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須磨ノ富士茂雄

須磨ノ富士 茂雄(すまのふじ しげお 本名:足立 茂雄(あだち -)1977年12月21日 - )は、神戸市須磨区出身で中村部屋所属の元大相撲力士。四股名はこの出身地にあやかったもの。身長176cm、体重150kg。血液型A型。星座は射手座。最高位は西十両9枚目(2004年5月場所、2007年1月場所)。

来歴

中学時代は柔道部に所属。しかし、体が大きかったこともあり相撲も取らされ、兵庫県大会に出場すると上位入賞するなど活躍した。卒業と同時に中村部屋に入門し、1993年3月場所に初土俵を踏んだ。同期生には北勝力若兎馬皇牙旭南海などがいる。

三段目まで順調に番付を上げ、初土俵から4年半で幕下に昇進した。しかし幕下に昇進してからは三段目との往復が続き苦労した時期があった。2000年になってようやく幕下に定着。同年9月場所には幕下優勝を果たし、幕下上位まで番付を上げた。一度は跳ね返されたが、2001年3月場所に東幕下2枚目の地位で5勝2敗の好成績を残し、翌5月場所には十両に昇進した。立合いからの徹底した突き押し相撲で期待されたが、その場所は6勝9敗と負け越して1場所で幕下に陥落した。

2002年1月場所に再十両を果たすものの、十両の壁は厚く、相手に引かれてばったりと落ちる相撲が目立ち、同年5月場所まで3場所連続で負け越して9月場所では幕下に陥落した。2004年1月場所に4回目の十両昇進を果たし、8勝7敗と関取として初の勝ち越しを決め、翌3月場所でも8勝7敗と2場所連続となる勝ち越しを果たした。翌5月場所では自己最高位となる西十両9枚目まで番付を上げたが、その場所から3場所連続で負け越してしまい、同年11月場所に幕下へ陥落した。2002年1月場所や2006年3月場所では7勝8敗と負け越したのに翌場所の番付が据え置き、2005年5月場所では下に2枚半しかない東十両12枚目の地位で5勝10敗と大敗しながらも十両に昇進する力士の数との兼ね合いで幕下陥落を免れるなど番付運にも相当に恵まれたが、それでも十両に定着するまでには至らなかった。十両での不安定な相撲とは対照的に幕下上位では安定した強さを見せて、十両から陥落してもすぐに復帰することを繰り返し、その起伏の激しさが注目を集めるようになる。

2006年1月場所には、年6場所制となった1958年以降では最多となる7回目の十両昇進を果たしたが、同年5月場所は西十両13枚目で6勝9敗に終わり、7回目の幕下陥落となった。しかし翌7月場所は絶好調で5勝2敗と勝ち越し、翌9月場所で8回目の十両昇進を果たし、十両昇進回数の史上最多記録を更新した。その9月場所と翌11月場所と2場所連続で勝ち越しを決めたものの、続く2007年1月場所で顔面を負傷して途中休場を余儀なくされ、8回目の幕下陥落となった。幕下に落ちるとまるで人が変わったかのような勝ちっぷりを見せることから、今後も自己の十両昇進回数の記録を更新する可能性は大きいと思われていたが、幕下陥落以後の2場所では全く精彩を欠き、2007年5月場所限りで現役引退を表明、2007年7月4日付で引退した。

引退後は料理人の道へと進み、2009年12月に東京都葛飾区新小岩に自身の店「力士料理 すま」を開店した。また、2005年に高校卒業資格を得るために日本航空高等学校通信制課程に入学し、2008年3月に卒業した。

エピソード

  • 須磨ノ富士と同じ部屋から一緒に初土俵を踏んだ元序二段和歌桜は、現在のお笑いトリオ・安田大サーカスHIROである。

主な成績

  • 通算成績:370勝363敗15休(86場所)
  • 十両成績:101勝151敗(17場所)
  • 十両昇進回数:8回(当時史上最多、後に希善龍が更新)

各段優勝

  • 幕下優勝:1回(2000年9月場所)

改名歴

  • 足立 茂雄(あだち しげお)1993年3月場所
  • 足立富士 茂雄(あだちふじ-)1993年5月場所
  • 須磨ノ富士 茂雄(すまのふじ-)1993年7月場所-2007年5月場所

外部リンク

関連項目

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