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リヴィン

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LIVIN(リヴィン)とは、西友が運営する大型店のこと。

かつては、「西武百貨店」と同じ名称・意匠である「西武」の名称で、全国各地に百貨店業態の大型店を出店していた。

カタカナの表記は、「リビン」ではなく「リヴィン」である。

概要

西友運営の「西武」店

ファイル:KoriyamaSeibu Special agreement Parking loted 20120109.JPG
西友郡山西武店特約駐車場看板(2012年1月9日撮影、現在は撤去)
ファイル:Wrapping paper of the Tsuruya-seika's Miyako-Manjū in Seibu Department Store.jpg
西友の「西武」店でも使用されていた西武百貨店の包装紙

西武流通グループ(後のセゾングループ)に属していた西友(当時の西友ストアー)は、1970年代前半にかけて、各地の地方都市に大型店を出店させた。しかし、地方都市などではGMS(総合スーパー)業態ではなく百貨店業態としての出店を要望する声があり、各地で出店状況や競合関係が異なっているにもかかわらず、チェーンストアとしての出店が取られたこともあり、あまり成功せず[注釈 1][2]、1975年(昭和51年)6月の常務会にて、同じグループの西武百貨店の店舗ノウハウを吸収し、店長予定者を西武百貨店の地方店へ、バイヤーを西武百貨店の商品部に出向させるなど、西武百貨店との人事交流を行うことを提案[2]。そこで、西武百貨店から「西武」の名称・意匠を借り、地方百貨店型の店舗として、1976年7月の富山西武店から出店を開始した[2]

西武百貨店と同一の制服や包装紙を採用するなどして高級感を演出し、実際に百貨店級の商品を扱ったりするなど各地で展開。西武百貨店とセゾングループのブランド力、さらに駅前の「箱モノ」として歓迎された事もあり、全国に西武網ができあがった。主に、駅前立地型の多層階店舗が多かったが、光が丘西武店や春日井西武店(後のザ・モール春日井のキーテナント)などの郊外型店舗、「ザ・モール」内のキーテナントとして姫路西武店や小倉西武店に出店したこともあった。

1980年(昭和55年)9月からは、店舗毎の店舗運営から新設された百貨店事業部へ移設[2]。 1994年(平成6年)2月16日には西武店舗を運営する百貨店事業部と大型店事業部(西友のGMS運営)が統合して「SEIBU事業部」が発足[3]。同時に仕入れも各西武店舗での個別仕入れから、西友店舗と同じ仕入れに切り替え、商品構成もGMSと百貨店との中間グレード狙った店舗を目指した[4]。同じ年の4月21日にはその一環としてザ・モール姫路のキーテナントに姫路西武店を出店[5]、6月9日にはGMS店舗だった西友オズ大泉店をオズ大泉西武店へ業態転換させた[6]

新生活百貨店「LIVIN」への改称

ファイル:LIVIN-Shopingbag.JPG
LIVINで使用されている買い物袋(包装紙も同じデザイン)。

バブル崩壊後はイオンに代表される郊外型ショッピングセンターが台頭し、ほとんどが駅前立地だった西武店の各店舗も不振が目立ち始め、当時西友本体においても「東京シティファイナンス」での不良債権などを抱えていたこともあり、経営の足を引っ張ることとなった。

あくまでも、実態は西武百貨店の名称・意匠を借りた西友の店舗であり、西友の一店舗扱いとなるため、顧客からは西武百貨店の店舗と誤解するケースが頻発する[7]

西武百貨店では使用できる日本百貨店協会発行の「全国百貨店共通商品券」が、当時西友が日本チェーンストア協会に加盟していたため西武店では使用できず、1996年6月に西武百貨店が独自のポイントプログラムである「クラブ・オン」メンバーズシステムを導入するも、全くの別会社である西友は導入しなかったため、首都圏を中心に西武百貨店が多く存在する地域において、西友が運営する各地の西武店で「クラブ・オン」が使用できないなど混乱を生じた。

そこで「西武」を名乗っていた西友店舗は、1995年(平成7年)4月22日に開店したザ・モール小倉内の小倉西武店[8]をもって出店を停止し、1996年(平成8年)2月にはSEIBU事業部を廃止(再度設置した大型店事業部に移管)[9]1998年(平成10年)8月に、それまで百貨店業態である西武店から「ニューGMS」業態として開発した「LIVIN」(リヴィン)へと改称することを決定[10][11]1998年(平成10年)10月28日の光が丘西武店からリヴィン光が丘店への業態転換を皮切りに[12]、最終的には2000年(平成12年)9月に水戸・前橋・上田の各西武店がリヴィンへと改称し、2000年(平成12年)10月15日の郡山西武店の閉店[13]を持って西友の運営する「西武」店は消滅した。

なお、リヴィンへの改称に伴い、店舗の看板から制服・包装紙もリヴィン店舗独自のものに変更された。

現在

現在は、ウォルマート傘下(後に子会社化)になった影響もあり、各地域の運営部が運営に当たっている。

通常の西友の業態とは別扱いではあるが、名称や銘店売り場や大手衣料品テナントを入れている以外は、ほとんど差異は無い(かつて、イトーヨーカ堂が運営していたエスパの例に近似)。

店舗

クレジットカードセゾンカード(あるいはウォルマートカード)をハウスカードとしている。そのため、リヴィン各店には必ず「セゾンカウンター」が設置されており、セゾンカード決済による特定日のショッピング代金5%割引サービスを受けることができる。

なお、日本百貨店協会の会員ではないため、全国百貨店共通商品券の利用はできない。その代わりに商品券として「LIVIN商品券」が発行されていた(西武店時代には西友発行の「SEIBU商品券」が発行されていたが、2006年(平成18年)9月以降は西武百貨店やパルコなどでは使用できなくなっている)[14]

店舗は現在、郡山光が丘、田無、オズ大泉(OZ大泉)、みずほ、よこすか、春日井姫路に存在する。このうち、郡山・みずほ・春日井・姫路はザ・モール内に存在する。

現在営業している店舗

光が丘店

光が丘西武」店として1987年(昭和62年)4月開店[15]。1998年(平成10年)10月28日に新タイプのGMSの「LIVIN」へと業態転換[12]。新GMS業態として開発したLIVINの最初の店舗である[12]

忠実屋フランツ練馬店(後のダイエー練馬店。現・イオン練馬店)と複合ショッピングセンター・光が丘IMAの核テナントの一つとして出店している。

開業時から西友で初めて仕入れや展示のほか顧客管理まで含めた売場の職務全般を委ねる年俸制パートタイマー制度を試験的に導入した[15]

2012年(平成24年)秋には、ウォルマート仕様の売り場へと大幅に改装され、タワーレコードABCマートユニクロがテナントとして新たに入居。

かつて3階には、東京テアトル運営の映画館「光が丘テアトル西友」が入居していた。

オズ大泉店

オズ大泉店(OZ大泉店)は、東映東京撮影所にあったオープンセットの敷地を再開発する形で建設し[16]、東映のショッピングセンター・プラッツ大泉のキーテナントとして1983年(昭和58年)4月に「西友オズ大泉店」が開店[17]。 1994年(平成6年)6月9日に「オズ大泉西武」店に[18]、1999年(平成11年)4月24日に現在の「LIVIN」へと業態転換している[19]。ちなみに、練馬区内にはLIVIN店舗が光が丘店と2店存在する。

オズ大泉店周辺には、店舗の正面には前述の通り東映東京撮影所とシネマコンプレックスT・ジョイ大泉の入ったOZ STUDIO CITY、店舗の右側には東映アニメーションの本社が所在する。

あずまきよひこの漫画作品「よつばと!」1巻の第5話などでは同店を模したデパートが登場しており、同店の南側入り口やエスカレーター(店内)などが忠実に描かれている[20]

田無店

田無店(たなし-)は、1995年(平成7年)3月10日に「田無西武」店としてオープンした[21]。その後、1999年2月に田無西武店は現在の「LIVIN」へ業態転換している。1F-3Fはアスタ専門店街とつながっている。

このアスタには、イトーヨーカドー田無店が衣料品のみの店舗を出店している[注釈 2]

1995年(平成7年)6月まで田無駅北口にあった西友田無店とは、別に田無西武店オープン後もしばらく並存していた[注釈 3]

みずほ16店

2002年(平成14年)3月13日に「ザ・モールみずほ16」の核店舗として開店[22]。現時点で「LIVIN」業態としては最後の出店である。

よこすか店

よこすか店は、2000年(平成12年)9月13日に「LIVIN」業態では初の新規出店店舗として[23]横須賀市平成町に開店。

2009年(平成21年)11月には、西友やその親会社であるウォルマートが目指すEDLP方針を強く打ち出した店舗として改装された[24]

郡山店

ファイル:THE MALL Koriyama.JPG
ザ・モール郡山内にあるLIVIN郡山店(画像から右側の棟)

郡山店(こおりやま)は、JR郡山駅前にあった「郡山西武」店を、新たに「LIVIN」業態として、同市旧市街地のはずれに位置する長者一丁目の日東紡郡山第二工場跡に2000年(平成12年)11月22日に移転開業「ザ・モール郡山」の核店舗として移転開店した[25]

春日井店

春日井店(かすがい)は、「春日井西武」店として「西武春日井ショッピングセンター」の核店舗として1977年(昭和52年)6月に開店[17]。開業直後から数年間毎年前年比で二桁の売上増を記録した優良店舗であった[17]

1992年(平成4年)6月5日には増床と同時に「ザ・モール」の一号として「ザ・モール春日井」が開業[26]。 2000年(平成12年)に現在の「LIVIN」に業態変更した。

過去に存在した店舗

リヴィンとして閉店した店舗

錦糸町店
ファイル:Rakutenchi Bldg. 2.jpg
LIVIN錦糸町店(左側の青い看板)

東京楽天地の楽天地ビル[27]の再開発時のキーテナントとして誘致し、1986年(昭和61年)11月5日に「錦糸町西武」店として開店[28]。地元商店街側から百貨店業態での出店を要望したこともあり[29]、「西武」店として出店。

1999年(平成11年)6月16日に「LIVIN」に業態転換した[30]

同時に、運営会社である株式会社錦糸町西武も設立された[28][29]。 運営会社の錦糸町西武は、1991年(平成3年)度に「西友」から譲渡することが公正取引委員会から許可を得られた[31]ため、同年6月に西武百貨店八王子店の運営会社であった株式会社八王子西武と合併し、実質西友経営に移管した上で八王子西武も店舗運営したが、1993年(平成5年)8月25日に閉店した[32]。 その後、株式会社錦糸町西武は1997年(平成9年)3月をもって西友本体に吸収された[29]

2017年(平成29年)10月9日をもって休業。改装し、2018年にオープンする予定[33]。ただし、出店していた地下1階から地上7階までのうち、地上1階から7階にはパルコが出店する予定である[34]

水戸店

茨城県水戸市三の丸1[35]-1-12。地上6階 地下1階建て、売場面積1万4,573m2[36]

西友ストアー水戸店(ショッピングタウン・ミト)[37](GMS)として1971年(昭和46年)9月24日開店[38]。5階には、ハヤミズ家具センターが入居[37]。屋上駐車場も完備していた[37]

1988年(昭和63年)4月29日に「水戸西武」店に業態転換[39]。西友時代は、水戸駅側からは少し奥まった立地となっており、入り口も水戸駅左手の銀杏坂側にしかなかったが、業態転換と同時に水戸駅のペデストリアンデッキ側の用地を取得し増築し、ペデストリアンデッキ側からも行き来できるようになる[40]。増築した棟の6階には「水戸テアトル西友」が同時に入居した[40]

2000年(平成12年)9月22日に「LIVIN水戸店」としてに再び業態転換[41]。2009年(平成21年)3月31日閉店[42]

2012年(平成24年)に店舗解体が始まり[43]、解体完了[44]。同年9月に埼玉県の通信販売企業ベルーナに売却[44]。しかし、その後は買い手がつかず、2018年(平成30年)現在も、空き地の状態が続き、一部土地はコインパーキングとなっている。

前橋店

群馬県前橋市本町2-12-1[45]

西友ストアー前橋店」(GMS)として1975年(昭和50年)6月開店[17]。1978年(昭和53年)9月に「前橋西武」店へ転換[17]。2000年(平成12年)9月に「LIVIN」に改称。2004年(平成16年)1月12日に閉店した。ウォルマート傘下での初の閉店。別館と駐車場棟に当たるWALK館は2006年(平成18年)1月29日に閉店した[46]

群馬県外の出身者の利用の多い店舗であった[47]

跡地は、2007年(平成19年)12月8日に前橋市の公共施設「プラザ元気21」として活用され、地階には地元スーパーフレッセイが入居した。

WALK前橋

1987年(昭和62年)9月開店 - 2006年(平成18年)1月29日閉店[46]。店舗面積1,177m2[46]

1987年(昭和62年)完成の坂倉建築研究所が設計した建物[48]

店舗跡は空きビルとなり[49]、地下1階から地上2階までを改築し[48]、2013年(平成25年)10月26日に前橋市立美術館「アーツ前橋」として開館した[50]

上田店

長野県上田市天神1丁目[51]

西友ストアー上田店」」(GMS)として1974年(昭和49年)10月開店[51]。1976年(昭和51年)9月に「上田西武」店に業態転換[51]

2000年(平成12年)9月に「LIVIN」に業態転換[52]

2009年(平成21年)3月31日閉店[53]。建物は解体された[54][55]

跡地は駐車場として使用されていたが、2013年、上田市天神地区に新たなホテルの建設を計画していたルートインジャパン株式会社(ホテルルートイン)に売却された[55][56][57]2014年11月、「ホテルルートイングランド上田駅前」着工[58][59]2016年3月開業[60]

宝塚店

兵庫県宝塚市逆瀬川1-2-13[61]

宝塚西武」店として、1987年(昭和62年)3月[61]12日開店。宝塚市の事業として建設された逆瀬川駅南口の再開発ビル「アピア1(現;アピアさかせがわ)」核店舗として入居した[62]

1999年(平成11年)11月6日に「LIVIN」に業態転換した[63]後に、2006年(平成18年)6月30日閉店[46]

2008年(平成20年)、ビルのオーナーである第3セクター「宝塚まちづくり会社」が11億円の負債を抱えて経営破綻した。その後、地権者ごとの複雑なフロア構成を見直すリニューアルを実施。地階にはイオン系列の光洋(本社大阪市)と地元資本のいかりスーパーマーケット(本社西宮市)の2社のスーパーマーケットを入れ競争させる等の活性化策を行った[64]

姫路店

姫路店(ひめじ)は、1994年(平成6年)4月21日に「ザ・モール姫路」の核店舗として「姫路西武」店開店[5]。百貨店とGMSの融合を目指した「SEIBU事業部」発足後初の店舗となった[4]

2018年2月2日、GMS大手のイズミが、西友との間で当店舗の譲渡契約を交わし(2月1日付)、ザ・モール周南(核店舗は西友ザ・モール周南店)と共に西友から当店舗の経営権を取得して「ゆめタウン」にリブランドすることを発表した[65]。2018年5月15日には、「リヴィン」が閉店[66]。7月下旬をもって施設を譲受け、2018年秋にスーパーマーケット部分をオープン、2018年内に改装全館グランドオープンの予定。

西武店として閉店した店舗

郡山西武店

郡山市駅前1丁目16[45]。売場面積約12,859m2[67]

1975年(昭和50年)9月9日に東邦精麦郡山駅前ビルのキーテナントに「西友ストアー郡山店」として開店[68]。翌年の1976年(昭和51年)11月6日に「郡山西武」店に業態転換[69]

丸井郡山店うすい百貨店(うすい)などとともに、郡山市内外を代表する大型店として君臨し、ピークである1991年度には170億円を売り上げた[67]。しかし、バブル崩壊の影響による不景気や、郡山市周辺の郊外大型店の進出。更にうすいが1999年(平成11年)11月3日東北最大規模である売場面積31,459m2の新店舗を開業させた影響で[70]、2000年2月期の売上高は105億円にまで減少[67]。当初は、ザ・モール郡山と併存する予定[71]だったが翻意し、2000年(平成12年)10月15日に閉店[13][72]。2000年(平成12年)11月22日に開業した「ザ・モール郡山」内のリヴィン郡山店[25]に移転する格好となった。

ビルは、オーナーである東邦精麦が開設、西友が運営に参加する[73]のファッションビル「アティ郡山」に2001年(平成13年)5月25日に生まれ変わった[74]が、2011年(平成23年)5月に西友が契約満了を機会に完全に撤退することになった[73]

そのため東邦精麦が自ら運営することになり[73]、2011年(平成23年)9月22日にヨドバシカメラマルチメディア郡山が新たな核店舗として開店し[75]、同月29日に26店舗が出店する商業施設として新装開店した[75]。西友側のテナント運営を満了したことに伴って経営から手を引くこととなり、ヨドバシカメラなどが入居するビルとして秋にリニューアルオープンした。

また、アティ開業時には、地階に「西友郡山アティ食品館」としてSM業態を出店した[74]が再撤退した。

藤沢西武店

神奈川県藤沢市南藤沢3-1[76]。地下1階 地上8階建て、敷地面積 約2,200m2[77]、売り場面積 約10,394m2[78]

1975年(昭和50年)8月に西武百貨店がと資本提携を結した地方百貨店「志澤[79]から「藤沢店」を買収し、1978年(昭和53年)9月[17]15日開店。

1989年平成元年)には「感性ファッション二十貨店」を掲げ、婦人服を中心とした衣料品売場の強化と店舗改装を重ね[78]、1991年度には122億1300万円の売上を誇ったものの、バブル崩壊の影響を受けて1995年度には96億1600万円に減少。元々売り場面積が狭く、十分な品揃えができなかったことも重なり、1997年(平成9年)1月31日閉店[77]。西友の百貨店業態店舗としては、初の閉店となった。

ビル解体後、跡地は「クリオ藤沢駅前ビル」(複合ビル)

甲府西武

山梨県甲府市丸の内1-8-5[45]

中込百貨店から買収し、1975年(昭和50年)4月に「中込西友甲府店」として開業[17]。1979年(昭和54年)3月に、「甲府西武」店となった[17]

1998年(平成10年)[80]2月15日閉店。跡地は「山梨県民情報プラザ」として使用された後解体され、新たに山梨県防災新館が建設される。

別業態で閉店した店舗

セイヨー(SEIYO)仙台店

宮城県仙台市青葉区中央4-1-1。

1991年(平成3年)3月に、宮城県を中心に展開していたスーパー「エンドーチェーン」との業務提携により、エンドーチェーン仙台駅前店(1991年8月閉店)を百貨店事業部に譲渡する形で1991年11月に開店[81]

提携契約終了と売上の伸び悩みにより、1997年7月閉店。同店はエンドーが運営するテナントビル「EBeanS」となった。

西友としては、「ザ・モール仙台長町」として事実上移転開業。

小倉西武店

北九州市小倉南区下曽根新町10-1[82]

1995年(平成7年)4月22日開店[8]。後に「西友ザ・モール小倉」へ転換しており、LIVINではなく「西友」に転換された唯一の店舗となった。業績低迷により、2015年(平成27年)8月31日に閉店することになった[83][84]

直営売り場面積は約13,150m2で、施設全体の売り場面積は約31,963m2であった[82]。また、施設全体の敷地面積は約36,300m2[84]、延べ床面積は約81,717m2であった[82]

西武百貨店に移管した店舗

旭川西武店

北海道旭川市1条通り8丁目右1号。

1975年(昭和50年)8月8日に「旭川西武」店開店[85]。1981年(昭和56年)9月1日には[85]、「北海道緑屋」と「旭川西武」が合併し[17]、隣接する「ams 旭川緑屋ストアー」と運営が統合された[85]

1988年(昭和63年)に「五番館」と「旭川西武」が合併して「西武北海道」となったため同社の運営に移り[86]、1997年(平成9年)3月1日に西武百貨店に吸収合併された[85]が、2016年(平成28年)9月30日に閉店した[87]

函館西武店

北海道函館市梁川町9[88]。延べ床面積約25,000m2の建物で[89]、店舗面積約12,300m2であった[88]。坂倉建築設計事務所の設計による大沼の白鳥を摸した建物で、1982年(昭和5年)6月には建築業協会賞を受賞している[17]

1981年(昭和56年)3月に[88]函館西武」店として開店[17]。西武百貨店40%、西武化学工業20%、西友ストアー15%、江原産業15% 、北海道西武10%という出資比率で設立した資本金10億円の「函館西武」が運営する形で開業した[17]

1991年(平成3年)度に「西友」から譲渡することが公正取引委員会から許可を得られた[31]ため、「西武北海道函館西武店」となった[90]

1997年(平成9年)3月1日に西武百貨店に吸収合併されたため西武百貨店に移管され[85]、2003年(平成15年)8月10日に閉店した[91]。最盛期の1991年(平成3年)に売上高約128億円を上げたが、郊外型大型店との競合などの影響で2002年(平成14年)には売上高約82億円へ減少したため、西武百貨店の再建策の一環として閉店となった[88]

当店閉店後、本町から当店のあった梁川町への人の流れが減少し、隣接するテーオーデパートの売上が減少するなど店舗周辺の商店街の集客力や売上が減少するなどの影響が出た[89]

店舗跡は2005年(平成17年)12月22日に西友系不動産管理会社のエスシーシーが運営する複合娯楽施設「パボッツ函館(現・テキサス函館)」として開業した[92]

ほんきん西武

秋田県秋田市中通2-6-1。

1983年(昭和58年)、本金との合弁会社「株式会社本金西武」設立。1984年(昭和59年)4月25日に秋田駅前再開発中央地区の秋田中央ビルが完成し、同月27日に開店した[93]

1988年(昭和63年)に、西武百貨店資本参加により子会社化。2005年(平成17年)3月に「株式会社本金西武」を西武百貨店が吸収合併して直営店化した[94]

富山西武店

富山市総曲輪3丁目[95]4-15。

富山西武」店として1976年(昭和51年)7月2日開店。2006年(平成18年)3月31日に閉店した[96]

西友初の百貨店業態の店舗で、西武百貨店と当時提携していた大和の富山店のすぐ近くへの出店で競合関係となったため、当店開店翌月の1976年(昭和51年)8月に提携が解消となった[97]

店舗跡の土地約3,100m2は大和小田急建設が取得し[95]、周辺を含む約3,800m2に商業施設とマンションに駐車場を併設した複合ビルを建設するため、2013年(平成25年)2月14日に総曲輪3丁目地区市街地再開発準備組合が発足した[98]

小松西武店

石川県小松市土居原町10-10。

西友ストアー小松店」(GMS)として1970年(昭和45年)12月に開店[99]。1983年(昭和58年)、「小松西武」店に転換[99]。1991年(平成3年)度に「西武北陸」から「西武百貨店」に譲渡することが公正取引委員会から許可を得られた[31]ため、1992年(平成4年)10月に西武百貨店小松店となった[99]。1996年(平成8年)12月閉店[99]

店舗跡は1998年(平成10年)3月21日に大和小松店が開店したが[99]、2010年(平成22年)6月25日に閉店した[100]

備考

  • スーパー経営の百貨店店舗は、ダイエーの「プランタン」(現在はダイエーグループから離脱)、イトーヨーカドーの「ロビンソン百貨店」(現在は西武百貨店に転換)、イオンの「ボンベルタ」などが挙げられる。
  • 似たような事例として、西武百貨店の高級スーパー業態だった「ハウディ西武」を西友が運営していた事例があった。長野県にあった店舗は、当時西友の子会社であった「エス・エス・ブイ」が運営して営業していたが[101]、現在は西友長野石堂店として営業している。

脚注

注釈

  1. 西友ストアー大分店は、1977年4月大分パルコへ業態転換した[1]
  2. アスタの敷地の一部がイトーヨカドー田無店であったため。再開発以前の店舗も衣料品のみの取り扱いであった。
  3. 元々再開発に対応していた建物で、再開発時に道路となった軒先部分が取り壊されて、しばらく存在していたが、閉店後に「田無マーブルビル」として改築された。

出典

  1. ““最後”にどっと 入店3倍! 大分パルコ”. 大分合同新聞 (大分合同新聞社). (2011年1月31日)
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 由井常彦 『セゾンの歴史 変革のダイナミズム 下巻』 リブロポート、1991年6月1日。ISBN 978-4845706259
  3. “西友、2月16日から組織変更、百貨店と大型店を統合「SEIBU事業部」新設”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1994年2月9日)
  4. 4.0 4.1 日経流通新聞 1994年4月28日付『戦略店舗を追う(17)「百貨店とGMS融合 西友・姫路西武(兵庫)」』より
  5. 5.0 5.1 “西友、コミュニティー型SC「ザ・モール姫路」21日開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1994年4月6日)
  6. “西友オズ大泉店オープン、生鮮“こだわり”追求、話題商品売れる”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1994年6月15日)
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関連項目

外部リンク