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川崎宗則


獲得メダル
日本の旗 日本
ワールド・ベースボール・クラシック
2006 野球
2009 野球

川﨑 宗則[1](かわさき むねのり、1981年6月3日 - )は、鹿児島県姶良市出身のプロ野球選手内野手)。右投左打。元メジャーリーガー

福岡ソフトバンクホークストロント・ブルージェイズなどでプレーし、2018年現在はソフトバンクを自由契約になり無所属となっている(詳細は後述)。

経歴

プロ入り前

兄の影響で野球を始めると、「重富少年野球クラブ」という軟式野球のスポーツ少年団に入団[2]。。

重富中学校から鹿児島県立鹿児島工業高等学校へ進学。高校時代には、春夏ともに甲子園球場での全国大会へ出場しなかった。。

1999年NPBドラフト会議福岡ダイエーホークスから4位で指名。契約金4,000万円、年俸600万円(年俸は推定)という条件で入団した。背番号52

ダイエー・ソフトバンク時代

2000年には、ウエスタン・リーグ公式戦に正遊撃手として起用。最終規定打席へ到達するとともに、チームトップ(リーグ5位)の打率.300を記録した。

2001年には、ウエスタン・リーグ2位の29盗塁を記録。同年10月3日に一軍初出場。

2002年には、ウエスタン・リーグ公式戦で打率.367をマーク。最終規定打席をわずかに下回ったが、リーグの規定によって首位打者と認定された。9月には、正二塁手井口資仁の戦線離脱に伴って、二塁手として一軍公式戦に出場。シーズン終了後に開催の第15回IBAFインターコンチネンタルカップにも、日本代表のメンバーとして出場した。

2003年鳥越裕介の故障によって2番・遊撃手で初の開幕スタメン出場。鳥越の復帰後は小久保裕紀の長期離脱で空いた三塁手に回り、1番・村松有人・3番・井口とともに盗塁を量産、足でダイハード打線に貢献した。初の規定打席到達で打率.294・2本塁打・51打点・30盗塁の好成績を残し、チームのリーグ優勝・日本一に貢献。

2004年からは遊撃手のレギュラーに定着し、全試合フルイニング出場と打率3割を記録。最多安打(171本、三冠王を達成した松中信彦と同数)・盗塁王(42個)・ベストナインゴールデングラブ賞を獲得。同年から盗塁数と同数の車椅子を寄贈する[3]「走れ!川﨑プロジェクト」を立ち上げ、2006年末に吉武真太郎吉本亮山崎勝己井手正太郎をメンバーに、自身がオーナーを務めて軟式野球チーム「宗rin's」を作って小・中学生と交流するなど、積極的にメセナ活動も行っている。

2006年開幕前の3月に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表に選出された[4]。同大会では、遊撃手として優勝に貢献。決勝戦(対キューバ戦)では、1点差に迫られた9回表にイチローの安打で二塁から生還。その際、アリエル・ペスタノのブロックの僅かな隙間から右手をねじ込んで生還し、「神の右手」として話題になったが、このプレーで右肘を負傷した。

WBCでの怪我の影響で、シーズン復帰は4月中旬までずれ込んだ。シーズンでは2年ぶりの打率3割を記録し、2度目となるベストナイン・ゴールデングラブ賞を獲得。同年、鹿児島工業高校が第88回全国高等学校野球選手権大会に初出場した際、紫の刺繍で校名を縫い取ったスポーツバックを贈った(同校はベスト4に進出)。同年春、川﨑は自主トレーニングでこの母校の野球部の後輩たちと一緒に練習を行なった(公式HPの日記より)。

2007年は2度の長期離脱を影響を受けて95試合の出場に留まり、規定打席に到達しなかった。しかし、巧みな打撃技術に磨きがかかって打率.329を記録し、チームの得点源になったほか、満塁時には中軸と肩を並べる活躍を見せた。

2008年セ・パ交流戦で最多安打(37安打)・打率.366を記録。ソフトバンクの交流戦初優勝に貢献し、野手としては初の交流戦MVPに選出された。8月の北京オリンピック野球日本代表に選出されたが、シーズン中から痛めていた左足の怪我を押して出場したため骨膜炎を発症。帰国後、左足第二中足骨の疲労骨折が判明。王貞治の監督最終試合であるシーズン最終戦(対東北楽天ゴールデンイーグルス戦)で復帰した。

2009年開幕前の3月に開催された第2回WBC日本代表に選出され、2大会連続2度目の選出となった[5]。同大会では、三塁手として5試合に出場。準決勝(対アメリカ戦)では9番・三塁手で先発出場し、2安打1打点1盗塁と勝利に貢献した。

シーズンではリーグ2位で自己最多の44盗塁、犠打は球団記録を塗り替える43個を決めたが、打率.259(自己最低)に終わった。

2010年は選手会長に就任。3月27日の対オリックス・バファローズ戦(福岡 Yahoo! JAPANドーム)で通算1000安打を達成し、3月31日から4月23日まで22試合連続安打を打って自己記録を更新、プロ入り11年目で初の月間MVPを獲得した。9月25日の対北海道日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)で1000試合出場を達成。ダルビッシュ有から内野安打を放って188安打とし、広瀬叔功のシーズン187安打を抜く球団新記録を達成し、190安打まで記録を伸ばした。このシーズンのダルビッシュとの対戦成績は19打数10安打打率.526と相性が良かった。2004年以来6年ぶりの全試合出場を果たし、チームのリーグ優勝に貢献したが、クライマックスシリーズ第2戦以降は21打席連続無安打と不振に陥り、日本シリーズ進出はならなかった[6]

オフでは11月5日に右肘関節遊離軟骨除去手術を受けた[7]ほか、出身地の姶良市から「あいらふるさと大使」に任命された[8]。同年、家畜伝染病・口蹄疫の被害を受けている宮崎県に義援金として100万円を寄付した[9]

2011年8月22日に福岡市内在住の一般女性と婚約したことを発表[10]。シーズンでは本多雄一松田宣浩と共にフルイニング出場を達成、同一球団から3人がこの記録を達成するのは2リーグ制以後では初の快挙となった[11]。シーズン前半は安打・出塁・盗塁ともに前年までの実績に比べ少なく1番打者として物足りなさも感じさせたが、シーズン後半には出塁・盗塁を増やし巻き返した。2011年レギュラーシーズンにおいてソフトバンクは3番内川聖一が先制打を放った試合は14勝3敗2分け、勝率.824[12]と圧倒的な有利さを示しており、これは内川の勝負強さもさることながら、1番川崎が出塁して2番本多が確実に犠牲バントで送る、あるいは2番本多が出塁して2盗するといった形で、内川の前にランナーとして2塁まで進んでいたことがいかに多かったかも示す。本多がリーグトップの53犠打を記録できたのも、川﨑の出塁あってこそであった。

クライマックスシリーズの西武戦では初打席で帆足和幸から二塁打を放つなど12打数5安打打率.417と結果を残しチームのCS突破に貢献した[13]

シーズンオフの12月1日には海外FA権を行使し、トニー・アタナシオを代理人としてメジャー挑戦を目指すことを表明[14]

マリナーズ時代

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2012年5月25日、セーフコ・フィールドにて

2012年1月5日、シアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだと明らかにした[15]。日本凱旋試合直前までのスプリングトレーニングには招待選手として参加し打率.387をマーク。3月6日の試合ではイチローと共に先発出場し、試合後には「きょうは僕の記念日。(初めて)イチローさんとバッティング練習から一緒だった。テンション上がります」とコメントした[16]。26日には日本での開幕戦特別規則となるメジャー28人枠に昇格[17]。日本での開幕戦2試合では出場機会がなかったものの、その後のスプリングトレーニングでも好調を維持し、最終的に参加選手中最高となる打率.455、OPS1.012を記録し、本土開幕メジャー入りを果たす[18]

4月7日のオークランド・アスレチックス戦で9番・遊撃手としてメジャーデビュー。初打席は遊ゴロに終わったものの、2打席目にバートロ・コローンからメジャー初安打初打点を記録。試合後には「今日は絶対忘れられない日になる。(打った直後にベンチにいた)イチローさんから声が聞こえた。はっきり分からなかったが“いいぞ!”だったと思う。それが一番だったかもしれない」とコメントした[19]。4月30日に正捕手ミゲル・オリボ故障者リスト入りした際には、監督のエリック・ウェッジの「打撃好調なヘスス・モンテロジョン・ジェイソの2人を常時起用したい」という意向もあり、5月3日には三塁コーチのジェフ・ダッツから緊急時の捕手としての指導を受けた[20]。前半戦は主に代走や守備固めとして出場し、打率.185、出塁率.254の打撃成績で前半戦を折り返し、7月12日にはメジャーリーグOB協会が主催するハート&ハッスル賞の候補に選出される[21]。最終的な受賞は逃したが、記念の盾を贈られた際には「アメリカで賞をもらうなんて思ってもいなかったので。眠れないと思います。抱いて寝ます」とコメントした[22]。後半戦も主に代走や守備固めとして出場し、打撃成績は23試合の出場で打率.205、出塁率.262を記録。守備ではシーズン通算で38試合の出場ながら遊撃守備でUZR0.8、DRS±0を記録し、遊撃手を務めた日本人選手で初めて遊撃守備指標の数値が±0を下回ることなくシーズンを終えた。シーズン終了後には「イチローさんも頑張っていますね。僕ももっともっと頑張ろうと思う」とコメントした[23]。10月24日に40人枠から外れ自由契約となり[24]、オフには代理人をSFX社のマイク・ビーバーに変更し[25]、「代理人に希望は伝えてある。ばたばたと決まるのが米国。イチローさんとまたやりたいという思いはある」と語った[26]

ブルージェイズ時代

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ブルージェイズ時代(2013年4月15日)

2013年3月13日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約で合意したことが報じられ[27][28]、18日に契約。ホセ・レイエスの故障者リスト入りに伴い、4月13日にメジャー契約となり25人枠に入る。同日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦でスタメン出場し、第1打席で先制点となる犠飛を打ち、チームの勝利に貢献[29]。20日のニューヨーク・ヤンキース戦では黒田博樹と対戦し[30]、翌21日のヤンキース戦ではメジャーで初となる1番でのスタメン出場を果たす[31]。5月26日のボルチモア・オリオールズ戦ではメジャー初のサヨナラ打を放った[32]。6月21日のオリオールズ戦ではトミー・ハンターからメジャー初本塁打となる2点本塁打を打った。32歳でのメジャー初本塁打はブルージェイズの選手としては最高齢であった[33]。25日にはホセ・レイエスの復帰に伴いマイナー・オプションが行使されAAA級バッファローに降格したが[34][35]メルキー・カブレラの故障者リスト入りに伴い27日に再昇格[36]。前半戦は67試合の出場で打率.213、出塁率.319の成績だった。6月から7月にかけては後頭部に円形脱毛症を発症していたと言う[37]。7月13日にブレット・ロウリーの復帰に伴い再降格し、エミリオ・ボニファシオの移籍に伴い8月14日に再昇格。16日には育休リスト入りし長男の誕生に立ち会う[38][39]。9月21日のボストン・レッドソックス戦では内野ゴロの判定を受けてヘルメットを地面にたたきつけるポーズを示し、初の退場処分を受ける[40]。後半戦は26試合の出場で打率.274、出塁率.348の成績を残しシーズンを終える。

年俸100万ドルの翌年の契約オプションを球団が持っていたが行使されず、10月31日に自由契約となり、12月24日にマイナー契約で再契約した[41][42]

2014年はAAA級バッファローで開幕を迎えた。マイサー・イズトゥリス外側側副靱帯損傷による故障者リスト入りに伴い、4月15日にメジャー契約となり25人枠入りする[43]が、故障者リスト入りしていたホセ・レイエスの復帰に伴い、4月18日にマイナー・オプションが行使されバッファローに降格[44]。6月17日にメジャーに昇格[45]。当日のヤンキース戦で先発出場し、田中将大とメジャー移籍後初めて対戦し3打数無安打を喫した[46]。6月はその後6試合連続安打を記録し[47]、チームも首位に立つ好調だったが7月4日に2位に後退[48]。前半戦は26試合の出場で打率.284、本塁打なし、出塁率.344の成績で折り返す。7月も自己最長となる8試合連続安打を記録し[49][50]、22日のレッドソックス戦ではメジャー移籍後初の三塁手として先発出場する[51]。球団史上最長の延長19回、試合時間6時間37分となった8月10日のデトロイト・タイガース戦ではサヨナラの得点を記録[52]。その後も二塁手や三塁手として起用され、後半戦は55試合の出場で打率.243、本塁打なし、出塁率.318、1盗塁の成績を残す。チームはポストシーズン出場を狙う位置につけていたが[53]進出を逃しシーズンを終えた。シーズン終了後、FAとなった。また、翌年の契約についてNPBとMLB両方を視野にいれていることを明らかにした[54]

2015年1月16日にブルージェイズとマイナー契約で再契約したことが発表され[55]、AAA級バッファローで開幕を迎える。5月10日のノーフォーク戦では頭部に死球を受け途中交代し、14日に故障者リスト入りした[56]。20日に復帰し、デボン・トラビスが左肩の炎症で故障者リスト入りしたことに伴い22日にメジャー契約となり25人枠入り[57][58]。25日にホセ・レイエスが故障者リストから復帰したことによりマイナー・オプションが行使されバッファローに降格したが[59]31日スティーブ・トールソンの故障者リスト入りに伴い再昇格した[60][61]。6月10日にチームの先発投手不足でスコット・コープランドが昇格したことに伴いバッファローに降格したが[62][63]R.A.ディッキー忌引リスト入りに伴い19日に再昇格し[64]、26日にトラビスが故障者リストから復帰したことに伴い再降格[65]。トラビスが再び故障者リスト入りしたことに伴い8月1日に再昇格したが[66]クリフ・ペニントンがトレードで加入したことに伴い9日に再降格[67]。9月1日にはセプテンバー・コールアップに伴い再昇格する[68]。最終的には、メジャー4年目で自己最少の23試合出場に留まり、打率.214はワースト2位・盗塁0はメジャー初で、レギュラーシーズンを終えた。

シーズン終了後の11月2日にFAとなった[69]

カブス時代

2016年1月21日にシカゴ・カブスとマイナー契約で合意したことが報じられた[70][注釈 1]。3月29日に自由契約となったが、当日中に新たにマイナー契約を結び直した[71][72][注釈 2]。同日のオークランド・アスレチックスとのスプリングトレーニングでは3点本塁打を打つなど活躍した[75]。4月3日にメジャー契約となり40人枠入りし、7日にAAA級アイオワ・カブスで開幕を迎えるが、カイル・シュワーバーの故障に伴い8日にメジャー昇格[76]。15日にハビアー・バエズが故障者リストから復帰したことに伴いマイナー・オプションを行使されアイオワに降格した[77]。プロ入りから5年目以内の選手には4つ目のマイナー・オプションがあるため2016年シーズンも40人枠に残ったままマイナー降格は可能になっている[78]。7月9日にメジャーに再昇格したが、同月11日に再びマイナーへ降格した[79]9月6日に今季3度目のメジャーへ昇格。ポストシーズンではアクティブ・ロースター入りはしなかったが前年同様チームには帯同しベンチ入りした。11月3日にFAとなった[80]。12月2日に第2子となる長女が誕生[81]

2017年1月7日に、カブスとマイナー契約を結んだ。当初はスプリングトレーニングに招待選手として参加する予定だった[82][83]が、1月27日付でAAA級アイオワ・カブスに配属された[82]後に、3月28日付で契約を解除された[84]

ソフトバンク復帰

川﨑は、カブスからの自由契約を機に、日本球界へ6年振りに復帰することを模索。これに対して、川﨑の復帰に際して契約交渉の優先権を有するソフトバンク球団は、他球団より先に川﨑へ再入団を打診した[85]。その結果、2017年3月31日にソフトバンクが川﨑の獲得を発表した[86]。推定年俸9,000万円に出来高の条件を加えた1年契約で、背番号はMLBへの移籍前と同じ52[87]

復帰直後は、体調やNPBでのブランクなどを考慮しながら、二軍での調整に専念。4月4日には、オリックスとのウエスタン・リーグ公式戦(HAWKSベースボールパーク筑後)に「1番・遊撃手」としてスタメンで復帰後初の公式戦出場を果たすと、1回裏の第1打席で復帰後初安打を放った[88]。4月12日の対阪神戦(阪神鳴尾浜球場)で守屋功輝からNPB復帰後初本塁打を放つなど、同リーグの公式戦では、13試合の出場で打率.441、1本塁打、1二塁打、1三塁打、10盗塁という好成績をマーク。4月28日の対オリックス戦(京セラドーム大阪)に、「1番・二塁手」としてスタメンでパ・リーグの公式戦へ6年振りに出場すると、7回表の第4打席で復帰後初安打を放った[89]。以降の公式戦にも、川崎のメジャー移籍後から今宮健太が正遊撃手として定着していることなどを背景に、二塁手として出場。5月11日の対オリックス戦(福岡ヤフオク!ドーム)3回裏の第2打席でブランドン・ディクソンから中前安打を放ったことによって、MLB/NPB公式戦通算1500安打を達成した[90]。しかし、両足のアキレス腱に痛みを抱えながらプレーを続けていたことから、治療に専念すべく7月24日に出場選手登録を抹消された[91]。以降はリハビリ組での調整となり、ようやく9月23日のウエスタン・リーグ(対阪神戦)で約2ヵ月振りに実戦復帰し「1番・二塁」で先発出場するが、その初球を先頭打者本塁打した打席の際に左ふくらはぎを攣り、その1打席のみで途中交代した[92]。翌24日には再びリハビリ組での調整となり、クライマックスシリーズ以降のポストシーズンへの出場はならなかった[93]。2017年シーズンは上記の怪我での離脱もあり、42試合の出場にどどまった。また、体調不良を理由にシーズン終了後の優勝祝賀パレードやファンフェスティバルなどの行事には参加しなかった[94]

2018年の動向

2018年シーズンも球団は契約を結ぶ見込みで保留選手名簿に川﨑を載せ[95]、春季キャンプ前の1月中には契約交渉を行う予定だったが体調不良を理由に契約未更改の状態が続いた[96]。結局春季キャンプには姿を見せず、保留選手のままではあったがキャンプ終了直後の3月1日より球団公式サイトの選手名鑑から川﨑の名前が削除された。

その後シーズン開幕を4日後に控えた3月26日早朝になって、西日本スポーツなど複数のメディアが、「川﨑引退」の見出しとともに、川﨑が実際には前年の故障以来心身両面で復帰の目処が立っておらず、現役引退の意向を固めたことを報じた[97][98][99]。一方同日にはスポーツライターの田尻耕太郎Yahoo!ニュースに投稿した記事内で「川﨑が練習を再開した」と関係者から聞いたことを明かし「もう少し冷静になって、正式な発表が行われるタイミングまで待ってほしい」とコメント[100]。情報が錯綜する中、同日午後になって球団から公式発表があり、川﨑は引退こそ断言しなかったものの、自由契約という形でソフトバンクを退団することになった[101]。そこで川﨑は球団を通して「昨年より怪我に加えて自律神経系の病気にもなっており、身体を動かすことを拒絶するようになってしまった。球団と協議した末、野球から離れて心と体の回復に努めることを決めた」という趣旨のコメントを発表した[101]。なお、球団側は一旦は自由契約とするが今後も川﨑との話し合いは継続する意向を示しており[101]、同日囲み取材に応じた球団取締役の三笠杉彦も「自由契約は本人からの希望で、その意向を尊重した。あれくらいの選手だから、今後に向けての話し合いは続けていきたいし、サポートできることがあればサポートしていきたい」と述べている[102]。自由契約公示は3月27日に行われた。

選手としての特徴

潑剌としたプレーと明るい性格でチームに貢献するムードメーカー[103]。投手が打ち込まれた際などには自らタイムを取って声をかけに行く光景がよく見られる[104]

打撃

メジャーリーグに移籍する以前からバットスピードとコンタクト能力はメジャーのスカウトからも高い評価を得ており[105]、2010年には両リーグトップとなる546個のファウルを記録した[106]。ホークス時代は典型的な早打ちで、三振が少ない一方で四球も少なく、日本での通算IsoD.051と打率と出塁率の差が小さい。しかしブルージェイズ移籍後の2013年には「ランナーがいない時は何とか塁に出ることを考えながらピッチャーに球数を投げさせることが今年の目標」として投手の球数を多くすることや出塁を強く意識するようになり[107]、この年はIsoD.097を記録した。

守備・走塁

主に遊撃手として起用されるが、二塁手・三塁手としても出場経験がある。ホークス時代は超一流と評されるグラブ捌きを持ち味としていた[108]一方で、2010年には守備イニング1000以上の遊撃手でワーストとなるRF4.21をマークしたほか[109]UZRで両リーグワースト4位の-1.4[110]、得点換算でもリーグの遊撃手中ワースト2位をマークするなど守備範囲はやや狭かった[111]。メジャー移籍後も2016年まででRngR(範囲)でマイナスを記録しているが、DPR(併殺)、ErrR(失策)でプラスを記録し、UZR+1.0、DRS+2と平均を上回る数値を記録。三塁手としてはUZR+1.9、DRS+1、二塁手としてはUZR+0.4、DRS-2を記録している。[112]

走塁では力を抜いて走ることがほとんどなく[108]、一塁到達3.83秒[113]、バント時には3.74秒をマークする脚力を誇る[114]。2006年にはベースボール・アメリカ誌で「最高の走者」に選ばれるなど、走塁面は海外からも高い評価を得ている[115]。伴って三塁打が通算65本と非常に多く、これは2000年以降に入団した選手では最多である。

人物

ニックネームは「ムネリン[116]、MLBでは「ムーニー/Moony」、「リトル・パピ/Little Papi」など[117]。また、日本人では初となるMLB公認表彰(Munenori Kawasaki Award)に冠された[118](後述)。

好きな言葉は薩摩示現流の掛け声『チェスト』。子供の頃から父親に「ムネ、チェスト行けよ!」と声をかけられていたという[119]

子供の頃からホークスファンで、当時の好きな選手は内之倉隆志[119]

ホークス時代には月刊ホークスなどで彼の自動車運転技術の酷さが度々自虐ネタにされていた。例えば、同期や後輩を車庫入れ係にする為に(そのことを伏せて)食事に連れて行く、右折ではなく左折が苦手、といったものであった。ちなみに最初の愛車は赤いチェロキーだった。

イチローの大ファンとして知られており、イチロー本人から「(川﨑は)イチローマニアですね」と言われるほど。「イチロー(51)の一つ後の番号」という思い入れから[119]、背番号52には強いこだわりを持っており、ホークス時代は背番号変更を打診されても断り続け、日本代表でも52を付けた。2011年オフに海外FA権を行使してのメジャー挑戦を表明した際にも「イチロー選手と同じチームを希望しています」と語り[120]、念願かなってマリナーズと契約した。背番号52は既にジョージ・シェリルが使用していたため61をつけることになったが、「逆から読めばイチロー。素晴らしい番号をいただいた」とコメントした[121]

2012年7月23日にイチローがニューヨーク・ヤンキースに移籍した際には、当日こそコメントを避けた[122]が、翌日に「ショックではないです。イチローさんが元気にプレーしているのが一番うれしい。イチローさんが覚悟を決めてのこと。すごく応援したい。この6カ月間は貴重な経験ができました」とコメント[123][124]。一方のイチローは移籍についての会見で、川﨑を始めとしたマリナーズの選手たちについて「そのことも迷った中の要素です。ただ、ムネ(川﨑)とはスプリングトレーニングからずっと一緒にやってきて、いい時間を共有できたと認識している。一緒の場所にいることが必ずしも一緒にやっているということではない。違う場所にいても一緒にやることはできる」と語った[125]。イチローがNPB/MLB通算4000安打を達成した際には対戦相手として二塁手で出場しており、川﨑のもとに左翼から記念ボールが返球され「ボールを盗もうと思ったんですよね。隠そうとしたけど、審判にダメだといわれた。僕は『アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ』といってごまかそうとしたんですけど、やっぱりダメでしたね」と語っている[126]

また、ダルビッシュ有とはプライベートでも親交があり[127]、川﨑の主催するホークス選手が中心の軟式野球チーム『宗rinズ』に緊急参戦したこともある[128]

MLB移籍後2年を経ても英語はあまり話せないが、「彼には語学の壁はない。なぜなら笑いとジェスチャーと片言でコミュニケーションをとるから」と評され、旺盛なサービス精神もあってチームメイトや現地のファンから愛されている[129]。特に2年目のシーズンとなったトロントの地では高い人気を得ており、地元総合ウェブサイト「The Score」には『川﨑が愛される7つの理由』というコラム記事が掲載され[130]、ヒーローインタビューでの立ち居振る舞いが「Greatest postgame interview ever?(史上最高のポストゲームインタビューか)」とMLB公式サイトを含む複数のスポーツニュースで取り上げられ[131]、3A降格後の8月13日にも、出場試合で「川﨑Tシャツデー」というプロモーションが行われた[132][133]。2015年末のMLB公式動画サイト「CUT4」では、「2015年シーズンに最もファンやリーグを盛り上げた選手」として川崎がトリで紹介され、記事中で「最高の賞として、川﨑宗則賞を贈る」という賛辞が綴られた[134]。また「CUT4」は同時に、所属するブルージェイズがア・リーグの優勝決定戦進出直後に川﨑が受けたインタビュー動画を「歴史に残るインタビュー」と紹介している[134][135]

ホセ・バティスタは「いきなり日本語で話しかけてきた時には驚いたけど、今はもう慣れたよ(笑)。ムネ(川﨑)は英語やスペイン語がうまくしゃべれなくてもボディランゲージを交え、一生懸命に話すから何を伝えようとしているかが大体分かる。とてもユニークで、みんなを笑わせるムードメーカーでもあるし、最高のチームメートさ。メジャーリーガーの中にはヘンなプライドが邪魔をして周りに溶け込もうとしないヤツがいるけれど、彼はそうじゃない。ああいう姿勢はわれわれも見習う必要性がある」と話した[136]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2001 ダイエー
ソフトバンク
1 5 4 1 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 .000 .200 .000 .200
2002 36 122 112 13 26 4 5 0 40 8 3 2 6 0 4 0 0 21 1 .232 .259 .357 .616
2003 133 568 493 78 145 17 9 2 186 51 30 16 28 2 41 0 4 74 8 .294 .352 .377 .729
2004 133 633 564 87 171 19 8 4 218 45 42 14 15 3 48 0 3 63 8 .303 .359 .387 .746
2005 102 458 399 53 108 12 3 4 138 36 21 10 22 3 26 0 8 52 4 .271 .326 .346 .672
2006 115 513 449 69 140 21 7 3 184 27 24 9 27 0 32 0 5 54 2 .312 .364 .410 .774
2007 95 427 383 57 126 12 7 4 164 43 23 8 10 1 29 1 4 46 3 .329 .381 .428 .809
2008 99 457 424 55 136 16 6 1 167 34 19 9 6 5 16 3 6 40 5 .321 .350 .394 .744
2009 143 640 540 73 140 26 8 4 194 34 44 17 43 3 47 1 7 90 8 .259 .325 .359 .684
2010 144 662 602 74 190 27 5 4 239 53 30 11 10 0 43 1 7 86 6 .316 .350 .397 .765
2011 144 655 603 71 161 19 7 1 197 37 31 10 9 4 36 0 3 84 5 .267 .310 .327 .637
2012 SEA 61 115 104 13 20 1 0 0 21 7 2 2 2 0 8 0 1 18 2 .192 .257 .202 .459
2013 TOR 96 289 240 27 55 6 5 1 74 24 7 1 10 3 32 0 4 41 5 .229 .326 .308 .634
2014 82 274 240 31 62 7 1 0 71 17 1 0 8 1 22 0 2 49 3 .258 .327 .296 .623
2015 23 34 28 6 6 2 0 0 8 2 0 1 2 0 4 0 0 6 1 .214 .313 .286 .598
2016 CHC 14 26 21 3 7 2 0 0 9 1 2 0 0 0 4 0 1 5 1 .333 .462 .429 .890
2017 ソフトバンク 42 156 137 22 33 10 0 0 43 4 0 2 4 1 11 0 3 37 0 .241 .309 .314 .623
NPB:12年 1187 5296 4710 653 1376 183 65 27 1770 373 267 108 180 22 334 5 50 647 50 .292 .344 .376 .720
MLB:5年 276 738 633 80 150 18 6 1 183 51 12 4 22 4 70 0 9 119 12 .237 .320 .289 .609
  • 2017年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更

年度別打撃成績所属リーグ内順位























2001 20 NPB パ・リーグ - - - - - - -
2002 21 - - - 3位 - - -
2003 22 - - - 2位 - - 3位
2004 23 - 1位 - 1位 - - 1位
2005 24 - - - 8位 - - 4位
2006 25 6位 10位 - 1位 - - 4位
2007 26 - - - 2位 - - 8位
2008 27 3位 - - 3位 - - 6位
2009 28 - - - 2位 - - 2位
2010 29 7位 3位 - 5位 - - 4位
2011 30 - 5位 - 1位 - - 5位
2012 31 MLB ア・リーグ - - - - - - -
2013 32 - - - - - - -
2014 33 - - - - - - -
2015 34 - - - - - - -
2016 35 ナ・リーグ - - - - - - -
2017 36 NPB パ・リーグ - - - - - - -
  • 2017年度シーズン終了時
  • 太字年度は規定打席到達年度
  • -は10位未満(打率、OPSは規定打席未到達の場合も-と表記)
  • ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更

年度別守備成績



一塁(1B) 二塁(2B) 三塁(3B) 遊撃(SS)
















































2001 ダイエー
ソフトバンク
- - - 1 3 4 0 1 1.000
2002 1 16 0 0 2 1.000 24 45 77 1 10 .992 - 10 15 17 2 1 .941
2003 - 1 1 4 0 0 1.000 75 38 114 8 11 .950 85 89 182 6 47 .978
2004 - - 8 2 6 1 1 .889 132 227 376 10 87 .984
2005 - - - 102 170 283 6 61 .987
2006 - - - 115 164 356 12 65 .977
2007 - - - 94 121 294 6 40 .986
2008 - - - 99 113 309 11 51 .975
2009 - - - 143 209 442 9 78 .986
2010 - - - 144 193 412 14 72 .977
2011 - - - 144 209 396 12 62 .981
2012 SEA - 10 6 13 0 3 1.000 1 0 0 0 0 ---- 38 50 65 0 13 1.000
2013 TOR - 18 26 45 1 6 .986 - 60 79 136 5 39 .977
2014 - 64 78 139 5 25 .977 19 6 37 2 1 .956 4 2 2 0 0 1.000
2015 - 17 9 29 0 6 1.000 5 1 4 0 0 1.000 -
2016 CHC - 10 10 14 1 6 .960 1 0 0 0 0 .--- -
2017 ソフトバンク - 37 67 87 1 12 .994 - -
NPB 1 16 0 0 2 1.000 62 113 168 2 22 .993 83 40 120 9 12 .947 1069 1513 3071 88 565 .981
MLB - 119 129 240 7 49 .981 24 7 41 2 1 .960 102 131 203 5 52 .985
  • 2017年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更

タイトル

表彰

NPB
その他

記録

NPB初記録
NPB節目の記録
NPBその他の記録

背番号

  • 52 (2000年 - 2011年、2017年途中 - 同年終了)
  • 61 (2012年)
  • 66 (2013年 - 2016年)

登場曲

[139]

代表歴

関連情報

出演

テレビ番組

ラジオ番組

CM・広告

書籍

著書

関連書籍

  • 橋本清 『52(fifty two)川﨑宗則:オフィシャルbook』 徳間書店、2010年3月。ISBN 978-4198629229。

脚注

注釈

  1. MLB公式プロフィールによると1月19日にマイナー契約を結んだことになっている。
  2. 自由契約とした理由は、川﨑が労使協定の「Article XX(B)フリーエージェント」に属しており、開幕5日前までに25人ロースター入りを保証するか、マイナーに留める場合は球団が選手に10万ドルのボーナスを支払う必要があるため。どちらも選択しない場合は自由契約とする必要があり[73]、カブスは10万ドルを節約するために一旦自由契約とした[74]

出典

  1. 」/ 数値文字参照:[﨑]
  2. 政純一郎著『地域スポーツに夢をのせて: 鹿児島スポーツ事情』(南方新社)25ページ、2017年4月4日閲覧
  3. 赤星氏の思い継ぎ…川崎車いす44台寄贈”. 日刊スポーツ (2009年12月25日). . 2010年7月24日閲覧.
  4. 2006 Tournament Roster WBC公式サイト (英語) 2015年9月6日閲覧
  5. 2009 Tournament Roster WBC公式サイト (英語) 2015年9月6日閲覧
  6. “第2戦以降は沈黙…川﨑ガックリ「申し訳ない」”. スポニチ Sponichi Annex. (2010年10月20日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/10/20/07.html . 2011年2月9日閲覧. 
  7. “川崎右ひじ手術へ 復帰までは2カ月”. スポニチ Sponichi Annex. (2010年10月31日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/10/31/25.html . 2011年2月9日閲覧. 
  8. “「良いところアピール」ホークス川崎選手 姶良ふるさと大使に”. 西日本スポーツ. (2011年1月7日). http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/219368 . 2011年2月9日閲覧. 
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  10. 川﨑宗則選手、自身の婚約についてコメント”. 福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルサイト (2011年8月22日). . 2011年8月22日閲覧.
  11. 2リーグ制移行初!本多、川﨑、松田がフルイニング出場スポニチ Sponichi Annex(2011年10月23日)
  12. 内川ワクワク「早い回から僕が打点を」 スポニチ Sponichi Annex 2011年11月12日
  13. 2011年度 福岡ソフトバンクホークス個人打撃成績(クライマックスシリーズ)”. NPB.jp 日本野球機構 (2011年11月22日). . 2011年11月22日閲覧.
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  16. 川﨑興奮!初めてイチローと2、3番で並ぶ「きょうは僕の記念日」スポニチ Sponichi Annex、2012年3月7日
  17. 川﨑、開幕メジャー決定!感激の涙”. デイリースポーツオンライン (2012年3月27日). . 2012年3月27日閲覧.
  18. “川﨑、米開幕もメジャー「やるだけです」”. SANSPO.COM. 共同通信社 (産経新聞社). (2012年4月5日 10:21). http://www.sanspo.com/baseball/news/20120405/mlb12040509080008-n1.html . 2012年4月6日閲覧. 
  19. 川﨑 イチローの声が一番嬉しかった!「今日は絶対忘れられない日」スポニチ Sponichi Annex、2012年4月8日
  20. 川﨑捕手 正妻オリボDLで3番手 - 日刊スポーツ 2012年5月4日
  21. 川﨑「ハッピー」ハート&ハッスル賞候補日刊スポーツ、2012年7月14日。
  22. 川﨑ハッスル!「眠れない。抱いて寝る」日刊スポーツ、2012年9月23日
  23. 川﨑「イチローさん頑張っている。僕も」日刊スポーツ、2012年10月4日
  24. 川﨑、斎藤が40人枠外れる日刊スポーツ、2012年10月25日
  25. 川﨑が代理人変更でメジャー再挑戦へデイリースポーツ、2012年12月8日。
  26. ムネリン「イチローさんとまたやりたい」日刊スポーツ、2013年1月29日。
  27. 川﨑がBジェイズ イチと敵味方日刊スポーツ、2013年3月15日。
  28. ムネリン、イチ対戦が「モチベーション」日刊スポーツ、2013年3月17日。
  29. “川﨑「命を燃やすに燃やしたい」昇格即先発で勝利に貢献”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年4月15日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/04/15/kiji/K20130415005613700.html . 2013年4月22日閲覧. 
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  34. 川﨑マイナー降格「必死にやりたい」日刊スポーツ、2013年6月26日。
  35. 降格川﨑、異例のあいさつ 球団が敬意日刊スポーツ、2013年6月27日。
  36. 川﨑 わずか1日でメジャー再昇格決定日刊スポーツ、2013年6月28日。
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  38. パパムネリンがチーム合流「最高ですね」日刊スポーツ、2013年8月21日。
  39. ムネ、父親なった喜び語る「最高です」デイリースポーツ、2013年8月21日。
  40. 川﨑退場に監督「サムライウォリアーだ」日刊スポーツ、2013年9月22日。
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  47. ムネリン2の 0連続試合安打6で止まる日刊スポーツ、2014年7月1日。
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  50. ムネリン2安打「あの1点は大きかった」日刊スポーツ、2014年7月21日。
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  52. ムネ「最高の日」延長19回サヨナラホーム日刊スポーツ、2014年8月12日。
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  54. ムネリン「日本もアメリカも両方視野に」日刊スポーツ、2014年9月29日。
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関連項目

外部リンク

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