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ヤーセル・アラファート

(アラビア語: ياسر عرفات‎、Yāser ‘Arafāt、英語表記: Yasser Arafat など、1929年8月24日 - 2004年11月11日)

パレスチナ解放機構 PLOの指導者。第1次中東戦争 (パレスチナ戦争 ) 後,カイロ大学工学部在学中にパレスチナ学生同盟議長となる。 1957年クウェートに移り,建設技師として働くかたわらゲリラ組織ファタハに参加し,1968年議長に就任。 1969年 PLO議長となり,以後,複雑な中東情勢の変転と組織内抗争のなかで国際的にパレスチナを代表する顔として,パレスチナ人の民族的権利回復のために活躍。 1974年以降,PLOは国連オブザーバーの地位を認められ,1976年以降アラブ首脳会議の正式メンバーとなった。 1982年イスラエルのレバノン侵攻により本拠をチュニジアのチュニスに移したあとも,世界各地でパレスチナの大義を訴え続けた。 1988年パレスチナ民族評議会でパレスチナ国家独立を宣言 (パレスチナ国家問題 ) ,翌 1989年パレスチナ国家の大統領に選任される。湾岸戦争でイラク寄りととれる姿勢を示したため苦境に立ったが,1993年イスラエルとの間で相互承認を実現,パレスチナ暫定自治協定の調印に導いた。 1994年中東和平における歴史的和解への道を開いたとして,イスラエルのイツハク・ラビン首相,シモン・ペレス外務大臣とともにノーベル平和賞を受賞。 1996年パレスチナ暫定自治政府議長に就任。