下京区
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しもぎょうく 下京区 | |
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地方 | 近畿地方 |
都道府県 | 京都府 |
市 | 京都市 |
団体コード | 26106-8 |
面積 |
6.78km2 |
総人口 |
82,559人 (推計人口、2018年4月1日) |
人口密度 | 12,177人/km2 |
隣接自治体 隣接行政区 |
京都市(右京区、南区、中京区、 東山区) |
外部リンク | 京都市下京区役所 |
下京区(しもぎょうく)は、京都市を構成する11区のひとつである。北辺を通る四条通の四条烏丸(烏丸通)から四条河原町(河原町通)までは京都府、京都市有数の繁華街となっている。
また、京都駅は、京都市周辺部のターミナルであり、周辺には京都タワー・京都駅ビルなどを中心に商業施設が集まっている。
早くから業務地化が進み、人口は30年以上にわたってドーナツ化現象により減り続けていたが、1995年以降都心回帰に伴う居住地再整備やマンション建設の増加に伴い再び人口が増加傾向に転じている。2005年に行われた国勢調査においても、隣接する中京区や南区などと並び人口増加区のひとつとなった。
Contents
地理
歴史
- 平安時代末期のころ、京都(平安京)の南側を下辺(しものわたり、しもわたり)、これに対し北側を上辺(かみのわたり、かみわたり)と呼ぶようになる。これが中世にそれぞれ下京、上京となった。下京と上京の境界はおおむね二条通であった[注 1]。上京には京都御所があって富裕者が集まっていたのに対し、下京は商業街区であり、民衆の町であった[1][2]。
- 1868年 - 1869年(明治元年11月) 下京を下大組(しもおおぐみ)、上京を上大組(かみおおぐみ)とする[2][3]。
- 1869年(明治2年) 下大組と上大組の境界を二条通から三条通に変更、下京に32番組(現在の元学区)が成立する[2][3]。
- 1879年(明治12年)4月10日 郡区町村編制法により、京都府に下京区が設置される。
- 1889年(明治22年)4月1日 上京区と下京区を市域として市制施行、京都市が発足。上京区と下京区はともに京都市の行政区となる。
- 1929年(昭和4年)4月1日 上京区と下京区の2区から左京区、中京区、東山区を分区する。
- 1955年(昭和30年)9月1日 南区を分区する。
人口
下京区の人口の推移 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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総務省統計局 国勢調査より |
地域
教育
大学
短期大学
- 池坊短期大学(私立)
高等学校
- 龍谷大学付属平安高等学校(私立、中高併設)
- 京都産業大学附属高等学校(私立、中高併設)
中学校
- 京都市立下京中学校
- 京都市立七条中学校
- 京都市立洛友中学校
- 龍谷大学付属平安中学校(私立、中高併設)
- 京都産業大学附属中学校(私立、中高併設)
小学校
- 京都市立洛央小学校
- 京都市立下京渉成小学校
- 京都市立下京雅小学校
- 京都市立梅小路小学校
- 京都市立光徳小学校
- 京都市立七条小学校
- 京都市立西大路小学校
- 京都市立七条第三小学校
施設
交通
鉄道路線
- 京都市営地下鉄
- 西日本旅客鉄道(JR西日本)
- 東海道本線(琵琶湖線・JR京都線)
- 奈良線
- 京都駅 → (至木津駅)
- 山陰本線(嵯峨野線)
- 東海旅客鉄道(JR東海)
- 近畿日本鉄道(近鉄)
- 阪急電鉄
- 京福電気鉄道(嵐電)
道路
区内の主な通り
一般国道
名所・旧跡・観光スポット・観光名産品・祭事・催事
ファイル:170216 Nishi Honganji Kyoto Japan03s4.jpg
西本願寺 (世界遺産)
- 西本願寺(本願寺) - 世界文化遺産
- 東本願寺(真宗本廟)
- 佛光寺
- 五条大橋
- 京都タワー
- 京都駅
- 梅小路公園
- 京都鉄道博物館(旧梅小路蒸気機関車館)
- ならいごとの十色
- 龍谷大学大宮学舎(重要文化財5棟)
- 龍谷ミュージアム
- 角屋もてなしの文化美術館
- 輪違屋
- 柳原銀行記念資料館
- 祇園祭
- 京都水族館
出身著名人
- 上村松園 - 日本画家
- 梅原龍三郎 - 洋画家
- 幸野楳嶺 - 日本画家
- 金森萬象 - 映画監督
- 上原茂行 - プロ野球・元東京ヤクルトスワローズ2軍バッテリーコーチ
- 遠藤太津朗 - 俳優
- 三田寛子 - タレント
- 目川重治 - 探偵
- 清水直行 - 元プロ野球選手(投手)
- 西脇隆俊 - 政治家、元官僚
その他
脚注
注釈
出典
外部リンク
- 下京区役所 - 京都市情報館(公式サイト)
典拠レコード: