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ベトナム共産党

政党  ベトナム
ベトナム共産党
Đảng Cộng sản Việt Nam
黨共產越南
国会
475 / 500   (95%)
(2016年5月22日)
政治的思想・立場 共産主義
マルクス=レーニン主義
ホー・チ・ミン思想
市場社会主義
公式サイト ベトナム共産党公式サイト
国際組織 共産党・労働者党国際会議
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テンプレート:ベトナム ベトナム共産党(ベトナムきょうさんとう、ベトナム語: Đảng Cộng sản Việt Nam / 黨共產越南)は、ベトナム政党マルクス・レーニン主義ホー・チ・ミン思想を国の指導理念として掲げ、共産主義の実現を目指す一方、現在では市場経済を容認・推進しつつある。ベトナム社会主義共和国憲法において「国家・社会の指導的勢力」と規定され、一党独裁を敷いている。

名称

  • 1930年 ベトナム共産党(便宜的に旧ベトナム共産党とする場合もある)
  • 1930年 - 1945年 インドシナ共産党ICP
  • 1945年 - 1951年 ベトナム独立同盟会ベトミン)に合流
  • 1951年 - 1976年 ベトナム労働党
  • 1976年 - 現在 ベトナム共産党CPV

歴史

1930年2月3日コミンテルンから派遣されたホー・チ・ミン(胡志明)がベトナム国内の複数の急進的社会主義政党を糾合して香港ベトナム共産党を創設。同年10月の第1回中央委員会でコミンテルンの指示を受けてインドシナ共産党(Đông Dương Cộng sản Đảng、東洋共產黨)と改称し、初代書記長にチャン・フー(陳富)を選出した。1935年には第1回党大会をマカオで行なった。

1945年9月2日ベトナム民主共和国(北ベトナム、初代国家主席はホー・チ・ミン)成立後、「インドシナ戦争をより広範な基盤の上で展開するため」として、同年11月、ベトミンベトナム独立同盟会)に合流し、インドシナ共産党は解散した。ただし、実態としての共産党組織はベトミン内で温存された[1]1951年2月、共産党組織が再建され、ベトナム北部のトゥインクワン(宣光)で第2回党大会を開催し、ベトナム労働党として再発足、ホー・チ・ミンが党主席に就任した。1960年の第3回党大会は首都ハノイ(河内)で開かれ、この中で南ベトナムの解放北部における社会主義建設が謳われた。1969年9月2日にホー・チ・ミンが死去。党主席は空位となり、党第一書記のレ・ズアン(黎笋または黎筍)が党首の職務を継承した。北ベトナムがベトナム戦争に勝利すると、ベトナム労働党は第4回党大会を開き、名称をベトナム共産党に改称した。

しかし、その後のカンボジアへの軍事介入による国際的孤立が著しい経済困難を招き、1986年7月、レ・ズアンが死去するとチュオン・チンが書記長になったが、12月の第6回党大会でドイモイ(刷新)路線が採択され、グエン・バン・リンが書記長になった。以後は中国に倣った一党独裁制(1988年まではヘゲモニー政党制、以降は一党制)の維持と外国投資導入による経済成長の追求が基本政策になっている。1991年にはドー・ムオイが書記長に就任。1997年からはレ・カ・フュー2001年からはノン・ドゥック・マイン2011年からグエン・フー・チョンが書記長を務めている。

2006年4月に開かれた第10回党大会では、その直前に発覚した汚職事件で交通運輸省次官が逮捕され、悪化する党官僚の腐敗に対するノン・ドゥック・マイン書記長の責任を問う声が強まったため、反対派がグエン・ミン・チェット(阮明哲、当時ホーチミン市党委員会書記)を立てて書記長を中央委員の自由選挙で選ぶことが決まった。直前にチェットが辞退したため投票は行われずマイン書記長は再任されたが、党員の意識変化を象徴する出来事としてベトナム国外で大きく伝えられた。

機構

党員は2011年時点で約360万人。5年に一度招集される党大会が最高機関。党大会は大会閉会中の最高指導機関として中央委員会を選出する。中央委員会は、最高意思決定機関として政治局を、また党の日常業務の処理機構として書記局を選出する。党首に相当する中央委員会書記長は2011年1月以来、グエン・フー・チョン。

党内序列は常に書記長English版が1位で、国家主席首相はこれに次ぐ。他の一党制国家と同様、党が国家に対して優位に立つため、国家における役職よりも党における役職のほうが意味を持つ仕組みである。ベトナム人民軍の憲法上の最高指揮官は国家主席であるが、事実上の最高指揮官は党中央軍事委員会書記を兼任するベトナム共産党書記長とされている。しかし、ベトナム労働党成立以後、この三つの役職は兼任されないトロイカ体制が慣例化しており、党内権力の集中度は中国共産党朝鮮労働党ほどではない。

歴代共産党書記長

インドシナ共産党

名前 就任 退任
1 100px チャン・フーEnglish版(陳富) 1930年 1931年
2 100px レ・ホン・フォン (黎紅風) 1935年 1936年
3 100px ハ・フィー・タップEnglish版(何輝習) 1936年 1938年
4 100px グエン・ヴァン・チュEnglish版(阮文巨) 1938年 1940年
5 100px チュオン・チン(長征) 1941年 1945年

ベトナム労働党

ホー・チ・ミンが党主席として党内序列第1位、党務の運営責任者である第一書記は序列第2位であった。

名前 就任 退任 備考
1 100px チュオン・チン(長征) 1951年2月 1956年11月1日 第一書記。
2 100px ホー・チ・ミン(胡志明) 1956年11月1日 1960年9月10日 党主席と第一書記を兼任。
3 100px レ・ズアン(黎筍) 1960年9月10日 1976年12月20日 第一書記。1969年のホー・チ・ミン死去後、
党主席職は廃止され、第一書記が党内序
列第1位となる。

ベトナム共産党

名前 就任 退任
1 100px レ・ズアン(黎筍) 1976年12月20日 1986年7月10日
2 100px チュオン・チン(長征) 1986年7月10日 1986年12月18日
3 100px グエン・ヴァン・リン(阮文霊) 1986年12月18日 1991年6月27日
4 100px ドー・ムオイ(杜梅) 1991年6月27日 1997年12月29日
5 100px レ・カ・フュー(黎可漂) 1997年12月29日 2001年4月22日
6 100px ノン・ドゥック・マイン(儂徳孟) 2001年4月22日 2011年1月19日
7 100px グエン・フー・チョン(阮富仲) 2011年1月19日 現職

脚注

  1. 坪井善明『ヴェトナム新時代 ― 「豊かさ」への模索』(岩波書店〈岩波新書〉、2008年)、188ページ。

関連項目

外部リンク

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