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万暦帝

万暦帝(ばんれきてい)

[生] 嘉靖42(1563)

[没] 万暦48(1620)

中国,明の第 14代皇帝 (在位 1572~1620) 。姓名は朱翊鈞 (よくきん) 。諡は顕皇帝。廟号は神宗。隆慶帝の第3子。 10歳で即位したので,先帝の付託により大学士張居正が政治をもっぱらにした。彼は官職の整理,田地の調査など諸政の改革を行い,財政も充実した。しかし彼が没すると,帝の放漫な政治が始った。ことに長子常洛をさしおき,第3子常洵を偏愛したことから立太子問題が紛糾し,これを機に廷臣間に東林派 (東林党 ) と非東林派の党争が生じた。またいわゆる万暦の三大征 (寧夏,朝鮮,貴州の兵乱) があり,特に豊臣秀吉の朝鮮の役 (文禄・慶長の役 ) には膨大な戦費を費やし,国庫が窮乏したために宦官を全国に派遣し,鉱山を開き,あるいは商税を増徴したが,税吏の誅求ははなはだしく,各地で民変が起った。さらに宮中三殿の造営や満州族の興起など万暦時代は内外ともに多事であった。しかし貨幣経済の発展で商工業は繁栄し,学芸にもみるべき発展があった。