為替業務を行うようになった。<br /> <br /> [[1911年]]に[[樺太]]国有林の伐採権を得、[[1914年]]11月には大泊郡大泊町でパルプ工場の操業を開始。[[1915年]]([[大正]]4年)の二十一ヶ条要求をきっかけに、中国・満州に進出。日本興業銀行を中心に約2.5億円の対中国借款が行われ、対外貸付額は総額11億円に達した。また、三井造船は日本初のディーゼル船・赤城丸などを導入。これら海洋国家と貿易の相乗効果で三井は日本最大の財閥として君臨した。<br /> <br /> [[1913年]](大正2年)には東京[[三田 (東京都港区)|三田]]に日本最大の富豪だった三井家の豪華な接客用建物として[[ジョサイア・コンドル|コンドル]]の設計により[[綱町三井倶楽部|三井倶楽部]]が完成した。<br /> <br /> == 昭和期 ==<br /> [[1928年]]([[昭和]]3年)頃の三井は、日本における産業支配をいっそう強め三井系諸会社の系統図を直系会社と傍系会社に分類した&lt;ref&gt;[[安岡重明]]『財閥形成史の研究』参照&lt;/ref&gt;。<br /> <br /> === 系譜 ===<br /> {{familytree/start|style=font-size:80%|}}<br /> {{familytree| | | | | | | |,| A |-|-|-|-|-| B |-|-|-|-|-| C |A=[[芝浦製作所]]|B=[[東芝|東京芝浦電気]]|C=[[東芝|東京芝浦電気]]}}<br /> {{familytree| | | | | A |^| B |v| C |v|-|-|-|-|-|-|-|-| D |A=[[日本コークス工業|三井鉱山会社]]|B=&#039;&#039;&#039;三井合名&#039;&#039;&#039;|C=[[日本コークス工業|三井鉱山]]|D=[[日本コークス工業|三井鉱山]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | | | |!| | | |)| A |-|-|-|-|-| B |A=[[三井化学|東洋高圧工業]]|B=[[三井化学|東洋高圧工業]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | | | |!| | | |`|-|-|-|-| A |-| B |A=[[三井化学|三井化学工業]]|B=[[三井化学|三井化学工業]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | | | |`|-|-|-|.| | | |,|-|-|-|-| A |A=&#039;&#039;&#039;三井本社&#039;&#039;&#039;}}<br /> {{familytree| A |-| B |-|-|-|-|v|-|-|-|^| C |+|-|-|-|-| D |A=[[三井物産|三井物産会社]]|B=[[三井物産]]|C=[[三井物産]]|D=[[三井物産]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | | | |!| | | | | | | |)| A |-| B |A=[[ニチハ|三井木材工業]]|B=[[ニチハ|三井木材工業]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | | | |!| | | | | | | |)| A |-| B |A=[[東燃ゼネラル石油|ゼネラル物産]]|B=[[東燃ゼネラル石油|ゼネラル石油]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | | | |!| | | | | | | |`| A |-| B |A=[[カーギルジャパン|東京食品]]|B=[[カーギルジャパン|東食]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | | | |)|-|-|-|-|-|-|-|-| A |-| B |A=[[商船三井|三井船舶]]|B=[[商船三井|三井船舶]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | | | |)|-|-|-|-| A |-| B |-| C |A=[[三井造船|玉造船所]]|B=[[三井造船]]|C=[[三井造船]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | | | |)| A |-|-|-|-|-|-|-|-|-| B |A=[[トーメン|東洋棉花]]|B=[[トーメン|東洋棉花]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | | | |)| A |-|-|-|-|-|-|-|-|-| 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| | | | B |(| | | |)| C |-|-|-|-|+| D |A=[[トヨタ車体|刈谷車体]]|B=[[三井化学|三井油脂化学工業]]|C=[[三井鉱山]]|D=[[中興炭鉱]] (股)}}<br /> {{familytree| A |(| | | | | B |(| | | |)| C |,| D |)| E |A=[[愛知製鋼]]|B=[[ニチハ|三井木材工業]]|C=[[東洋製糸紡織]]|D=[[哈爾浜セメント]]|E=[[太平洋炭鉱]]}}<br /> {{familytree| A |+| B |.| C |(| | | |)| D |^| E |)| F |A=[[刈谷工機]]|B=[[トヨタ自動車|トヨタ自動車工業]]|C=[[三井精機工業]]|D=[[三井物産]]|E=[[中華煙草]]|F=[[福島鉱業]]}}<br /> {{familytree| A |(| | | |!| B |(| | | |)| C |,| D |)| E |A=日本自動車配給|B=[[三機工業]]|C=[[湯浅電池|湯浅蓄電池製造]]|D=[[東ソー|東洋曹達工業]]|E=[[三井軽金属]]}}<br /> {{familytree| A |&#039;| | | |`| B |(| | | |)| C |)| D |`| E |A=[[豊田自動織機|豐田自動織機製作所]]&lt;ref&gt;兄弟会社に同業で後に買収・合併により軍需用品を手掛けるようになった[[豊和工業|豐田式織機(現豊和工業)]]を持つ。&lt;/ref&gt;|B=[[トーメン|東洋棉花]]|C=[[日本製粉]]|D=[[大陸化学工業]]|E=[[淮南炭鉱]] (股)}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | A |(| | | |)| B |)| C |,| D |A=[[三井農林]]|B=[[三井埠頭|川崎埠頭]]|C=[[三井化学|東洋高圧工業]]|D=[[東亞合成|東亞合成化学工業]]}}<br /> {{familytree| A |.| | | | | B |(| | | |)| C |^|-|-|-|^| D |A=[[三井近海機船]]|B=[[三井造船]]|C=[[三井化学|三井化学工業]]|D=[[島根化学工業]]}}<br /> {{familytree| A |(| | | | | B |(| | | |)| C |-| D |,| E |A=[[大洋興業]]|B=[[三洋化成工業|三洋油脂]]|C=[[ダイセル|大日本セルロイド]]|D=[[富士フイルムホールディングス|富士寫真フイルム]]|E=[[IHIシバウラ|石川島芝浦タービン]]}}<br /> {{familytree| A |+|-|-|-|-| B |+| C |+| D |,| E |)| F |A=[[東洋海運]]|B=[[商船三井|三井船舶]]|C=[[三井本社]]|D=[[日本金属工業]]|E=芝浦製作所|F=[[昭和電線ホールディングス|昭和電線電纜]]}}<br /> {{familytree| A |(| B |-| C |(| | | |)| D |)| E |)| F |A=[[蓬来タンカー]]|B=[[日本製紙|国策パルプ工業]]|C=[[東レ|東洋レーヨン]]|D=[[中央三井信託銀行|三井信託]]|E=[[東芝車輛]]|F=[[芝浦共同工業]]}}<br /> {{familytree| A |(| | | | | B |(| | | |)| C |+|-|-|-|+| D |A=[[西海汽船]]|B=[[昭和飛行機工業]]|C=[[東芝|東京芝浦電気]]|D=[[帝国通信工業]]}}<br /> {{familytree| A |&#039;| | | | | B |(| | | |)| C |)| D |`| E |A=[[日本商船]]|B=[[ダイトウボウ|大東紡織]]|C=[[日本人造石油]]|D=[[芝浦工機]]|E=[[横河電機|橫河電機製作所]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | A |(| | | |)| B |`| C |-| D |A=[[コスモ石油|丸善石油]]|B=[[日本纖維工業]]|C=[[日本電興]]|D=[[日本無線]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | A |(| | | |)| B |,| C | | | | |A=[[三井木船建造]]|B=[[満洲石油]]|C=[[津久見鉱業]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | A |(| | | |)| B |)| C | | | | |A=[[満洲合成燃料]]|B=[[朝鮮林業開發]]|C=[[朝鮮小野田セメント製造]]}}<br /> {{familytree| | | | | A |-| B |(| | | |)| C |+| D | | | | |A=[[藤永田造船所]]|B=[[帝国銀行]]|C=[[太平洋セメント|小野田セメント製造]]|D=[[満洲小野田セメント製造]]}}<br /> {{familytree| | | | | A |-| B |(| | | |)| C |`| D | | | | |A=[[黒部川電力]]|B=[[デンカ|電気化学工業]]|C=[[大同特殊鋼|大同製鋼]]|D=[[華北洋灰股 有限公司]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | A |(| | | |)| B | | | | | | | | |A=[[日本製鋼所]]|B=[[三越]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | A |(| | | |)| B | | | | | | | | |A=[[台湾製糖]]|B=[[グンゼ|郡是製糸]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | A |(| | | |)| B | | | | | | | | |A=[[堺セルロイド]]|B=[[太平洋興発]]}}<br /> {{familytree| | | | | | | | | A |&#039;| | | |`| B | | | | | | | | |A=[[王子製紙]]|B=[[カネボウ (1887-2008)|鐘淵紡績]]}}<br /> {{familytree/end}}<br /> <br /> === 帝国主義・満州国進出 ===<br /> 商品輸出の拡大や市場支配圏の獲得を目的に[[三井物産]]が国家政策と一体化して[[帝国主義]]的進出を展開した。[[満州事変]]・[[日中戦争]]・[[太平洋戦争]]を通じて[[中華人民共和国|中国]]に侵攻した。当時の[[香港]]の主要取引としては、[[欧州]]・日本・[[豪州]]及び[[東南アジア]]、[[清国]]沿岸地方が四大市場をなしていたが、欧米市場からは鉄、機械などの生産手段と綿糸布などの消費資料を輸入し、生糸、絹織物などの嗜好品が輸出され、日本からは綿糸布、石炭、燐寸などの消費資料、原料品、雑貨品が輸入され、棉花、砂糖、米などが輸出されていたが、日本にとって当該期の香港は主に輸出市場としての位置にあったのである。また、豪州・東南アジア市場との貿易は輸入において、米、石炭.錫の鉱産物、輸出においては茶、砂糖のほか雑貨品を主としていた。清国沿岸地域とは生糸、絹織物を輸入し、生産手段、雑貨品を輸出していた。そして、このような四大市場相互間には清国産の生糸、絹織物の欧米への輸出と、欧米からの生産手段、綿糸・綿布・綿織物の清国への輸入にみられるように有機的連関が形成されており、その中継港として香港市場があったのである。<br /> <br /> === 満州買収計画 ===<br /> この計画は、三井物産上海支店の取引と関連して起こった。[[1911年]](明治44年)中国に[[辛亥革命]]が起こり、[[米国]]に亡命していた[[孫文]]が大統領に就任し、三井に革命軍の軍資金の提供を申し込んだ所に発端があった。のちの[[第一革命]]の直接の動機となったのは郵伝部尚書[[盛宣懐]]の鉄道国有化案であった。このとき軌条統一に要する資料を、三井が[[日本興業銀行]]から借り入れて融資をしていた漢陽製鉄所に求めようとした。三井は大治鉄鉱、漢陽製鉄、炭礦の合同に成る公司の日中共同経営を条件に巨額の借款に応じた。公司から民間政府へ500万円の貸与の条件もあり、この借款契約の調印と同時に&#039;&#039;「[[中華民国]]政府は将来[[支那]]に於ける鉱山、鉄道、電気其他の事業を外国人に許可する場合には、他と同条件なれば三井物産株式会社に其許可を与ふる事を承認す」&#039;&#039;という契約書を取り交わした。まもなく孫文が大統領の地位を退いたため、この借款の融資は一部しか実行されなかったが、中国通を抱えていた三井は、[[中国革命]]を援助しながら商権の拡張を図った。[[1913年]](大正2年)夏の[[第二革命]]挙兵後、革命軍の資金調達難を見た[[森恪]]が、二個師団分の武器と2000万円の現金でもって満州を買収する交渉を行った。革命の後、孫文の亡命によって実現しなかったが、この満州買収計画は森が益田を通して井上馨に通じ、その仲介によって[[桂太郎]]の了解を得て行ったものであった。<br /> <br /> === 軍需産業 ===<br /> [[満州事変]]がきっかけとなり、軍事費が膨張し、軍需景気を引き起こし、重化学工業発達の強い要因となった。中国・満州への進出には[[日産コンツェルン|日産]]・[[日窒コンツェルン|日窒]]・[[昭和電工]]などの新興コンツェルンが熱心であった。軍部には既成財閥、特に三井に対して強い反感があったとし、新興コンツェルンには、堂々たる努力で築いてきた電気化学工業部門において、既成財閥が追い上げてくるといった事情があった。三井は[[1933年]](昭和8年)[[東洋高圧]]・[[日満アルミニウム]]、[[1934年]](昭和9年)[[レーション曹達]]を設立して化学工業を拡大し、[[石川島タービン]]・[[玉造船所]](のちの[[三井造船]])を新設して機械工業に力を入れ始め、益田孝以来の商業化路線から工業化路線へ走った。三菱は、[[1934年]](昭和9年)、[[三菱造船]]と[[三菱航空機]]を合併して[[三菱重工業]]を新設し、[[東京鋼材]]を増資によって強化した。住友は[[住友伸銅鋼管]]と[[住友製鉄所]]が合併して、[[住友金属工業]]が設立された。[[第一次世界大戦]]後の不況を抜けると、日本政府からの戦争協力を求められた三井は、のちに[[南条金雄]](三井合名理事)の下、積極的に国策協力を推し進め、軍需生産の基幹を成す石炭鉱業、金属鉱業が急速に伸長した。この頃の炭鉱の動きは、三池、田川、山野、砂川、美唄など既設の事業所の強化と拡充が試みられた。[[樺太]]の[[西柵丹炭鉱]]が[[1938年]](昭和13年)[[12月]]に[[西柵丹鉱業所]]として設置。[[川上鉱業所]]と合併して[[1941年]](昭和16年)に[[千緒炭鉱]]を買収して経営に当たった。この頃全国における[[三井鉱山]]の石炭産出量は13%から20%近い比率となっていた。金属部門では[[三成鉱業]]のほか、朝鮮の[[義州鉱山]]、本州では[[日本亜鉛鉱業]]の設立があった。またアルミを原料として航空機の生産を行うために、[[1941年]](昭和16年)に三井鉱山傘下の東洋アルミニウムと[[日曹コンツェルン|日曹]]系の西鮮化学を統合した[[東洋軽金属]](後の[[三井軽金属]])が、[[朝鮮]]の[[龍川郡|楊市]]においてアルミ精錬工場を建設(実際の操業は2年後)。さらに[[陸軍]]航空本部と[[朝鮮総督府]]のすすめにより、[[1942年]](昭和17年)、[[昭和飛行機]]平壌工場を買収し、[[朝鮮飛行機製作所]]とした。<br /> <br /> === 海外進出 ===<br /> 三井鉱山も物産と同様、[[満州事変]]以後、[[満州]]・[[中華人民共和国|中国]]・[[南方]]占領地域へ進出し、諸事業を経営するようになった。南方の占領地では[[陸軍]][[次官]]の通牒によって、[[フィリピン]]、[[スマトラ]]、[[仏印]]([[ベトナム]]・[[ラオス]]・[[カンボジア]])、[[ビルマ]]、[[マレー]]、[[ジャワ]]等の鉱山・炭礦・精錬所などの強制的な経営協力を命ぜられた。しかし、これらの諸投資は敗戦によって水泡に帰してしまった。<br /> <br /> * 満州合成燃料 - 資本金5000万円 [[1937年]](昭和12年) - [[満州国]]・[[三井物産]]・[[三井合名]]などの共同出資。[[フィッシャー法]]による人造石油製造。<br /> * 熱河礦山 - 資本金100万円 [[1937年]](昭和12年) - [[満州国]]との共同出資。[[銅]]・[[亜鉛]]・[[鉛]]の採掘・精錬。<br /> * 三宝礦業 - 資本金100万円 [[1939年]](昭和14年) - 主として石炭。<br /> * 天宝礦業 - 資本金350万円 [[1938年]](昭和13年) - [[1940年]](昭和15年)より[[三井鉱山]]の経営。亜鉛採掘。<br /> * 中興炭礦 - [[1939年]](昭和14年)[[山西省]]の現地[[日本軍]]より管理命令を受ける。のち公司となる。<br /> * 准南炭礦 - [[1938年]](昭和13年)[[安徽省]]の日本軍より破壊された炭礦の復旧を命ぜられ、中国・[[三菱財閥|三菱]]との共同経営となった。[[1939年]](昭和14年)には資本金1500万円の公司となる。三井鉱山持株は20%、三菱は13%であった。<br /> <br /> === 財閥解体 ===<br /> [[第二次世界大戦]]後、[[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]は財閥を軍国主義と封建主義の精神的支柱であるとし、[[1946年]](昭和21年)[[9月]]三井、三菱、住友、[[安田財閥|安田]]、旧[[中島飛行機]]が持株会社に指定され、三井・三菱の経済力の中核とみなされた[[三井物産]]と[[三菱商事]]は[[財閥解体]]により解散した。<br /> <br /> == 財閥解体後 ==<br /> 戦後、[[日本経団連]]の誕生で財界は総主流体制に移行した。戦前は旧三井財閥を軸とする[[保守本流]]、重厚長大企業が中心で、大企業のすべてが経団連の重要ポストである正・副会長に名を連ねてはいなかった。バブル後は[[トヨタ自動車]]、[[日本電信電話|NTT]]、[[松下電器産業]]、[[キヤノン]]、[[武田薬品工業]]などが加わる。旧日経連に力を入れていた旧三菱系企業も統合後は顔を出すようになる。<br /> <br /> 他財閥と同様「[[三井グループ]]」としてグループ化をするも、相対的弱体化を余儀なくされる。その主な原因は、[[帝国銀行]]から[[第一銀行]]が分離したことによる[[三井銀行]]が被った大きな損失で、三井銀行は資本金の約50%を失った。そのため三井系会社が必要とするクレジットを提供することができなくなり、グループのいくつかに対する影響力を失い、[[富士銀行]]、[[日本興業銀行]]などといった他のグループの銀行がこれらの会社の主要な債権者になった。また三井系の生産会社間の有機的、生産的、金融的結びつきの弱さがもう1つの原因となり、一連の会社が三井との関係を弱めたり分離したりすることになった。<br /> <br /> さらに三井グループの中核会社である[[三井物産]]の解体も大きく影響し、三井物産を基盤にしてすすめられた三井物産と[[第一物産]]の再合同は、第一物産が[[富士銀行]]の融資系列下にあったため手間取り難航した(なお、三井物産と[[芙蓉グループ]]との関係はこの関係から生まれたともいわれる)。そのため[[三菱グループ]]や[[住友グループ]]などと比べてもゆるやかな連合体となっており、グループ企業には独立色の強い企業([[トヨタ自動車]]、[[東芝]]、[[フジクラ]]など)や他の企業グループに重複して加盟している企業(特に芙蓉グループや[[第一勧銀グループ]]との重複加盟企業が多い&lt;ref&gt;他に[[大輪会]]や[[最勝会グループ]]との重複加盟企業もある。かつては[[三和グループ]]との重複加盟企業も存在した。&lt;/ref&gt;)もある。<br /> <br /> [[サントリー]]や[[IHI]]、[[サッポロビール]]の結集はやや遅れたが旧三和系、旧芙蓉系、旧第一勧銀系を満遍なく取り込んだ。後発かあるいは設立関与で息のかかった程度の存在である[[富士フイルム]]などは新規加盟の部類である。三井財閥系企業が[[八重洲]]・[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]、三菱財閥系企業が[[大手町 (千代田区)|大手町]]・[[丸の内]]に集積している事から、それぞれを&#039;&#039;&#039;「三井王国」・「三菱王国」&#039;&#039;&#039;とも呼ばれる地区の存在になっている。また、[[東京放送ホールディングス]]が二木会・月曜会・三井業際研究所・三井文庫に加盟し、[[TBSテレビ]]が月曜会に加盟したことにより三井グループは[[マスメディア]]も包括する企業集団となった。<br /> <br /> [[2001年]]([[平成]]13年)に[[三井グループ]]の中核銀行である[[さくら銀行]](旧[[三井銀行]]・旧[[太陽神戸銀行]])が住友グループの中核銀行・[[住友銀行]]と合併して[[三井住友銀行]]が誕生したことに伴い[[金融]]面では[[三井住友フィナンシャルグループ]]が誕生し、他業種でも三井系と[[住友財閥|住友]]系の企業の合併や業務提携が相次いだ。源流企業の三越は、[[三菱東京UFJ銀行]]との関係が深い[[伊勢丹]]と[[2008年]](平成20年)[[4月]]に持株会社の[[三越伊勢丹ホールディングス]]を設立、経営統合した。三井系の信託銀行である[[中央三井トラスト・ホールディングス]](旧[[中央信託銀行]]・旧[[三井信託銀行]])は[[2012年]](平成24年)4月に[[住友信託銀行]]と経営統合して、[[三井住友トラスト・ホールディングス]]となった。<br /> <br /> 旧三井財閥の持株会社である三井本社は財閥解体後も[[清算]]株式会社として存続していたが&lt;ref name=&quot;三井財閥最後の日&quot;&gt;[http://www.mitsuipr.com/history/sengo/index.html 三井財閥最後の日 - 三井の歴史]&lt;/ref&gt;&lt;ref name=&quot;三井不動産の沿革&quot;&gt;[http://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/about_us/history/index.html 三井不動産の沿革]&lt;/ref&gt;&lt;ref name=&quot;三大財閥200年史&quot;&gt;『歴史探偵』p30-p31『三井財閥 - 三大財閥 三井・住友・三菱200年史』。&lt;/ref&gt;、[[1956年]](昭和31年)に三井系の不動産会社である[[三井不動産]]に吸収合併された&lt;ref name=&quot;三井財閥最後の日&quot;/&gt;&lt;ref name=&quot;三井不動産の沿革&quot;/&gt;&lt;ref name=&quot;三大財閥200年史&quot;/&gt;。<br /> <br /> == 脚注・出典 ==<br /> {{脚注ヘルプ}}<br /> {{Reflist}}<br /> <br /> == 関連項目 ==<br /> * [[三井グループ]]<br /> * [[二木会]]<br /> * [[綱町三井倶楽部]]<br /> * [[三井家]]<br /> * [[三井記念美術館]]<br /> * [[はぜ (板金)|三井はぜ]]<br /> * [[日本銀行]]<br /> <br /> == 外部リンク ==<br /> * [http://www.mitsuipr.com/ 三井広報委員会] {{ja icon}}<br /> * [http://www.mitsui-gyoosai.com/ 三井業際研究所] {{ja icon}}<br /> * [http://www.tsunamachimitsuiclub.co.jp/ 綱町三井倶楽部] {{ja icon}}<br /> * [http://www.mitsui-bunko.or.jp/index.html 三井文庫] {{ja icon}}<br /> <br /> {{三井グループ}}<br /> {{DEFAULTSORT:みついさいはつ}}<br /> [[Category:三井グループ|*]]<br /> [[Category:三井グループの歴史|*]]<br /> [[Category:日本の財閥・コンツェルン]]<br /> [[Category:江戸時代の経済]]<br /> [[Category:満州国の経済]]</div> 153.236.91.184 三井グループ 2018-07-27T19:55:34Z <p>153.236.91.184: /* 三井グループと親密な企業 */</p> <hr /> <div>{|class=&quot;infobox bordered&quot; style=&quot;width:100px; font-size: 100%;&quot; cellpadding=&quot;3&quot;<br /> | colspan=&quot;55&quot; style=&quot;text-align:center; font-size: 1.05em; background:black; color:white;&quot;|{{big|&#039;&#039;&#039;三井グループ&#039;&#039;&#039;}}<br /> &lt;div class=&quot;noprint&quot; style=&quot;borderless : 1px solid #999; background: #fff; text-align: center; padding: 5px; font-size: 100%; font-weight : bold&quot;&gt;&lt;noinclude&gt;&amp;nbsp;&lt;/noinclude&gt;[[Image:A sketch of the Mitsui shop in Suruga street in Edo.jpg|250px]]&lt;/div&gt;<br /> |-<br /> ! style=&quot;text-align: left&quot; | 創業家:<br /> | [[三井家]]<br /> |-<br /> ! style=&quot;text-align: left&quot; | 標章:<br /> | 丸に井桁三<br /> |-<br /> |}<br /> <br /> &#039;&#039;&#039;三井グループ&#039;&#039;&#039;(みついグループ)は、[[日本]]の企業グループのひとつ。戦前の[[三井財閥]]の流れを汲む企業の連合体。&#039;&#039;&#039;二木会&#039;&#039;&#039;と呼ばれる。<br /> <br /> == 概要 ==<br /> 戦前の[[三井財閥]]は日本最大の[[財閥]]として財界に君臨したが、戦後の財閥解体後、同じ旧財閥の[[三菱グループ]]・[[住友グループ]]に比べて再結集が遅れたこと、本来中核となってグループに資金供給をすべき[[三井銀行]]が[[帝国銀行]]の分裂によって規模が縮小してしまっていたこと、[[高度経済成長]]期の[[重化学工業]]化に乗り遅れたこと、などから戦前に比べその相対的な地位は低下した。そのため三井グループは表面上、あまり結束が強くない。また、[[トヨタ自動車]]や[[東芝]]などが、そして東芝との関係から[[IHI]]なども加わっている。しかしながら、表に現れない部分での結束は未だ残っており、三井系列企業経営層専用のクラブ、そして三井記念病院内にも経営層クラス専用の特待病室があることが知られている。<br /> <br /> 最近の動きとしては、三井鉱山は[[新日本製鐵]](現:[[新日鐵住金]])等の支援を受け経営再建を目指し、「[[日本コークス工業]]」と改名し三井グループから離脱。2008年4月には、三井財閥の源流である越後屋呉服店の後裔[[三越]]が、三菱東京UFJ銀行(現:[[三菱UFJ銀行]]・旧:[[三菱銀行]])をメインバンクとする[[伊勢丹]]と共同持株会社「三越伊勢丹ホールディングス」を設立し経営統合した。一方で、[[さくら銀行]](旧三井銀行)は[[住友銀行]]と合併し[[三井住友銀行]]に、[[富士フイルム]]や[[東京放送ホールディングス]](旧東京放送)等の[[二木会]]への新規加盟や、[[トヨタ自動車]]等の支援を受けた[[三井住友海上火災保険|三井住友海上]]の[[あいおい損害保険|あいおい損保]]や[[ニッセイ同和損害保険|ニッセイ同和損保]]との経営統合等、グループの新陳代謝も活発である。<br /> <br /> 二木会加盟の企業の中では、[[三井]]の名前を冠さない三井傍系の大企業が多数あり、それらと直系との強い結びつきを模索する動きが見られる。<br /> <br /> == ロゴ ==<br /> 丸囲みの井桁に「三」の文字が入ったもの{{#tag:ref|企業によっては「三」の文字が直線でなく筆文字であったり&lt;ref name=&quot;三井を読む4&quot;&gt;[http://www.mitsuipr.com/history/column/04/index.html コラム「三井を読む」第4回 商いの大理想を新たな店章に託して]&lt;/ref&gt;、線の太さが異なったりする&lt;ref name=&quot;三井を読む4&quot;/&gt;。なお三井物産のみ丸がない&lt;ref name=&quot;三井を読む4&quot;/&gt;。|group=&quot;注&quot;}}。原則として「三井」と名乗る企業で使われるが、三井住友銀行や三井住友海上火災&lt;ref group=&quot;注&quot;&gt;前身の一つ「三井海上火災」も、大正海上から社名変更後も井桁マークを使用していなかった。&lt;/ref&gt;、[[商船三井]]など三井と名乗っても他のグループと合併した会社は、三井と名乗らない企業と同じようにこのロゴを使わない。また最近、三井広報委員会でもこの井桁マークを使っていない。<br /> <br /> また、三井を冠する企業でも[[三菱グループ]]における[[スリーダイヤ]]や[[住友グループ]]における[[井桁]]に比べて企業再編が活発になる以前の1970年代時点で三井の丸囲みの井桁に「三」を採用しない会社は三菱や住友の前述のマークに比べて多かった&lt;ref group=&quot;注&quot;&gt;例、[[三井銀行]]の八重桜の中に井桁に「三」など。&lt;/ref&gt;。また、三井を冠しグループ外企業との合併等を含む商号変更をしていない場合でも同様である。<br /> <br /> == 三井グループ主要各社 ==<br /> かつて旧三井銀行・三井物産・旧三井鉱山の三社が「三井グループ御三家」と呼ばれていた。戦後は三井本社を吸収合併した三井不動産が、旧三井鉱山に代わり御三家の一角を占めている。<br /> <br /> {|class=&quot;wikitable&quot;<br /> |-<br /> !社名!!二木会!!三井広報&lt;br&gt;委員会!!三井業際&lt;br&gt;研究所!!綱町三井&lt;br&gt;倶楽部!!月曜会!!三井文庫!!備考<br /> |-<br /> |[[IHI]]||○||-||○||○||○||○||※4&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;&gt;『六大社長会の加盟企業 秘2017年版バージョン』『[[週刊ダイヤモンド]]』[[2017年]][[7月29日]]号、[[ダイヤモンド社]]、32-33頁&lt;/ref&gt;<br /> |-<br /> |[[イビデン]]||-||-||○||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[イビデングリーンテック]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[宇徳]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[エームサービス]]||-||○||-||-||○||○||-<br /> |-<br /> |[[王子ホールディングス]]||○||○||○||○||○||○||※4&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;/&gt;<br /> |-<br /> | [[王子製紙]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[カネカ]]||-||-||-||-||-||○||※5&lt;ref&gt;[http://izumisano-kyuryo.jp/dairinkai/ 大輪会(だいりんかい)とは] - [http://izumisano-kyuryo.jp/ 泉佐野丘陵緑地公式サイト]内のページ。&lt;/ref&gt;<br /> |-<br /> |[[サッポロホールディングス]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> | [[サッポロビール]]||-||○||-||-||○||-||※2&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;/&gt;<br /> |-<br /> |[[三機工業]]||○||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> |[[JA三井リース]]||-||○||-||-||○||○||-<br /> |-<br /> |[[商船三井]]||○||○||○||○||○||○||※3&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;/&gt;<br /> |-<br /> | [[エムオーツーリスト]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[昭和飛行機工業]]||-||-||-||-||○||○||-<br /> |-<br /> |[[新日本空調]]||-||○||-||○||○||○||-<br /> |-<br /> |[[ジーエス・ユアサコーポレーション]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[住友三井オートサービス]]||-||-||-||-||○||-||※1&lt;ref name=&quot;住友グループ各社のご案内&quot;&gt;[http://www.sumitomo.gr.jp/committee/company.html 住友グループ各社のご案内 - 住友グループ広報委員会]&lt;/ref&gt;<br /> |-<br /> |[[太平洋興発]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[太平洋セメント]]||○||-||○||○||○||○||※2&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;/&gt;※4&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;/&gt;<br /> |-<br /> |[[第一園芸]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[ダイセル]]||-||-||-||-||○||○||※6&lt;ref name=&quot;長岡禅塾&quot;&gt;[https://www.sojitz.com/jp/csr/contribute/nagaoka/ 長岡禅塾] - [https://www.sojitz.com/jp/ 双日公式サイト]内のページ。&lt;/ref&gt;<br /> |-<br /> |[[デンカ]]||○||○||○||○||○||○||※4&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;/&gt;<br /> |-<br /> |[[東亞合成]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[東京放送ホールディングス|東京放送ホールディングス(TBSHD)]]||○||-||○||-||○||○||-<br /> |-<br /> | [[TBSテレビ]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[東芝]]||○||-||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> |[[東洋エンジニアリング]]||-||○||○||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[東レ]]||○||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> |[[東レインターナショナル]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[西日本電線]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[トヨタ自動車]]||○||-||○||○||-||○||-<br /> |-<br /> |[[日本紙パルプ商事]]||-||-||-||○||-||-||-<br /> |-<br /> |[[日本製鋼所]]||○||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> |[[日本製紙]]||○||-||○||○||○||○||※2&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;/&gt;<br /> |-<br /> |[[日本製粉]]||○||-||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> |[[日本ユニシス]]||-||-||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> |[[フジクラ]]||-||-||○||○||○||-||-<br /> |-<br /> |[[富士フイルムホールディングス|富士フイルムHD]]||○||-||○||-||○||○||-<br /> |-<br /> | [[富士フイルム]]||-||-||-||○||○||-||※6&lt;ref name=&quot;長岡禅塾&quot;/&gt;<br /> |-<br /> |[[物産不動産]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井E&amp;Sホールディングス]]||○||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> |[[三井海洋開発]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井化学]]||○||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> | [[三井化学東セロ]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井共同建設コンサルタント]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井金属鉱業]]||○||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> |[[三井情報]]||-||-||-||-||○||○||-<br /> |-<br /> |[[三井住建道路]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井住友海上火災保険]]||○||○||○||○||○||○||※1&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;/&gt;&lt;ref name=&quot;住友グループ各社のご案内&quot;/&gt;<br /> |-<br /> |[[三井住友海上プライマリー生命保険]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井住友建設]]||○||○||○||○||○||○||※1&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;/&gt;&lt;ref name=&quot;住友グループ各社のご案内&quot;/&gt;<br /> |-<br /> |[[三井住友トラスト・ホールディングス|三井住友トラストHD]]||○||○||-||○||○||-||※1&lt;ref group=&quot;注&quot;&gt;但し三井住友トラストHD自体は[[白水会]]や住友グループ広報委員会に加盟していない。白水会や住友グループ広報委員会に加盟しているのは傘下の三井住友信託銀行である。&lt;/ref&gt;<br /> |-<br /> | [[三井住友信託銀行]]||-||-||○||-||○||○||※1&lt;ref name=&quot;住友グループ各社のご案内&quot;/&gt;<br /> |-<br /> | [[三井住友トラスト・カード]]||-||-||-||-||○||-||※1&lt;ref group=&quot;注&quot;&gt;但し三井住友トラスト・カード自体は白水会や住友グループ広報委員会に加盟していない。白水会や住友グループ広報委員会に加盟しているのは兄弟会社の三井住友信託銀行である。&lt;/ref&gt;<br /> |-<br /> |[[三井住友フィナンシャルグループ|三井住友FG]]||○||-||○||-||○||-||※1&lt;ref group=&quot;注&quot;&gt;但し三井住友FG自体は白水会や住友グループ広報委員会に加盟していない。白水会や住友グループ広報委員会に加盟しているのは傘下の三井住友銀行と三井住友カードである。&lt;/ref&gt;<br /> |-<br /> | [[三井住友銀行]]||-||○||-||○||○||○||※1&lt;ref name=&quot;六大社長会の加盟企業&quot;/&gt;&lt;ref name=&quot;住友グループ各社のご案内&quot;/&gt;<br /> |-<br /> | [[三井住友カード]]||-||-||-||-||○||○||※1&lt;ref name=&quot;住友グループ各社のご案内&quot;/&gt;<br /> |-<br /> | [[SMBC日興証券]]&lt;ref group=&quot;注&quot;&gt;旧大和証券SMBC(後に旧[[大和証券キャピタル・マーケッツ]]を経て、2012年4月1日付けで「(3代目)[[大和証券]]」に統合)に代わり2010年1月1日付入会。&lt;/ref&gt;||-||-||-||-||○||○||-<br /> |-<br /> | [[SMBCコンサルティング]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> | [[SMBCファイナンスサービス]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> | [[さくらカード]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> | [[さくら情報システム]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> | [[日本総合研究所 (株式会社)|日本総合研究所]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井住友ファイナンス&amp;リース]]||-||○||-||-||○||○||※1&lt;ref name=&quot;住友グループ各社のご案内&quot;/&gt;<br /> |-<br /> |[[三井精機工業]]||-||-||-||-||○||○||-<br /> |-<br /> |[[三井製糖]]||-||-||○||-||○||○||-<br /> |-<br /> |[[三井生命保険]]||-||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> |[[三井石油開発]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井倉庫ホールディングス]]||○||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> | [[三井倉庫ロジスティクス]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井デザインテック]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井農林]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井物産]]||○||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> | [[三井食品]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井不動産]]||○||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> | [[三井不動産レジデンシャルサービス]]||-||-||-||-||-||○||-<br /> |-<br /> | [[三井不動産レジデンシャルリース]]||-||-||-||-||-||○||-<br /> |-<br /> | [[三井不動産リアルティ]]||-||-||-||○||○||○||-<br /> |-<br /> | [[三井不動産ビルマネジメント]]||-||-||-||-||-||○||-<br /> |-<br /> | [[三井不動産レジデンシャル]]||-||-||-||-||○||○||-<br /> |-<br /> | [[三井不動産ファシリティーズ]]||-||-||-||-||-||○||-<br /> |-<br /> | [[三井不動産商業マネジメント]]||-||-||-||-||-||○||-<br /> |-<br /> | [[三井不動産ホテルマネジメント]]||-||-||-||-||-||○||-<br /> |-<br /> |[[三井ホーム]]||-||-||-||-||○||○||-<br /> |-<br /> |[[三井松島産業]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[三井三池製作所]]||-||-||-||-||○||○||-<br /> |-<br /> |[[三越伊勢丹ホールディングス]]||○||○||○||○||○||○||-<br /> |-<br /> | [[三越伊勢丹]]||-||-||-||-||○||-||-<br /> |-<br /> |[[室町殖産]]||-||-||-||-||-||○||-<br /> |}<br /> 備考欄の<br /> * 「※1」の[[会社]]は、[[住友グループ]]でもある。<br /> * 「※2」の会社は、[[芙蓉グループ]]でもある。<br /> * 「※3」の会社は、[[三和グループ]]でもある。<br /> * 「※4」の会社は、[[第一勧銀グループ]]でもある。<br /> * 「※5」の会社は、[[大輪会|大輪会グループ]]でもある。<br /> * 「※6」の会社は、[[最勝会グループ]]でもある。<br /> * 二木会は、[[財閥解体]]で緩みかかったグループの連帯維持を目的に設けられた「月曜会」を母体として、1961年に発足し、グループ企業の会長・社長を集めて行う懇談昼食会を活動の中心としている。毎月第2[[木曜日]]に開かれるのでこの名がある。またグループの内部広報紙を発行する三友新聞社にも出資している。<br /> * 三井広報委員会は三井グループの広報を目的としている。<br /> * 三井業際研究所は、業種の枠を超えた「異業際分野における知識集団としての機能を果す」(同研究所公式ページより)事を目的に、二木会の直属機関として1978年に設立された。<br /> * [[綱町三井倶楽部]]は、グループ企業の課長クラス以上の役職員・OBの親睦を図る目的で設立された会員制クラブで、同名の歴史的建造物(2015年現在もグループの迎賓館として使用。場所は[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]][[三田 (東京都港区)|三田]])を拠点としている。<br /> * 月曜会は、三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合。月曜に会合が行われていたためこの名がある。二木会の母体となったが、二木会発足後も存続している。<br /> * 三井文庫は、三井文庫本館と[[三井記念美術館]]からなる公益財団法人である。公益財団法人三井文庫の前身である財団法人三井文庫が三井グループ各社の支援を得て設立されたことから&lt;ref&gt;[http://www.mitsuipr.com/about/facility/bunko.html 三井文庫 - 三井の歴史にまつわる施設]&lt;/ref&gt;、三井文庫の賛助会社は三井グループに属しているといえる{{#tag:ref|例をあげるとカネカは三井文庫の賛助会社に名を連ねているため三井グループの一員である&lt;ref&gt;[http://www.mitsui-bunko.or.jp/foundation/support.html 公益財団法人 三井文庫【賛助会社】]&lt;/ref&gt;。|group=&quot;注&quot;}}。<br /> <br /> == 三井グループと親密な企業 ==<br /> * [[アルプス電気]] - 三井グループと緊密。<br /> * [[オーケー食品工業]] - 三井物産と日本製粉が支援を行っている中堅食品メーカー<br /> * [[オリエンタルランド]] - [[京成電鉄]]の持分法適用関連会社として[[京成グループ]]に名を連ねているが、三井不動産も株主に入っている。また、[[東京ディズニーランド]]・[[東京ディズニーシー]]内には三井住友銀行(旧三井銀行→さくら銀行、以下同)の出張所がある。<br /> * [[鹿島建設]] - メインバンクは三井住友銀行(旧住友銀行)。三井不動産とも緊密。<br /> * [[極東証券]] - 90年10月に三井グループ主要各社に資本協力を経て資本増強&lt;!--[[募集株式]]?--&gt;を行った事がある。また、それ以前に主力行である三井住友銀行(旧三井銀行)と業務提携を締結していた。<br /> * [[倉敷紡績]](クラボウ)<br /> * [[西部ガス]] - 三井住友銀行、三井生命保険、三井住友海上(旧大正海上火災→三井海上)等の三井系企業数社が主要株主として出資。<br /> * [[相模鉄道]](相鉄)- [[神奈川県]]基盤の[[大手民鉄|大手私鉄]]。[[小田急電鉄|小田急]]による[[敵対的買収]]を、旧三井銀行の後ろ盾により免れた経緯がある。ちなみに小田急は[[三菱グループ]]。<br /> * ナイキジャパン - メインバンクは三井住友銀行(旧三井銀行)。トヨタグループとも親密。<br /> * [[JXホールディングス]] - かつて共同石油(現[[JX金属]])と合弁で設立した物産共石(現[[JXリテールサービス]])を設立。また、かつての子会社であった旧甲陽建設工業(現[[JXエンジニアリング]])の場合、旧三井銀行と旧三井信託銀行がそれぞれ主力行・準主力行となっていた。その他、[[タツタ電線]]も三井住友銀行が融資団の一員であり、旧日本鉱業(現JX金属)は三井物産の共同出資で[[東邦チタニウム]](2016年現在はJXHDおよびJX金属が支配株主)を、また三井金属と[[パンパシフィック・カッパー]]を、それぞれ2社合弁で設立している。また諸事情により融資枠の入れ替えを行うこととなり、旧さくら銀行に旧中央信託銀行(後の[[中央三井信託銀行]]~現:[[三井住友信託銀行]])から[[メインバンク制|主力取引行]]が変更されたため、同様の理由で保有株式も肩代わりしている。<br /> ** [[JXエネルギー]] - 親会社のJXホールディングス同様諸事情により融資枠の入れ替えを行うこととなり、旧さくら銀行に旧中央信託銀行(後の旧中央三井信託銀行~現三井住友信託銀行)から[[メインバンク制|主力取引行]]が変更されたため、同様の理由で保有株式も肩代わりしている。<br /> * [[新生銀行]] - [[三井農林]]の主力行。このほか、トヨタ自動車へ取引金融機関以外の金融機関の一社として資本参加している。<br /> * [[セディナ]](旧セントラルファイナンス)- 三井グループ内ではSMFG・SMBC・物産と関係が強い。また、住友色濃厚であった旧[[ダイエー]]系のカード会社・[[オーエムシーカード]]、および実質住友系のカード会社・[[クオーク (信販)|クオーク]]の両社と3社合併、新CI導入により商号と社名ロゴを変更し現在に至る。<br /> * [[セブン&amp;アイ・ホールディングス]] - 傘下の[[イトーヨーカ堂]]は、古くから旧三井銀行と縁が深い。三井物産とも物流などの面で提携し、共同でショッピングモールの開発も行っている。<br /> ** [[セブン銀行]] - 三井住友銀行(旧さくら銀行)が主要株主の一社に名を連ねている。<br /> * [[セントラル警備保障]] - かつて三井業際研究所に加盟していたが2015年現在脱退しているため二木会・三井広報委員会・三井業際研究所・綱町三井倶楽部・月曜会・三井文庫のいずれにも非加盟。但し、三井物産と上場子会社・[[もしもしホットライン]]が主要株主に残る。<br /> * [[ソニー]] - 三井住友銀行が(旧三井銀行時代から)メインバンク。草創期の会長に三井銀行元会長の[[万代順四郎]]が、またその後も社外取締役に[[小山五郎]](三井銀行元会長)や[[岡田明重]](三井住友銀行元会長)など、歴代の旧三井銀行出身者が就任していたことがある。また、三井住友銀行と共に[[ソニー銀行]]を設立した。<br /> * [[東京電力]] - 三井住友銀行が旧三井銀行以来からの融資団([[みずほコーポレート銀行|旧興銀]]・[[三菱東京UFJ銀行|旧三菱銀]]ほか)の主要メンバー。<br /> * [[野村ホールディングス|野村グループ]] - 三井グループ各社の主幹事を務めている。<br /> * [[日野自動車]] - 2015年現在はトヨタ自動車の子会社。<br /> * [[ダイハツ工業]] - 2016年8月にトヨタ自動車の完全子会社化。また、トヨタグループ入り以前の1967年から業務提携を行っている。<br /> * [[リソルホールディングス]] - 旧ミサワリゾートを野村プリンシパル・ファイナンス(野村グループ系列)と三井不動産が[[ミサワホームホールディングス]]から買収したことから。現在は野村プリンシパル・ファイナンスの株主異動(ゲームソフト大手の[[コナミ]]が保有株式の一部を肩代わり)により三井不動産が筆頭株主となっている。<br /> <br /> == 脚注・出典 ==<br /> {{脚注ヘルプ}}<br /> <br /> === 注釈 ===<br /> {{Reflist|group=注}}<br /> <br /> === 出典 ===<br /> {{Reflist}}<br /> <br /> == 関連項目 ==<br /> * [[三井財閥]]<br /> * [[三井家]]<br /> * [[三井文庫]]<br /> * [[三井報恩会]]<br /> * [[三井記念美術館]]<br /> * [[三井本館]]<br /> * [[兼高かおる世界の旅]]([[JNN|TBS系列]]、番組開始当初から[[1977年]]まで三井物産→三井グループが[[スポンサー]]だった)<br /> * [[クイズ世界をあなたに]](TBS系列、[[一社提供]])<br /> * [[世界にかける橋]]([[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列、[[1982年]]まで提供)<br /> * [[三井ゴールデングラブ賞]]([[日本]][[プロ野球]])<br /> ** [[TBSラジオ エキサイトベースボール]]([[TBSラジオ]]、『エキサイトナイター』の時代のごく一時期、一社協賛で放送したことがある)<br /> <br /> == 外部リンク ==<br /> {{Commons|Category:Mitsui Group}}<br /> * [http://www.mitsuipr.com/ 三井広報委員会]<br /> * [http://www.mitsui-gyoosai.com/ 三井業際研究所]<br /> * [http://www.tsunamachimitsuiclub.co.jp/ 綱町三井倶楽部]<br /> * [http://www.mitsui-bunko.or.jp/index.html 三井文庫]<br /> <br /> [[Category:三井グループ|*]]<br /> {{三井グループ}}</div> 153.236.91.184 住友グループ 2018-07-27T19:49:32Z <p>153.236.91.184: /* 主な準系列 */</p> <hr /> <div>{{出典の明記|date=2018年2月}}<br /> {|class=&quot;infobox bordered&quot; style=&quot;width:100px; font-size: 100%;&quot; cellpadding=&quot;3&quot;<br /> | colspan=&quot;55&quot; style=&quot;text-align:center; font-size: larger; background:#333; color:white;&quot;|&#039;&#039;&#039;住友グループ&#039;&#039;&#039;<br /> &lt;div class=&quot;noprint&quot; style=&quot;background: #fff; text-align: center; padding: 5px; font-size: 100%; font-weight : bold&quot;&gt;[[File:Sumitomo Group logo Black.svg|250px]]&lt;/div&gt;<br /> |-<br /> ! style=&quot;text-align: left&quot; | 創業家:<br /> | [[住友家]]<br /> |-<br /> ! style=&quot;text-align: left&quot; | 標章:<br /> | 住友井桁マーク<br /> |-<br /> |}<br /> <br /> &#039;&#039;&#039;住友グループ&#039;&#039;&#039;(すみともグループ)は、戦前の[[住友財閥]]の流れを汲む[[企業]]グループである。源流企業は1590年創業の[[住友金属鉱山]]である。<br /> <br /> == 概要 ==<br /> [[住友政友]]が[[京都]]で開いた「&#039;&#039;&#039;富士屋&#039;&#039;&#039;」が発祥であり、企業グループとしての住友は[[別子銅山]]から始まる。<br /> <br /> 住友は[[三菱グループ]]以上に「&#039;&#039;&#039;結束の住友&#039;&#039;&#039;」として&#039;&#039;&#039;井桁&#039;&#039;&#039;マークののれんにこだわった。また、住友グループ主要企業の社長会である「&#039;&#039;&#039;[[白水会]]&#039;&#039;&#039;」においては、他の企業よりも数が少なく、それだけ直系を重視している。<br /> <br /> 早くから東京に拠点を置いた三井・三菱(創業時は大阪)両グループに対して、住友グループは長らく[[大阪]]の地に拘り続け、今も大阪に本社を置く住友グループの企業は多い。住友グループにあっては、少なくとも高度成長期までは名実共に大阪にその中心を置いていた企業が多かったことも事実であり、&#039;&#039;&#039;「住友」と言えば即座に大阪を連想する&#039;&#039;&#039;ことが多く実際、[[近畿圏]]においては、特に年配者層を中心に、今もってなお三井・三菱両グループよりも住友グループのプレゼンス・社会的ステータスをより一段と高く評価することが多いのもまた事実であり、住友グループの大阪での存在感は健在と言える。<br /> <br /> 住友グループの中核とされる、[[三井住友銀行]]、[[住友金属工業]](現在の[[新日鐵住金]]でグループを離脱)、[[住友化学]]3社を「&#039;&#039;&#039;住友御三家&#039;&#039;&#039;」、[[住友商事]]、[[住友電気工業]]、[[日本電気]] (NEC) 3社を「&#039;&#039;&#039;住友新御三家&#039;&#039;&#039;」と呼ぶ。この御三家とは別に、新居浜4社と呼ばれる[[住友金属鉱山]]を筆頭に[[住友化学]]、[[住友重機械工業]]、[[住友林業]]各社は住友の源流でもあるためグループの中でも大きい存在である。<br /> <br /> 住友銀行がさくら銀行と合併した際は、住友と三井の合併が進むかに見えた。しかし、[[住友化学]]と[[三井化学]]のように、住友系企業と三井系企業の合併が白紙撤回になるケースもある。また、三井住友銀行となって、設立した[[三井住友フィナンシャルグループ]]には同じ住友の金融系である[[住友信託銀行]]は参加しないなど、業界における住友系企業が結束するとは限らない。なお住友信託銀行は、2011年に[[中央三井トラスト・ホールディングス]](傘下に旧[[中央三井信託銀行]]と旧[[中央三井アセット信託銀行]]の2行を有した)との株式交換により経営統合した[[三井住友トラスト・ホールディングス]]の傘下となった後、2012年4月1日には、持株会社傘下の3[[信託銀行]]が合併し、[[三井住友信託銀行]]が発足した(存続行は住友信託銀行)。<br /> <br /> 2008年には、経営危機に瀕した住友石炭鉱業(現・[[住石マテリアルズ]])が、[[住石ホールディングス]]を設立し住友グループ広報委員会から脱会しており、同ホームページ上はグループ外企業の扱いとなっている。<br /> <br /> [[1985年]]の[[国際科学技術博覧会|つくば万博]]の住友館では、住友グループにとって初の試みとなる、[[3次元映像|3D]]大型立体映像アトラクション「&#039;&#039;&#039;大地の詩&#039;&#039;&#039;」にも制作協力に関わっていた。<br /> <br /> 日本最大の組織設計事務所であり、東京タワー、東京ドーム、京都迎賓館等、日本に置ける主要な建築物の多くの設計業務をてがけている[[日建設計]]は、戦後、日本建設産業([[住友商事]]の前身)から独立し、現在に至っている会社である。そのため、住友系企業の自社ビルはほとんどが日建設計によるものである。<br /> <br /> 現在、住友グループは博覧会などによるパビリオンへ出展していない。<br /> <br /> == 主要会社 ==<br /> 子会社や関連会社まで含めると膨大な数に上る為、ここでは、住友グループ広報委員会(33社)及び住友グループの社長会である白水会(19社)に参加している主要会社のみを挙げた。尚、[[白水会]]19社は全て住友グループ広報委員会に参加している。<br /> <br /> {|class=&quot;wikitable&quot;<br /> !社名!!住友グループ広報委員会!!白水会!!備考<br /> |-<br /> |[[住友大阪セメント]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友金属鉱山]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友精密工業]]||○||-||<br /> |-<br /> |[[住友化学]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友精化]]||○||-||<br /> |-<br /> |[[大日本住友製薬]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友ベークライト]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友重機械工業]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友建機]]||○||-||<br /> |-<br /> |[[住友電気工業]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友電設]]||○||-||<br /> |-<br /> |[[住友電装]]||○||-||<br /> |-<br /> |[[住友ゴム工業]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友理工]]||○||-||<br /> |-<br /> |[[日新電機]]||○||-||<br /> |-<br /> |[[明電舎]]||○||-||<br /> |-<br /> |[[日本電気]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[日本板硝子]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友林業]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友不動産]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友倉庫]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[住友商事]]||○||○||<br /> |-<br /> |[[SCSK]]||○||-||<br /> |-<br /> |[[住友三井オートサービス]]||○||-||※<br /> |-<br /> |[[三井住友建設]]||○||○||※<br /> |-<br /> |[[三井住友海上火災保険]]||○||○||※<br /> |-<br /> |[[三井住友銀行]]||○||○||※<br /> |-<br /> |[[三井住友ファイナンス&amp;リース]]||○||-||※<br /> |-<br /> |[[三井住友カード]]||○||-||※<br /> |-<br /> |[[SMBC日興証券]]||○||-||※<br /> |-<br /> |[[日本総合研究所 (株式会社)|日本総合研究所]]||○||-||※<br /> |-<br /> |[[三井住友信託銀行]]||○||○||※<br /> |-<br /> |[[住友生命保険]]||○||○||<br /> |}<br /> <br /> 備考欄の「※」の[[会社]]は、[[三井グループ]]でもある。<br /> <br /> : ※注1:住友軽金属及び住友精密の両社は、住友金属より分離独立した会社。<br /> : ※注2:三井住友銀行(旧住友銀行)と、三井住友信託銀行(旧住友信託銀行)の両行は93年頃より広報委員会に加盟。<br /> :: これに伴い、「旧住友VISAカード(現:三井住友VISAカード)」から、正式社名の「旧住友クレジットサービス(現:三井住友カード)」へ名義変更した。なお80年代半ば頃から加盟していた旧住友信託銀行子会社であった、「旧住信VISAカード(現:三井住友トラストVISAカード)」(旧[[住信カード]] - 現:[[三井住友トラスト・カード]]が発行)は脱退した。<br /> : ※注3:2000年頃に住友建機(旧)を解体、クレーン車以外の建機事業を親会社・住友重機械が新設する住友建機(新)(旧会社の製造・販売子会社譲受後に[[持株会社|中間持株会社]]となる)へ譲渡、旧会社は住友重機械建機クレーンに商号変更(後に日立建機とクレーン車事業で包括提携、事業統合して現在の社名へ変更([[住友重機械工業]]を参照))。<br /> : ※注4:[[三井住友フィナンシャルグループ]](三井住友銀行・日本総研・三井住友カード・SMBC日興証券等の[[金融持株会社]]。[[持株会社|純粋持株会社]]でもある)と住友商事はリース分野で包括提携、系列リース会社と系列自動車リース会社をそれぞれ2007年秋に統合させて、新会社([[三井住友ファイナンス&amp;リース]]・[[住友三井オートサービス]])を設立した。<br /> <br /> === かつて広報委員会に加盟していた企業の現時点の動向 ===<br /> {{節スタブ}}<br /> * [[住友金属工業]] - 2012年10月1日に[[新日本製鐵]]に吸収合併され[[新日鐵住金]]となり、グループ離脱。<br /> * [[アンリツ]]<br /> * [[住石マテリアルズ]] {{See also|住石ホールディングス}}<br /> * [[住友アルミニウム製錬]] - 住友化学を中心に住友系複数社によって設立。しかし80年代に入って二度の[[オイルショック]]を迎え経営危機に陥り、82年に会社清算・解散。<br /> * [[住友鋼管|日本パイプ製造(現・住友鋼管)]] - 81年頃まで加盟(以降、日本ステンレス(以下の項目を参照))。<br /> * [[ダイキン工業]] - 住友金属の翼下から離れた後も当面は加盟を維持したが、住友特殊金属と同時期に広報委員会を脱退。金融機関の一部に住友系が入っていることで、現在でも辛うじて住友グループとのつながりを維持している。<br /> * [[筒中プラスチック工業]] - 戦後に[[住友化学#住化(すみか)グループ|住化グループ]]と[[日本板硝子]]を中心に住友系各社によって買収。ただし加盟したのは平成以降で、2000年以降に住友ベークライト(以下、住友ベーク)の実質子会社化。2006年下期頃に親会社の住友ベークが全株主を対象にTOBをかけて完全子会社化、2007年頃に上場廃止となり、住友ベークへの吸収合併正式合意に伴い同4月期をもって脱退。<br /> * [[日本ステンレス]] - 81年頃より92年頃まで加盟(住友金属による吸収合併に伴うもの)。<br /> * [[日本電気硝子]]<br /> * [[日本電気ホームエレクトロニクス]](旧新日本電気から分離独立) - 日本電気の全額出資によって電子部品等の製造販売を主力事業とする会社として設立。その後に企業分割などを経て各種[[コンピュータ]]機器(同社が独自のシリーズ機種を生み出した事は大いに有名)や映像関連機器([[衛星放送]]受信機器の([[パラボラアンテナ]]を捩った)パラボーラシリーズが有名だった)、さらにはビデオゲーム機器(のちに[[PCエンジン]]シリーズ(亜種機を含む)誕生)を手がけるなどして企業イメージ向上を図ったが、バブル崩壊や巨額赤字等により負債が膨らみ、結果的に会社解体・解散。<br /> * [[広栄化学工業]] - 住友化学系列(現・[[住友化学#住化(すみか)グループ|住化グループ]])。92年頃上場を機に広報委員会を加盟するが、わずか数年で脱退。<br /> * [[神東塗料]] - 住友化学系列(現・住化グループ)。バブル崩壊等による経営不振もあり93年で脱退。<br /> * [[第一中央汽船]] - [[商船三井]]系列だが、住友金属やその他の住友グループ各社とも関係が深い。但し、住友金属は同社への出資比率を徐々に落とし、現在は2割を切っている。<br /> * [[NEOMAX|住友特殊金属]](現・[[日立金属]]NEOMAX事業部) - 住友金属から分離独立。会社設立当初は磁力鋼部門のみであったが電子材料部門に進出。1980年代後半よりCIを導入し、社名フォントを住友金属のものを斜体にしたものから手書き風の明朝体を斜体にしたものへと変更した。その後、1990年代後半の経営不振により[[日立金属]]に同社の経営権が移動。主力商品であったNEOMAXを新社名として採用し、ダイキン工業と同時期に広報委員会を脱退した。<br /> * 住友シチックス(現・[[大阪チタニウムテクノロジーズ]](旧住友チタニウム)(スポンジチタン事業)・[[SUMCO|SUMCO(旧三菱住友シリコン)]]([[シリコンウエハー]]事業)) - 1937年設立の大阪特殊製鉄所が起源であり、のちに大阪チタニウム製造、さらに住友シチックスへ社名を変更。住友金属と[[神戸製鋼]]から相次いで出資を受けていた。その後、神戸製鋼による事実上の資本撤退を受け住友グループ主導で経営再建を目指していたが、住友金属に吸収合併され同社のシチックス事業部となることに伴い、広報委員会から脱退した。なお、住友シチックス尼崎に譲渡されていたスポンジチタン事業は、神戸製鋼より再度出資を受けている。<br /> * [[鳴海製陶]] - 住友金属から分離独立、その後エレクトロニクス事業に進出するも[[NGKエレクトロデバイス|住友金属が新設した子会社]]へ事業分割・譲渡。同社はボーンチャイナ専業となって再建を目指すも経営不振が続き、この結果[[マネジメント・バイ・アウト|MBO]]を行い、グループから離脱(なお、広報委員会からはこの頃すでに脱退していた)。<br /> * [[栄泉不動産]] - 住友生命系のビル管理会社が発祥の中堅不動産会社。一時期、住友グループ各社や[[パナソニック|松下電器]]や[[アサヒビール]]等も資本参加していたが、現在は同グループを離脱し、[[モルガン・スタンレー]]系の投資会社と住友生命の合弁(のち前者の主導による経営に転換)で経営再建を目指している。<br /> * [[住友軽金属工業]] - 住友金属から分離独立。その後上場して社長会の「白水会」と広報委員会に参加。その後は高度成長期やバブル期に乗り銅・アルミの圧延加工を中心に多角経営を実施していたが、バブル崩壊や経営環境変化に伴い事業再編を進め、旧住友金属との関係見直しにより系列関係を事実上切った。その後、新たなるパートナーとして[[古河電気工業|古河電工]]アルミ事業連結子会社・[[古河スカイ]]と合併して&#039;&#039;&#039;[[UACJ]]&#039;&#039;&#039;に社名変更した。<br /> <br /> == 主な準系列 ==<br /> {{Notice|この節を編集される方は、まず[[ノート:住友グループ|ノート]]をご覧下さい。また、追加する際は五十音順でお願いします。他行の融資系列であるならば、そのことも明記して下さい。|section=1}}<br /> {{出典の明記|section=1|date=2007年10月}}<br /> ここでは、住友グループ以外の企業の内、旧住友銀行の融資系列で主なものを挙げる(五十音順)。<br /> <br /> * [[旭化成]](旧[[第一勧業銀行]]とも近く、[[みずほフィナンシャルグループ|みずほ]]色強し)<br /> * [[アサヒグループホールディングス]]<br /> ** [[アサヒビール]]<br /> * [[出光興産]]<br /> * [[伊藤忠商事]](旧[[第一勧業銀行]]とも近く、[[みずほフィナンシャルグループ|みずほ]]色強し)<br /> * [[エーザイ]]<br /> * [[大島造船所]]<br /> * [[鹿島建設]]<br /> * [[関西電力]]<br /> * [[京王電鉄]]<br /> * [[京阪電気鉄道]](旧[[三和銀行]]とも近く、[[三菱UFJフィナンシャル・グループ|三菱UFJ]]色強し)<br /> * [[小松製作所]]<br /> * [[相模鉄道]]<br /> * [[塩野義製薬]]<br /> * [[シーケーディ]]<br /> * [[JVCケンウッド]]<br /> ** 経営統合・合併前の[[日本ビクター]]は、旧住友銀行との関わりが強かった。なお相手側の[[ケンウッド]]は、[[りそな銀行]](旧[[あさひ銀行]])色が強かった。<br /> * [[全日本空輸]](旧[[三井銀行]]色も強い)<br /> * [[大正製薬]]<br /> * [[大和証券グループ本社]]<br /> :[[金融ビッグバン]]時に旧住友銀行との間で、ホールセール(法人向け)証券会社の「&#039;&#039;&#039;大和証券SBキャピタルマーケッツ&#039;&#039;&#039;」(「三井住友銀行」発足後は「&#039;&#039;&#039;大和証券SMBC&#039;&#039;&#039;」へ社名変更)を合弁で設立する提携関係があった。2006年にTBSによって大和証券とSMFGが資本提携するというスクープ報道が流れたが、2009年にSMBCが[[日興コーディアル証券]](現:[[SMBC日興証券]])の買収を実施し、合弁および提携関係が解除されたため、大和証券グループ100%子会社の「[[大和証券キャピタル・マーケッツ]]」となった後、2012年4月1日付けで、リテール(個人向け)とホールセールを一本化した「(3代目)[[大和証券]]」に統合された。<br /> * [[大和ハウス工業]]<br /> * [[武田薬品工業]]<br /> * [[東映]]<br /> ** [[東映アニメーション]]<br /> * [[南海電気鉄道]](旧三和銀行とも近く、三菱UFJ色強し)<br /> * [[ニチアス]]<br /> * [[ニチハ]](現在も三井住友銀行の影響力は強い)<br /> * [[日新製糖]]<br /> * [[パナソニック]]<br /> **[[パナソニックグループ]]<br /> * [[阪急阪神ホールディングス]]<br /> ** [[阪急電鉄]](旧三和銀行とも近く、三菱UFJ色強し)<br /> ** [[阪神電気鉄道]]<br /> * [[マツダ]]<br /> * [[ブリヂストン]]<br /> * [[プレス工業]]<br /> * [[丸大食品]]<br /> * [[ヤマハ発動機]]<br /> * [[レンゴー]]<br /> <br /> == 提供番組 ==<br /> 2016年現在、住友グループとして提供・協賛する番組は存在していないため、全て過去のものである。<br /> <br /> * [[野生の王国]]([[毎日放送]]・[[クボタ|久保田鉄工(現:クボタ)]]と共同提供)<br /> ** [[ランデブークイズ・ペアでハッスル]](毎日放送)<br /> * [[全国高校野球選手権大会中継]]([[朝日放送]] 1963 - 94年に提供 イニング間に大会期間限定のオリジナルワイプCMを甲子園のスタンド風景と一緒に写しつつ放送。各イニングスにつき当初2社→[[1990年代]]は3社がCMを提供した、BGMは一時期を除き下記「夜明けの若者」の[[器楽曲|インスト版]]だった。)<br /> * [[全国高校ラグビーフットボール大会]](毎日放送 1981 - 2002年に提供)<br /> <br /> なお、[[NEC軽井沢72ゴルフトーナメント]]([[フジテレビジョン]]製作・[[長野放送]]協力)でも、NECが住友グループの企業であることから一部のグループ傘下企業が番組を協賛しているが、上述の各番組のような住友グループ各社全体での提供や共通CMの放送はしていない。<br /> <br /> ===企業CMイメージソング===<br /> *[[1980年代]]前半 「夜明けの若者」(歌・[[藤原誠 (歌手)|藤原誠]])<br /> *[[1980年代]]中盤 「未来の芽 大切に」(歌・[[岸正之]])<br /> *[[1980年代]]後半 - [[1990年代]]中盤 「ONE BY ONE」(歌・[[タケカワユキヒデ]])<br /> *[[1990年代]]中盤 - [[1990年代]]後半 「Will」(歌・[[Sing Like Talking]])<br /> *[[1990年代]]後半 - [[2002年]] 「Precious」(歌・[[露崎春女]])<br /> <br /> == グループメッセージ ==<br /> * 「躍進する住友グループ」(1963年 - 73年)<br /> * 「大きな愛を育てよう」(1973年 - 79年)<br /> * 「明日の世代を育てよう」(1979年 - 84年)<br /> * 「未来の芽 大切に」(1984年 - 93年)<br /> * 「大切なこと 人から人へ」(1993年 - )<br /> <br /> == その他 ==<br /> * 社章 - 1590年に蘇我理右衛門が興した京都で銅精錬、銅細工の店の屋号・泉屋にちなみ「井桁」を商標として用いたのが始まり。 大正2年(1913年)に独自の形状・寸法割合を創案、商標として登録した住友井桁マークが現在も踏襲されている。 井桁マークの社章は「住友」と名乗らない企業([[日本電気]]、[[明電舎]]等)では基本的に使われないが、「住友」と名乗る企業でも[[合併 (企業)|合併]]があった会社([[大日本住友製薬]]、[[三井住友銀行]]、[[住友ゴム工業]]=[[ダンロップ]]等)でも使われていないものがある(住友ゴム工業は、現在、住友ゴムグループとして、井桁マークを用いている)。また、あまり知られてはいないが各企業ごとに井桁マークの色が異なる。<br /> ** 住友大阪セメント:淡緑色<br /> ** 住友金属鉱山:淡水色<br /> **住友金属工業(2012年10月に新日本製鉄と合併し消滅):白色<br /> ** 住友軽金属:黒色<br /> ** 住友精密工業:淡橙色<br /> ** 住友鋼管:濃青色<br /> ** 住友化学:赤色<br /> ** 住友精化:橙色<br /> ** 住友ベークライト:淡緑色<br /> ** 住友重機械:青色<br /> ** 住友建機:青色<br /> ** 住友電工:濃青色<br /> ** 住友電装:淡青色<br /> ** 住友電設:紫色<br /> ** 住友ゴム:淡青色<br /> ** 住友林業:緑色<br /> ** 住友不動産:黄色<br /> ** 住友倉庫:濃赤色<br /> ** 住友商事:水色<br /> ** 住友生命:赤色<br /> * 住友以外の会社 - [[北九州市]][[小倉北区]]の百貨店「[[井筒屋]]」、および[[福島県]][[郡山市]]の「[[うすい百貨店]]」の旧ロゴも井桁マークを使っているが、住友グループとの人的、資本的関係はない。<br /> <br /> == 脚注 ==<br /> {{脚注ヘルプ}}<br /> === 注釈 ===<br /> {{Notelist}}<br /> === 出典 ===<br /> {{Reflist}}<br /> <br /> == 関連項目 ==<br /> * [[白水会]]<br /> * [[住友家]]<br /> * [[住友家評議員会]]<br /> * [[住友村]]<br /> * [[泉屋博古館]]<br /> * [[住友財団]]<br /> * [[住友病院]]<br /> * [[住友別子病院]]<br /> * [[広瀬歴史記念館]]<br /> * [[住友老荘会]]<br /> * [[新居浜市]]<br /> <br /> == 外部リンク ==<br /> {{Commons|Category:Sumitomo Group}}<br /> * [http://www.sumitomo.gr.jp/ 住友グループ広報委員会]<br /> <br /> {{住友グループ}}<br /> {{Company-stub}}<br /> <br /> {{DEFAULTSORT:すみともくるうふ}}<br /> [[Category:住友グループ|*]]</div> 153.236.91.184
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