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恩納村

おんなそん
恩納村
地方 九州地方沖縄地方
都道府県 沖縄県
国頭郡
団体コード 47311-1
面積 50.83km2
総人口 10,766
推計人口、2018年6月1日)
人口密度 212人/km2
隣接自治体 名護市沖縄市うるま市
国頭郡宜野座村金武町
中頭郡読谷村
外部リンク 沖縄県恩納村役場

― 市 / ― 町・村

万座毛
ファイル:Atta Terrace02ss3200.jpg
ジ・アッタテラス

恩納村(おんなそん)は、沖縄県内、沖縄本島の中央部に位置する村である。

日本屈指のリゾート地であり、東シナ海の海岸に沿って走る国道58号線沿いには多くの大型リゾートホテルが立ち並ぶ。アメリカ合衆国ビル・クリントン大統領やロシアプーチン大統領などの世界の首脳も、2000年の九州・沖縄サミットの際には当村のホテルに滞在した。

地理

沖縄本島北部の西海岸に位置し北西に東シナ海を望む。南北27.4km、東西4.2kmと細長い地域である。山がちの地形で村面積のうち8割は山岳、3割は軍用地である。各所に小河川があり、その河口域に集落がある。河口には小規模なマングローブが見られることもある。水が豊富であるため、古くから稲作や藺草の栽培も行われた。またこの地域は首里や那覇から見た場合、山原(やんばる)では最も近い所に位置するため、「近山原」とも呼ばれていた[1]

村内では恩納岳がもっとも目立つ山である。山林はおもにリュウキュウマツなどからなる二次林に被われる。恩納岳にはかつては保存のよい照葉樹林もあり、ヤンバルクイナも生息していたと考えられるが、現在では実弾演習場となり、リュウキュウマツやススキのブッシュが大部分である。

主な丘陵

  • 恩納岳(362.8m)
  • 大綾岳(234.2m)
  • 石川岳(214.2m)
  • 読谷岳(201m)

字一覧

  • 名嘉真(なかま)
  • 安富祖(あふそ)
  • 喜瀬武原(きせんばる)
  • 瀬良垣(せらがき)
  • 恩納(おんな)
  • 谷茶(たんちゃ)
  • 冨着(ふちゃく)
  • 前兼久(まえがねく)
  • 仲泊(なかどまり)
  • 山田(やまだ)
  • 真栄田(まえだ)

隣接している自治体

人口

恩納村(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

歴史

1673年に金武間切と読谷山間切からそれぞれ分離され、12の村をもって恩納間切となり、1908年に恩納村となる。1975年の海洋博覧会開催を境に道路整備が進み、その後現在のようにリゾート地へと発展した。

ただし、内陸部の大部分は米軍基地であり、林野の中を金網が走っていて、その内部は立ち入り禁止となっている。恩納岳周辺は実弾演習場である。

姉妹都市・友好都市

行政

村長:長浜善巳(仲泊、2015年就任、1期目)

行政区

  • 宇加地
  • 塩屋
  • 真栄田
  • 山田
  • 仲泊
  • 前兼久
  • 冨着
  • 谷茶
  • 南恩納
  • 恩納
  • 太田
  • 瀬良垣
  • 安富祖
  • 喜瀬武原
  • 名嘉真

郵便

郵便局
  • 恩納郵便局
  • 仲泊郵便局

交通

那覇から沖縄自動車道を利用して、一時間程度の距離に位置する[3]

路線バス

村内を通る一般路線バスは20番・48番・120番の3路線。20番・120番は主に国道58号を経由し那覇市名護市を結ぶ路線で、20番は那覇バスターミナル発着、120番は那覇空港発着(那覇バスターミナル経由)で恩納村内は両路線とも同一経路である。48番は県道6号を経由し読谷村うるま市石川地区を結ぶ路線。沖縄エアポートシャトルは那覇市と恩納村の間で沖縄自動車道を経由する。

※BT=バスターミナル

番号 路線名 運行会社 起点 終点 市町村 恩納村内の主な経由地
20 名護西線 琉球バス交通
沖縄バス
那覇BT 名護BT 那覇市 - 浦添市 - 宜野湾市 - 北谷町 - 嘉手納町 - 読谷村 - 恩納村 - 名護市 琉球村、久良波、仲泊、恩納村役場前
120 名護西空港線 那覇空港
48 石川〜読谷線 沖縄バス 読谷BT 東山入口 読谷村 - 恩納村 - うるま市 真栄田、久良波、仲泊
沖縄エアポートシャトル 那覇空港 ホテルオリオンモトブ 那覇市 - 恩納村 - 名護市 - 本部町 ナビ―ビーチ前

かつては県道104号を通り村内陸部の喜瀬武原を経由するバスも運行されていたが1995年に廃止された。

また上記のほかに、那覇空港・那覇バスターミナルと恩納村内の主要リゾートホテルを結ぶ沖縄バス空港リムジンバスが運行されている。

道路

医療

その他

伊武部

伊武部(いんぶ)は恩納村北部、名護との境界、ヤーシ川(伊武部川)近くの一帯。現在は字名嘉真(なかま)の伊武部原(いんぶばる)。元々は川に沿って境界標識、即ち「印」を設けたことからの「印部」であり、「伊武部」は当て字である。この地域の部落は、1870年(明治3年)頃に儀間、次いで嘉手納の一族が移り住んできたのが発祥である。何分「オンナ」村の「インブ」とのことで、戦後の一時期、外部の人間の目を気にして「インベ」と呼ぶことにしたが、やはり先祖由来の歴史ある地名を変えるに忍びないと言うことで、現在は伊武部に回帰しており、一帯のビーチもいんぶビーチと呼ばれている。また、1980年の『恩納村村史』には、恐らく作りものの笑い話であろう、としながらも、「私の出身は恩納のインブです」「いや、おおよその人間はオンナのインブ出身であろう」という話や、豪雨時に川の堤が破損した時、沖縄県庁に「恩納の伊武部の土手破損」との電文を打ったところ、「名護の病院に連れて行け」と返電が有った話が紹介されており、更には、外部の人間にとっては一度聞けば忘れぬことの出来ぬ、独特な素晴らしい地名であると結んでいる。なお、恩納村には他にも万座毛(まんざもう)という景勝地がある [5]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

ビーチ(海水浴場)

出身有名人

脚注

  1. 『恩納村史』 p.25
  2. 2.0 2.1 “恩納村と深まる絆 石狩市、友好都市提携を調印 災害時の応援協定も”. 北海道新聞. (2013年10月21日). http://www.hokkaido-np.co.jp/news/sapporo/499482.html . 2013閲覧. 
  3. 恩納村Webサイト「恩納村に行く」[1](2010年11月閲覧)
  4. 金武地区消防管内 NPO法人MESHサポート2011年9月27日現在
  5. 『恩納村村史』 p.25、p.517、『沖縄県の地名』p.421、p.424、p.425
  6. 沖縄創価学会 施設紹介 - 沖縄研修道場

参考文献

  • 仲松弥秀 編著 『恩納村史』 恩納村役場 1980年3月
  • 平凡社地方資料センター 編 『日本歴史地名大系第48巻 沖縄県の地名』 p.421「恩納村」、p.424「万座毛」、p.425「伊武部」

関連項目

外部リンク