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早石修

早石 修(はやいし おさむ、1920年1月8日 - 2015年12月17日[1]

生化学者,分子生物学者。1942年大阪帝国大学医学部を卒業し,同大学医学部副手となる。第2次世界大戦に海軍軍医(中尉)として従軍。1946年大阪帝国大学医学部助手となり,1949年アメリカ合衆国に留学してウィスコンシン大学,1950年カリフォルニア大学バークリー校,1951年国立衛生研究所 NIHを経て 1952年からワシントン大学助教授,1954年 NIH毒物学部長を歴任した。1958年京都大学医学部医化学教室教授,1979年同大学医学部部長に就任。1983~89年大阪医科大学学長を務め,その間の 1987年大阪バイオサイエンス研究所初代所長となる。NIH時代の 1956年にオキシゲナーゼ(酸素添加酵素)の存在を実験で証明,世界的に名を知られた。従来,細胞呼吸においては分子状酵素が最終的な電子受容体と考えられてきたが,その酸素がオキシゲナーゼの働きで各種の物質と結合し,生合成の基質となることを明らかにした。以後一貫してオキシゲナーゼの研究を継続,オキシゲナーゼがかかわる反応の機序を解明,反応生成物として各種アミノ酸ステロイドホルモンなどが得られること,これら酵素が薬物,毒素の解毒にひと役買っていることなどを明らかにした。京都大学退官後,オキシゲナーゼとの関連でプロスタグランジン PGへと研究の間口を広げ,PGD2が睡眠と関係していることなど多くの知見を得た。1967年日本学士院賞,1975年藤原賞,1986年ウォルフ賞など多数受賞。1972年文化功労者に選ばれた。同 1972年文化勲章,1993年勲一等瑞宝章を受章した。


脚注



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