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東京都済生会中央病院

社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会 東京都済生会中央病院(しゃかいふくしほうじんおんしざいだんさいせいかいしぶとうきょうとさいせいかい とうきょうとさいせいかいちゅうおうびょういん)は、東京都港区三田にある病院である。日本全国に存在する済生会病院(社会福祉法人恩賜財団済生会)の中核的施設である。2015年12月に創立100周年を迎えた。

三次救急医療機関(救命救急センター)として指定される。

沿革

この地は江戸時代は、有馬中務家屋敷であり、明治期には軍工廠が存在し、明治中期にはそれが取り払われ長きに渡って草原のまま放置されていたが、1915年に当病院が建設された。小山武夫院長時に敷地の一部を三菱地所に売却し、その費用で現在の建物に建て替えた。売却された敷地には三田国際ビルヂングが建てられ、済生会本部が入居している。

設立時から慶應義塾大学医学部慶應義塾大学病院との関連が強いことで知られる[1]

医療機関の指定等

年表

  • 1915年12月 - 本部直営の基幹病院として「恩賜財団済生会芝病院」開設。初代院長は北里柴三郎
  • 1923年9月 - 関東大震災にあたり、被害を受けた妊産婦と乳幼児の救護のため、芝病院の中にバラック式の応急診療施設を急設し、事業を開始(昭和24年3月に「児童福祉施設 済生会乳児院」として認可される)。
  • 1945年5月25日 - 東京大空襲により病院建物の約3分の2が被災。
  • 1950年4月 - 済生会の改組により、東京都済生会に移管。産院を合併し「東京都済生会中央病院」に改称。同時に大正12年以来の乳児院を附属施設とする。
  • 1951年 - 医療法に基づく公的医療機関の指定の申請、8月に公的医療機関の指定を受ける。これにより民間社会事業団体としての出発となる。
  • 1952年 - 前年に社会福祉の基本となる社会福祉事業法が制定されたことに伴い、社会福祉法人となるべく、諸準備を整え、社会福祉法人の許可を受ける。同時に名称を社会福祉法人恩賜財団済生会と定め、今日ある済生会の新たな出発となる。
  • 1953年 - 東京都立民生病院[2]の受託経営開始。
  • 1966年 - 昭和41年に創立50周年記念事業として計画された増改築を開始。昭和45年に完成。
  • 1970年 - 近代的な病院として医療面の充実を図り、地域に貢献する高機能病院として体制を整える。乳児院も鉄骨2階建てになる。
  • 1988年9月 - 港区立特別養護老人ホーム「白金の森」他1施設を受託経営開始。
  • 1990年12月 - ICU・CCU・手術室等を充実させた増改築完成。
  • 1991年4月 - 港区立南麻布高齢者在宅サービスセンターの受託経営開始。
  • 1995年
    • 3月 - 地下鉄サリン事件発生による緊急体制がとられる。
    • 4月 - 東京都済生会看護専門学校開校。
  • 1996年 - 港区立特別養護老人ホーム「港南の郷」他3施設を受託経営開始。
  • 1997年2月 - 平成2年10月開設の訪問看護室が「済生会三田訪問看護ステーション」として生まれ変わる。
  • 2002年4月 - 東京都立民生病院が廃止され、その機能を継承して中央病院の一部として運営を開始。
  • 2005年 - 旧民生病院(北棟)、食堂・喫茶室、会議室、診療録管理室、コンピューター室を備えた新棟オープン。
  • 2008年 - 旧民生病院跡地に新外来棟をオープン。また、検診センターを総合健診センターとしてリニューアルオープン。
  • 2015年

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歴代院長

  • 初代院長 北里柴三郎 (大正4年 - 大正12年7月)
  • 2代院長 大谷彬亮 (大正12年7月 - 昭和6年12月)
  • 3代院長 秋吉辰三 (昭和6年12月 - 昭和10年10月)
  • 4代院長 高雄徳龍 (昭和10年10月 - 昭和24年2月)
  • 5代院長 中山安 (昭和24年2月 - 昭和25年12月)
  • 6代院長 小山武夫 (昭和25年12月 - 昭和46年2月)
  • 7代院長 堀内光 (昭和46年2月 - 昭和60年5月)
  • 8代院長 伊賀六一 (昭和60年5月 - 平成9年3月)
  • 9代院長 末舛惠一 (平成9年4月 - 平成18年8月)
  • 10代院長 高木誠 (平成18年9月 - )

交通

参考文献

関連項目

脚注

外部リンク

テンプレート:済生会 テンプレート:東京都災害拠点病院