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ブラジル人

Brazilians
Brasileiros
総人口
テンプレート:Circa 207 million
(2015 estimate)
居住地域
ブラジルの旗 ブラジル テンプレート:Nbsp 190,755,799[1] (2010 Census) テンプレート:Nbsp
テンプレート:Nbsp204,450,649[2](2015 estimate)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ 1,315,000[3]
パラグアイの旗 パラグアイ 349,842[3]
日本の旗 日本 179,649[3]
ポルトガルの旗 ポルトガル 166,775[3]
スペインの旗 スペイン 128,638[3]
イギリスの旗 イギリス 120,000[3]
ドイツの旗 ドイツ 113,716[3]
スイスの旗 スイス 81,000[3]
フランスの旗 フランス

108,700[3]

  • 70,000 in metropolitan France
  • 38,700 in French Guiana
イタリアの旗 イタリア 69,000[3]
ベルギーの旗 ベルギー 48,000[3]
アルゼンチンの旗 アルゼンチン 47,045[3]
カナダの旗 カナダ 39,300[3]
ボリビアの旗 ボリビア 28,546[3]
オーストラリアの旗 オーストラリア 27,000[3]
オランダの旗 オランダ 21,948[3]
Other countries combined 211,063[3]
言語
Primarily Portuguese[4]
Indigenous languages[5]
Various other languages by minorities
宗教
Christian majority and various other denominations
関連する民族
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ブラジル人ポルトガル語: Brasileiros)とはブラジルの国民のことである。また、ブラジル人とはブラジル市民権を得た父親または母親の子として、別の国で生まれた人、もしくはブラジル市民権を得た人を指すこともある。

定義

Constitution of Brazilによると、ブラジル人とは、

  • ブラジルで生まれた者。両親が外国人の場合もあてはるが、しかし、その両親が外国人である者が外国の官公庁で働いている場合(外交官など)、その子供はブラジル人にはなれない。
  • ブラジル人の父親か母親の子供としてブラジル大使館または領事館で出生登録をし、外国で生まれた者。また、ブラジルで出生登録を受けてないブラジル人の父親か母親の子供として外国で生まれたが、18歳以上になってからブラジルに移住している者[6]
  • ブラジルに居住している外国人で、ブラジル国籍の申請をし、受理された者。

憲法にはブラジル市民権を持っている者は、人種、民族、性や宗教に関わらず皆平等であると書かれている。

ブラジルで国外退出もなく続けて4年間ブラジルで生活し、ポルトガル語が話せる外国人はブラジル市民権を申請できる。公用語がポルトガル語である国の出身(ポルトガルアンゴラモザンビークカーボベルデサントメプリンシペギニアビサウ東ティモール)の人は、途中で国外退出がなければ、1年後にブラジル市民権を申請できる。

ブラジル市民権を持っている外国人は、生まれつきブラジル国籍を所有している人とまったく同様の権利や義務を持っているが、大統領副大統領防衛大臣国防長官下院議長軍隊外交官になることはできない[6]

概要

ブラジル人は主に入植者、独立後の移民者、アフリカの奴隷、ブラジル先住民の子孫たちであり、多くはポルトガル、イタリアスペイン、ドイツ語圏の人たちである。日本人ポーランド人ウクライナ人、レバントアラビア人の人たちもたくさんいる。1820年代から1970年代にかけてブラジルに渡った他の移民たちも同様である[7]

ブラジルは多民族国家である。1列目: ポルトガル人ドイツ人イタリア人アラブ人日本人。2列目: アフリカ人パルドカフーゾムラートカボクロ)、先住民
Main Brazilian ethnic groups.

植民地時代(1500年〜1822年)

主に3つのグループが存在した。ブラジル先住民、ヨーロッパからの入植者、アフリカ系の労働者である。

  • 当時、最初の移住者が16世紀に到着する前、ブラジルには推定240万人のアメリカ先住民が生活していた。彼らは更新世以来ずっとブラジルで生活していて、現在でも多くの部族や民族を形成し、その数は数百にものぼり、多様な特徴、形や色合いを見せている。1498年辺りに初めてドワーティ・パチェーコ・ペレイラ率いる軍勢がブラジルに攻め込んできて、その後1500年と1502年にそれぞれ240万人と310万人の軍勢を率いたペドロ・アルヴァレス・カブラルアメリゴ・ヴェスプッチが続いたが、その時点で何人の先住民が生活していたのかというのは諸説ある。より正確なデータとしては、ブラジル先住民は入植者が運んできた伝染病(インフルエンザ天然痘しょう紅熱結核)や戦闘(ポルトガル、フランス、オランダと軍事同盟を結び、その結果起きた組織的大量虐殺によって死者が増え、さらに入植者が来た後に流産をしてしまう先住民である女性の割合も増えた)によってブラジル先住民の3/4の人が死亡したというものがある。一方で、生き残った人たちはアマゾン川流域へ逃れ、ラテンアメリカの外へ移住する人もいた。イエズス会の保護の元で禁欲的な生活を送っていた先住民が都会へ抜け出し、移住した土地で異人種の人と結婚した人が多かったという事実も注目される。ヨーロッパで発生した病気が貿易ルートを経由して急速に広まり、ヨーロッパ人と直接戦闘などで関わったわけでもないのに先住民は全滅寸前まで追い込まれた。現在、51万7千人の先住民が定住していて16万人の人がいろいろな方言の母国語を話す。数百万人のブラジル人は異人種間で戦闘などがあったためにアメリカ先住民の血が混ざっている。
  • 公式の記録では、ブラジルは1500年にポルトガルによって発見され、72万4千人のポルトガル人入植者が植民地時代の終わりごろまでに入国してきたとされる[8]。その多くは男性であった。その72万4千という数字よりはるかに多い人が入国しただろうと主張している別の資料もる。イエズス会修道士はポルトガル王国に、両親を亡くして孤児になっている王室の保護下にある女性を移住者と結婚させるためにブラジルに送ってほしいと頼んだが、彼女たちはÓrfãs d'El-Reiという名称で知られている[9][10][11][12]。植民地を統治する過程で、または国王のために戦ったなどの過程で亡くなってしまった貴族の娘は身分の高い入植者と結婚した。1551年、ブラジル北東部のバイーア港に最初の孤児たちのグループがやってきたが、19世紀まで、ポルトガルはずっとヨーロッパでブラジルに移住する人が多い国のひとつでしたが、もちろん他のヨーロッパの国からの移住もあった[10]
  • 他のいろいろなヨーロッパ諸国から移住してきた人がいましたが、明らかに最も多かったのはオランダであった。1630年から1654年にかけて、ブラジル北東部はオランダによる支配のもと、比較的少ない人数ではあるが、オランダ人入植者(オランダ系ブラジル人)とユダヤ人がブラジルに渡り、その人たちは後に宗教の自由を要求してきたのは注目すべきことである。そのユダヤ人はレシフェにカハル・ズル・イスラエル・シナゴーグというアメリカ大陸で最初のユダヤ教会堂を造った。2万人以上のオランダ人がブラジルに入国したと言われているが、そのオランダ人入植者とユダヤ人はブラジル支配が終わった後に追い出されてしまった。ブラジルに残った家族の多くはブラジル北東部の奥地のはずれ(ペルナンブコ、パライバ、リオグランデ・ド・ノルテ、セアラー他)に逃れるか、ポルトガル人の名前に改名したりした。ブラジル北東部の人たちに過剰にみられるハプログループ2のY染色体はオランダ人入植者と地元の人たちが結婚したことによるものが大きいと言われている。ブラジルから離れたユダヤ人の多くは、現在のニューヨークであるニューアムステルダムへ向かい、アメリカ合衆国で最古といわれるユダヤ教会堂Congregation Shearith Israelを創設した。ニューアムステルダムに住んでいたユダヤ人はキリスト教に改宗したが、彼らはCrypto-Judaismというひそかにユダヤ教を信じている人たちもいるニュークリスチャン、マラーノとして知られていた。そのオランダ領ブラジルにいたユダヤ人の人口は数千人に満たないほどではあったが、特に1500年以降最初の100年の間、非常に多くの以前ポルトガル人入植者としてニュークリスチャンにされてしまった人たちがブラジルに渡った。彼らはポルトガル王国やスペイン王国からの弾圧を逃れて、または追放されてブラジルに入国した。後に彼らは有罪判決を受けた、もしくは国外追放された人という意味のDegredadosという名前で知られるようになる。Degredadosという人たちは、イベリア半島のジプシーも含まれ、それがなぜ西側諸国でDegredadosが不思議なくらい多いかという理由になる。ブラジルはアメリカ大陸ではアメリカ合衆国に次いで2番目にジプシーが多い国です。また、20世紀にブラジルはバルト海沿岸、中央ヨーロッパ、西ヨーロッパからたくさんのジプシーを受け入れました。
  • 16世紀半ばから1855年にかけての大西洋の奴隷貿易により、様々な国や民族からなる推定360万人のアフリカ人がブラジルに渡り、その結果ブラジルはアフリカ人を祖先に持つ人がアメリカ大陸で一番多い国となった。過酷な環境のもとで、多くの奴隷は病気になり、死亡率がとても高くなっていたので、ブラジルの至る所にアフリカ系ブラジル人奴隷キロンボのコミュニティが出来た。興味深いことに、バイーアにいた奴隷のうちの少数はイスラム教徒であったが、彼らはサルヴァドールで反乱を起こしたが、すぐに軍隊によって鎮圧された。

1808年にポルトガルの裁判所がブラジルに移ったことにより、何千人ものポルトガル人が再びブラジルに渡り、その後1820年に他の国へ出港できる港を開いた。これにより、今までになかった大きな移民の波が押し寄せることになる。

大移動時代(1820年から1970年代まで)

この時代には世界中の人々がブラジルに渡り、その中の多くがヨーロッパ人であった。ブラジルは1820年から1950年にかけて、5686133のヨーロッパ人移民を受け入れた[13][14]。その中には当時栄えていたユダヤ人もいた。加えて、20世紀に95万のアジア人がブラジルに渡ったが、その中には、中東の人やキリスト教徒のレバントアラブ人、アジアで最大の人数を誇る27万の日本人などがいた[15][16][17][18]

1) 当時、移民のほぼ70%は南ヨーロッパの人たちであった。

  • このころに、2回目となるポルトガル人の大移住があり、ブラジルに到着した。180万人以上の人たちが移住してきた。この国が発見されたころにはすでにポルトガル人は存在していたが、そのせいで正確に何人の子孫が存在しているのか計算するのが難しくなっている。数百万人いる白人系ブラジル人は1870年代から1975年にかけて移住してきたポルトガル系移民の子孫である。加えて、ブラジル人は異なる民族と結婚する人が多いので、多民族国家ブラジルにはポルトガル系移民の子孫も点在している。そのポルトガル系移民の子孫の多くは、ポルトガル北部と中部にある歴史的な地区であるミニョ、トラス・オス・モンテス、ベイラ、エストレマドゥーラから来た人たちである。ブラジル北東部は過去に1回目のポルトガル人による大移住があった場所であるが、大移動時代の時にブラジル南東部でさらに大規模な移住があった。サンパウロが最も多い人数の移住を受け入れ、次にリスボンを除くとポルトガル領で最大の都市といわれているリオ・デ・ジャネイロが続く。以前ブラジル第2の都市だったリオ・デ・ジャネイロはかつてポルトガルの首都であり、ヨーロッパの外にある唯一のヨーロッパの国の首都であった。他のヨーロッパの国々では地方の独特な訛りに加え1600年代の古典的な音声が根付いていたのに対し、リオ・デ・ジャネイロの訛りはこの後の19世紀の革新によりヨーロッパ言語の多様性が増したことを感じることができる。他に多くの移住者が確認された都市としてはミナスジェライスパラーリオ・グランデ・ド・スルペルナンブコバイーアがあり、近年、そこに移住した人たちはブラジルの至る所に住んでいているが、彼らの多くは白人か多民族からなるブラジル人である。
  • さらに、この大移動をした人たちの中には約160万人のイタリア人がいて、結果的に植民地時代後では最大のグループとなった。現在、数百万人いるイタリア系ブラジル人は家族ぐるみでブラジルに移動し、そこで子供を産んでいる人が多いのでブラジルを母国に選んだ。この数字は、おそらく今までイタリアから国外に移動した人数の中で最大となり、他の国とは違い、移住する人の半数以上はヴェネトロンバルディアといったイタリア北部からの人たちで、次にイタリア中部からの人たちが多い。サンパウロではもっとも多くの多様な人種の人たちが移住していて大部分はイタリア南部からの人たちである。イタリア人の多くはブラジル移民の半数以上の人を受け入れているというサンパウロへ行った。残りの人たちは主に、こちらも大きな移民グループのいるブラジル南部へ移住していた。他のブラジル南東部にある2つの州ミナスジェライスやエスピリトサントや中西部から主にマトグロッソドスルやゴイアスなどへの移動する人たちが多かったのも注目される。比較的少ない人数ではあるが、北東部のペルナンブコやバイーアに向かった移民もいる。現在、その子孫たちの多くは今述べたような地域に住んでいるが、その人たちのブラジル内での移動によってイタリアのユダヤ人がブラジル内の至る所に点在するという結果になっている。
  • スペイン人も主にアンダルシアガリシアから約70万人もの人が移住した。スペイン人が先祖というブラジル人は数百万人いる。多くのスペイン人は過去1世紀の間に移動してきた。主にサンパウロへ向かい、その後リオ・デ・ジャネイロ、ミナスジェライスへ移住した。スペイン南部のアンダルシア出身の人が多く、ガリシア、カスティール、レオン、カタルーニャなどスペイン北部または東部の地区出身の人もそれに続いて多く、これらのスペインの地区はポルトガルと国境を共有し、言葉も通じ、かつてはスペインの領土であったので、ガリシア人も植民地支配されているブラジルに住んでいた。他の地区にいるスペイン系ブラジル人も元々はガリシア出身の人たちで以前から住んでいた。その人たちはバイーア州都サルヴァドール、ペルナンブコ(ブラジル北東部)、パラー(ブラジル北部)、エスピリトサント(ブラジル南東部)、リオ・グランデ・ド・スル(ブラジル南部)へ移動した[19]
  • ブラジルは他のヨーロッパ人の母国でもあります。主な国としてギリシャが挙げられる(約15万人の子孫がいます)。しかし、南ヨーロッパから来る人たちは稀である。

2) 残りの30%は他のヨーロッパ地域、アジア(西アジアと東アジア)、アフリカ(多くは白人アフリカ人、ユダヤ人、ベルベル人他)、アメリカ人(南北アメリカ人)である。

他のヨーロッパ人

  • 西ヨーロッパ人が多い。約24万人のドイツ人が移住し、19万8000人のオーストリア人、5万2千のスイス人などが挙げられる。ルクセンブルク人、ヴォルガ・ドイツ人が移住したという記録も残っているが、人数は少ない。当時ドイツ語圏国家が4番目に大きいヨーロッパ移民団で、現在ブラジルでドイツ語を母国語としている人は2番目に多い[20][21][22][23]。加えて、15万人のフランス人移民がブラジルの港に到着したが、その中にはベルギー人やオランダ人(オランダ系ブラジル人と混同しない)も含まれていた[24][25]
  • 北西ヨーロッパ人は一番少ない人数ではあったが、いなかったわけではない。7万8千人以上の英国人とスコットランド人がブラジルに入国したが、彼らはいろいろな地域に分かれた。何人かのアイルランド人はすでに都市化されている地域に行った[36][37][38][39][40]。主にスウェーデンやノルウェー出身のスカンジナビア人がそれぞれ4万人超[41]、1万7千人のデンマーク人、数では劣るが、少数のフィンランド人もいた。それよりもさらに少ないので忘れてしまいがちではあるが、アイスランド人やフェローから移住した人もいた[42]。現在は数千人の子孫しか残っていないが、バルト海諸国から移住した人もいる。リトアニア人が5万人と多くを占めており、ラトビア人エストニア人がそれに続く[33][43][44]
  • 正確な数字で4万8千人のヨーロッパ系ユダヤ人がブラジルを移住先として選んだ。1870年から1880年にかけて迫害を受けていた数千人の家族を自由主義の2代目ブラジル皇帝が迎え入れた時、ユダヤ人は初めて文献に載った[45] Two heavier influxes took place during the 20th century. The earliest right after the Great War and the second inrush between the 1930s and 1950s.[27][45]。20世紀に2回移動があったが、最初の移動は、第一次世界大戦直後にあり、次の移動は1930年代から1950年代にかけてあった。ブラジルにもモロッコエジプトから来た北アフリカ系のユダヤ移民がいる。

アジア人

  • 東アジアからは、多くは日本人であるが、かなりの人が移住してきました。最初の船が1908年にブラジルに到着し、25万人以上の人が来た[17][48][49][50][51]。実際のところ以前から、特に1950年代以降多くの中国人や韓国人もブラジルに移住していて、それぞれ20万人と10万人移住した。

アメリカ人

  • 北アメリカもブラジルのような人種のるつぼを形成している。ブラジルは南北戦争から逃れたアメリカ人を受け入れ、アメリカ復興期に南東ブラジルや南ブラジルに住んでいた。加えて、少数の北アメリカ人も1808年より後に移住してきた[52][53][54]。南北戦争から逃れた南部の子孫はコンフェデラドスという名の下位グループで知られサンパウロを創設し、影響力を強めていった。アメリカ系ブラジル人の子孫はブラジル中にいますが、これはコンフェデラドスの子孫が過去にブラジルの至る所に散らばり、最近になって別の民族と結婚しており、イギリス系移民と間違えられることがある[52]。民族的にはコンフェデラドスはおそらくウェールズ人、スコットランド人、アイルランド人、ドイツ人、スカンジナビア人に分類される[55]
  • 南アメリカからは18世紀からずっとアルゼンチンからの移民が多く、今でもブラジルで強力なコミュニティを築いている。最近ボリビアにだけには抜かれてしまったが、アルゼンチン人は依然としてブラジルで最大級の移民団を形成している。ブラジル帝国から独立を果たしたウルグアイも19世紀から20世紀にかけて注目される存在である。

アフリカ人

  • 歴史上サハラ砂漠以南のアフリカと位置づけをされている北アフリカ地域から移住をした人たちがいる。現時点では、エジプト出身の移民が多く1万人である。それよりは少ないが、モロッコのマグレブ地方出身の人たちもいる(多くはユダヤ人でブラジル北部へ向かった)。結果として黒人による労働を強いられているブラジル植民地とは違い、外国から異なる文化が入ってきた。
  • 他では主にオランダ系南アフリカ人(Boerenもしくはアフリカーンス)などのアフリカ生まれの人たちや主にアンゴラ出身の旧ポルトガル帝国の人たちがいる(大移動時代、特に独立後の南北戦争後時点での話である)。これらの地域からは複数の民族の人が移住してきた(主にヨーロッパ人系の黒人と白人のアフリカ人)。
  • 12の移民団がとても大きい集団を作っている。5千人から3千万人の子孫がいる。この大移動時代だけで、ブラジルの重要な移民の玄関口であるサントスとサンパウロで60か国以上の国から移民を受け付けた。今までに述べた移民の他の重要な玄関口としては、リオデジャネイロ、ポルト・アレグレ、ヴィトーリア、レシフェなどがある[7]

近現代(1970年から現在)

過去の大移動時代とは比較にならないが、1960年代後半からアフリカ(アンゴラセネガル)、南アメリカ、カリブ海諸国(ボリビア、パラグアイ、ウルグアイ、ハイチ、スリナム)では以前から移住をしている人たちがいる。アジア(パレスチナ中国韓国、一度日本へ戻った日系ブラジル人、オランダ系インドネシア人、アフガン人、ベトナム、イラン、パキスタン、フィリピンなど)やヨーロッパ(昔からのつながりもありポルトガル人、特に2008年から西ヨーロッパからの専門家、暖かい気候を求める北ヨーロッパ諸国や東ヨーロッパ諸国の人たち)からの移住も多い。1975年以降、スリナムが独立したため多くのオランダ系スリナム人がブラジルに移住してきた。彼らの多くが、オランダ系のブラジル植民地として栄えているサンパウロ郊外やパラナに住んだ。

現在の外国人人口

2011年時点で、ブラジルは150万人の外国生まれの人たちの本国となっている。これは2009年の2倍以上であり、この数字はさらに高くなる可能性がある。他の国と同様にブラジルにもきちんと戸籍を登録していない人が多数いて、その人たちは数字に入っていないからである。戸籍を登録している人もそうでない人も、多くの外国人はポルトガル、ボリビア、中国、パラグアイ、アンゴラ、スペイン、アルゼンチン、日本、アメリカ合衆国出身の人が多く、就労ビザを取得して移住してくる人はアメリカやイギリスが多い[56][57]

19世紀から20世紀にかけてポルトガルのルシタニアからの移住する人が途絶えたことはない。ユダヤ人居住地域にいるポルトガル人も特に1970年代にマカオやアンゴラのような以前植民地だったところが独立した後ブラジルに渡った。さらに120万人のポルトガル人が1951年から1975年にかけて移住しているのが確認でき、その多くはブラジル南東部に住んでいる。現在、ブラジルに69万人以上のポルトガル人が住んでいて、そのなかでもルシタニアからの人たちが一番多く、ここ10年では今までで一番多くの人たちが訪れた[58][59]

2011年上半期だけで永住ビザを申請するポルトガル人は5万2千人増え、ルシタニアの人たちもブラジル市民権を与えられた[60][61]

現在、220か国の人たちがブラジルに住んでいて、1万人以上の人が住んでいる国は40か国ある。

難民

2014年、ブラジルは79か国、5208人の難民の本国になっている。シリア(1626人)、コロンビア(1154人)、アンゴラ(1062人)からの3国が最も多い。これに加え、ブラジルに入国し政府からの難民認定待ちをしているバングラディシュ人が2013年だけで1830人いて、さらにシリアから1021人、セネガルから799人いる[62][62]

現在ブラジルを本国にしている4500人のアフガン人がいて、その中には過去にベトナム戦争から船で逃れた人もいる。

ブラジルの人種と肌の色による分布

ブラジル国内での民族分布はバラバラである。

  • 19世紀と20世紀に多くのヨーロッパ人が移住してきたためサンパウロやブラジル南部の地域では白人が多数を占めている(多くはイタリア人、ポルトガル人、ドイツ人、オーストリア人、スイス人、スラブ人、オランダ人、スペイン人の家系)[63][64]。特にリオ・デ・ジャネイロでは白人が多く、全人口の50%をわずかに上回っている[65]。他の南東部の州であるミナスジェライスエスピリトサントでも、約50%の人たちは白人である(南東部にはレバントアラブ人もいる)[66][63]。サンパウロには圧倒的に多い3000万人の白人がおり、ミナスジェライス、リオ・グランデ・ド・スル、リオ・デ・ジャネイロ、パラナがそれに続く[63]。割合で言うと、サンタカタリーナが一番多く、全人口の86%をヨーロッパ人が占める。サンパウロ、リオ・デ・ジャネイロ、ポルト・アレグレ、クリチバ、ブラジリア、ベロオリゾンテにはユダヤ人が多数いる[13]
  • 極東アジア、特に最大のグループである日系ブラジル人の多くはサンパウロやパラナに住んでいる[50][67]。また、韓国人も多くの人たちがサンパウロに住んでいるが、中国のユダヤ人もサンパウロのあるブラジル南東部に移住した。qtu1=1リオ・デ・ジャネイロはサンパウロに次いで中国人が多く住んでいる地域である。
  • 最初に他国に占領されて、いろいろな民族が入り混じっているブラジル北東部では、ブラジル植民地出身の黒人のアフリカ人、ジプシー、アメリカ先住民、セファルディが多い。そこでは茶色または黒色の肌をしている人種であるパルドが最も多く、次いでヨーロッパ系またはその混血の白人、アフリカ系の人たちがおり、バイーアマラニョンはブラジルで最もアフリカ系黒人の多い地区である[68]。パルドの人たちの外見は人によって極端に違い、全体的にみるとすべてのタイプの髪、目、肌の色の人がいる(極端に黒いまたは白い人はいない)。しかし、ごく少数ではあるが、自分はパルドだと思っている白人、黒人もおり、さらに他人種の人と結婚したロマ、セファルディ、アラブ、アジアの人たちの中にも自分はパルドだと思っている人がいる。アメリカ先住民の強い影響で、多くはアマゾンの熱帯雨林であるブラジル北部もパルドが多い[69]
  • ブラジル南東地区と中西部の民族分布にはいろいろな民族がいるが、比較的バランスが取れていて、白人が50%、パルドが43%、黒人が5%、アジア人とアメリカ先住民がそれぞれ1%である。ブラジル地理・統計院では、ブラジル人を5つの種類に分け、肌の色や人種によってbrancos(白人)、negros(黒人)、パルド(茶色または混血)、amarelos(アジア系黄色人種)、indios(アメリカ先住民)に分けている。最近行われた詳しい国勢調査(PNAD)によると、ブラジルには9100万人の白人(White Brazilian)、7900万人の複数民族からなる人たち(パルド)、1400万人の黒人(Afro-Brazilian)、200〜400万人のアジア人(Asian Brazilian)、807900のアメリカ先住民からなっていると発表した。2005年の詳しい国勢調査では、ここ20年の調査で初めて白人であるブラジル人が全体の人口の50%を超えなかったと発表された。一方、複数の民族からなるパルドの人口が増えたが、他の民族はほとんど横ばいである。ブラジル地理・統計院は、この傾向は幾度となく行われてきた民族の差別を撤廃していこうという動きによるものだと考えており、ブラジルという国が発見されてから異人種間の結婚は決して違法ではなく当たり前のこととされ、この国は世界でも異人種間の結婚が多いと言われている。自分の先祖は19世紀の専制君主制の時代から20世紀と21世紀の共和制の時代に見られる最近の移民からなる民族だと特定できる人は、たいていブラジル人です。それでも、ブラジル人は自分の祖先はどんな民族だったのか特定するのは容易でないという人が多い。容易でなくしてしまう例として、発音をするのが難しいファミリーネームのヨーロッパ人は発音をしやすいポルトガル語のサーネームに変更しているということが挙げられる。基本的に、半数のブラジル人は植民地時代の人の子孫で残りの半分は最近移民してきた人たちだと言われている。ブラジルはヨーロッパ人、アジア人、アフリカ人、ブラジル先住民などの中から同じ民族の両親、または違う民族や環境の両親から生まれた人たちの集まりである国、まさに人種のるつぼである。
肌の色または民族 %
(rounded values)
2000[70] 2008[71]
白人 53.74% 48.43%
黒人 6.21% 6.84%
混血 38.45% 43.80%
東アジア人 0.45% 1.1%
アメリカ先住民 0.43% 0.28%
不明 0.71% 0.07%

白人

白人をひとくくりの民族グループとして計算すると、白人はブラジルの人口の大多数を占め、これは南半球では最大の数である。ブラジルはアメリカ大陸諸国の中で2番目に白人が多い国で、9700万人〜9800万人の人がおり、白人系ブラジル人の数は全世界の白人人口で見ると、アメリカ、ロシアに次いで3番目に多い(白人系ブラジル人も白人人口としてカウントしている)[72][73][74]

多くのヨーロッパ人が専制君主時代と共和制時代初期に白人による政策が始まった後の大移動時代に移動してきた。その白人による政策にはたくさんの労働者を求め、人口がまばらであるブラジル南部で外国人による侵略を防ぐ目的のものもあった。

白人系以外の他のグループは植民地時代や戦後にやってきた。先祖がヨーロッパ系である人たちはブラジル全体の至る所におり、ブラジル南東部と南部は特に白人が多い地区である。ブラジル南東部は白人が最も多い地区であるが、最南端に位置する3つの州では79.8%の人がヨーロッパ人かコーカサス人である。その中でもブラジル南部のSanta Catarinaは最も割合が高くほぼ90%がヨーロッパ人である。ブラジル南東部のサンパウロでは4番目にヨーロッパ人の割合が多く、数字上では3000万人の白人は主にヨーロッパ出身でレバントアラブ人やユダヤ人もいる。

Some southern Brazilian towns with a notable main ancestry
Town name State Main ancestry Percentage
ノーヴァ・ベネツィア Santa Catarina イタリア人 95% [75]
ポメロデ Santa Catarina ドイツ人 90% [76]
プルデント―ポリス Paraná ウクライナ人 70% [77]
トレーゼ・チーリアス Santa Catarina オーストリア人 60% [78]
ドン・フェリシアノ Rio Grande do Sul ポーランド人 90% [79]

ブラジルでは240の移民が様々な言語を話すが、その多くはヨーロッパ言語である。ドイツ語なまりも含めたドイツ語がブラジルで2番目に多く話されている言語であり、約400万人つまり人口の2%の人が話す[80][31][81][82][83][84]。他にはコーカソイドの移民が話す言葉として、イタリア語のベネツィアまたはTalian方言[85]ポーランド語[86][87][31]カスティリャ語ウクライナ語[31]ロシア語[26][88]オランダ語[31][89]ヘブライ語イディッシュ語[31][90]リトアニア語[31][44]レット語フランス語[31]ノルウェー語[31]スウェーデン語[31]英語[36][52][53][54][91][92]ハンガリー語[31]フィンランド語[31]アラビア語[31]デンマーク語ブルガリア語クロアチア語[31]カタロニア語ガリシア語ギリシャ語アルメニア語チェコ語[31]スロバキア語スロベニア語[31]ルーマニア語セルビア語[31]、Vlax Romani語[31]グルジア語、トゥロヨ語、バルト語、リトアニア系ロマニ語がある[31]。いくつかのドイツ語の方言(ヨーロッパでは事実上なくなってしまった古くからのポメラニア東部の方言も含む)[93]、ヴェネツィア方言、Talian方言もいくつかの都市でポルトガル語と共に共同語として存在している[94][95]

地区別での白人系ブラジル人の割合
Region Percentage
ブラジル北部 23.5%
ブラジル北東部 28.8%
ブラジル中西部 50.5%
ブラジル南東部 58%
ブラジル南部 78%

混合民族

混合民族はブラジルで2番目に多いグループであり、8000万人いる。パルドとブラジル混合民族はよく似ているので混同してしまう人がいるが、ブラジル混合民族は人によって肌の色や環境などが違う。彼らは、一般的に植民地時代や植民地時代後に来たアフリカ奴隷やアメリカ先住民の子孫である。マグレブ人、ユダヤ人、中東、エジプト人の子孫もいる。肌の色は薄い人から黒い人まで様々であり、ブラジル人とヨーロッパ人の混血であるインディオまたはメスティーソは4300万人あたりを推移している。ミナスジェライスにあるミナス・ジェライス連邦大学でセルジオD.Jペナが行った遺伝子研究によると、インディオは70%〜90%以上のヨーロッパ人(多くは1500年代〜1700年代の男性ポルトガル人、スペイン人、オランダ人、フランス人移民)のDNAを持つ人たちとヨーロッパ先住民からなっている[96]。同様のDNAテストではムラートもしくは白人黒人混合人種と認識している人たちは62%〜85%のヨーロッパ人のDNAを持っている(彼らの子孫の多くは1500年代から1700年代の男性のポルトガル人、スペイン人、オランダ人、フランス人、イタリア人移民)。

ブラジルにもパルドとして区分できる80万人のジプシーやロマ人がいて、その多くはポルトガルをはじめ東ヨーロッパやバルト海諸国出身である。ユーラシア人もパルドとして区分できるが、その多くは日本人とヨーロッパ人の混血やハーフである。ブラジル北部と北東部には多くのパルドがいて、主に連邦区やマットグロッソ、ゴイアス、エスピリトサント、ミナスジェライス、リオ・デ・ジャネイロ、サンパウロ、パラナに住んでいる。パルドはブラジルの至る所に点在しているが、これらの地区よりも多数に民族が存在している地区もある。州のひとつの地区のみにパルドが多数いるというところもある。

地区別での混合民族の割合
Region Percentage
ブラジル北部 69.2%
ブラジル北東部 62.7%
ブラジル中西部 43%
ブラジル南東部 35.69%
ブラジル南部 16.98%

黒人

黒人は、3番目に多い約1400万人つまりブラジル全人口の7%を占める民族グループである。この人たちはアフリカから来た黒人であるが、ブラジルでは一般的にアフリカとはサハラ砂漠以南のアフリカを指す。多くのアフリカ系ブラジル人は現在のブラジル国境付近で奴隷時代を生き抜いた囚われのアフリカ人である。ヨーロッパ人とアメリカ先住民の家系である人たちもかなりいる。アフリカ系ブラジル人はパルド系ブラジル人と直接比較することはできないかもしれない。アフリカ人遺伝子の数はアフリカ系ブラジル人遺伝子よりかなり多く、肌の色は混血ブラジル人より黒い。ブラジルはアメリカに次いでアメリカ大陸でアフリカ系ディアスポラの多い国である。

現在、多くの黒人はカトリック福音主義であるが、無神論者やバイーアによく存在する党派でカントンブレやウンバンダのような集団を含む無宗教のグループも少数ではあるが存在する。ウンバンダはローマカトリック、アフリカの慣習、精神主義や先住民の思想によるものである。少数ではあるが、フランスでできたキリスト教と精神主義を合わせたKardecismを信じている黒人たちもいる。

多くの黒人はダイヤモンドラッシュ、ゴールドラッシュ期間によるミナスジェライス北部で見られる移民やリオ・デ・ジャネイロの一部であった前王朝の奴隷制度による移民、植民地時代の移民の後バイーアやマラニョンで見られる。

地域別でのアフリカ系ブラジル人の割合
Region Percentage
ブラジル北部 6.2%
ブラジル北東部 8.1%
ブラジル中西部 5.7%
ブラジル南東部 7.91%
ブラジル南東部 3.6%

黄色人種

アジア人、厳密には東アジア人はブラジルで4番目に大きい民族グループを形成し、220万人いるが、それに混血の東アジア人は含まない。最も大きい東アジア民族グループは日本人であり、ブラジルは日本以外の場所では最も多くの日本人がいる。日本人の数は他のブラジルに住んでいる人に対する割合としても、数の絶対数としても記録がある。日系ブラジル人の数は180万人前後を推移しており、57000人にのぼる日本国籍者のコミュニティがあり、民族学者は40万人の人たちがブラジルで日本語を話しているとみている[48][49][50][51]

その他の日系ブラジル人は、主に中国語台湾語韓国語を話す。最近中国からブラジルに渡る人たちが多いので、この3か国語を話す人たちの数は増えている。

ブラジルには南アジアからの移民も多く、ほとんどは東インド、ベトナムインドネシアベンガルからの移民であり、近年、5〜10000人に上る多くの移民が入ってきており、その多くは難民である。さらに、南アジア人は実際に東アジアの人たちとは違い、パルドとして認識されているため、南アジアの人たちは黄色人種の人間として数えられていない。

特定の宗教を持たないアジア人や東アジアカトリックの人たちが多数いる。ブラジルでは特に、非アジア人の白人で日本によく昔からある形の仏教を信じている人が多く、サンパウロやパラナで日本式の生活を取り入れている家庭では生活スタイルや冠婚葬祭で神道を取り入れる人が多い。神道から由来する日本の新しい宗教はブラジルで多く、日本由来の宗教として大きなところで、生長の家天理教パーフェクトリバティー教団世界救世教があるが、韓国の儒教や中国の儒教の信者もサンパウロにはよくいる。

地域別でのアジア系ブラジル人の割合
Region Percentage
ブラジル北部 0.5 - 1%
ブラジル北東部 0.3 - 0.5%
ブラジル中西部 0.7 - 0.8%
ブラジル南東部 1.1%
ブラジル南部 0.5 - 0.7%

原住民

ブラジル原住民は、ブラジルで5番目に多い民族グループを形成し、約80万人の人たちが住んでいる。それは最古の民族グループで、主にアマゾン熱帯雨林の中のアマゾン川流域や5つの特別保留地に住んでいる。

ブラジルの総人口と比較すると、原住民の数は少ないと感じるかもしれないが、数百万人のブラジル人の祖先はブラジル原住民である。この人数の差は主に、ブラジル原住民と植民地の入植者が結婚し純粋な原住民の数が減ったことによるものである。

ブラジルでは約180の自国または土着の言語を16万人が話しており、その言語の多くが絶滅の危機に瀕している。多くのブラジル国民はポルトガル語を話し、特別保留地に住んでいる種族はその種族の母国語を話し、ポルトガル語を学校で教わる。

現在、517000千人の人たちが特別保留地に住んでいる。

遺伝子研究

遺伝子研究によると、大きく見てブラジル人にはヨーロッパ人、アフリカ人、アメリカ先住民の遺伝子を持っている人たちに分けられる。

常染色体の研究

2015年に行われたブラジルに住んでいる38種類の民族を対象にした25の常染色体の研究結果によると、ヨーロッパ系が62%を占め、次いでアフリカ系が21%、アメリカ系が17%と続く。ヨーロッパ系が一番高い地域はブラジル南部で77%、アフリカ系が一番高い地域はブラジル北東部で27%、アメリカ系が一番高い地域はブラジル北部で32%である[97]

Region[97] ヨーロッパ系 アフリカ系 アメリカ系
ブラジル北部 51% 16% 32%
ブラジル北東部 58% 27% 15%
ブラジル中西部 64% 24% 12%
ブラジル南東部 67% 23% 10%
ブラジル南部 77% 12% 11%

2013年に全国のブラジルから集められた約1300のサンプルを基にした常染色体の研究結果によると、数値に違いが見られた。ヨーロッパ系の割合が高いという傾向は北部より南部の方がより顕著であるが、ヨーロッパ系の割合が高いという傾向は全ての都市で見られる(ヨーロッパ系の割合が最大で74%という地域がある)。ブラジル北部がアメリカ系の割合が最も高く、アフリカ系の割合の2倍である。逆に、北東部、中西部、南東部ではアフリカ系の割合がどれもヨーロッパ系に次いで高い。実際にそこに住んでいる人たちを見てみると、全ての都市部で異人種間の結婚が多く見られ、ブラジル人の常染色体の割合の違いの多くは人口が多い地域よりも、逆に少ない地域でしっかり確認することができる[98]

2011年に主な民族グループ(白人、パルド、黒人)からブラジル全土で集められた1000近くのサンプルを使用して行われた常染色体の研究によると、ヨーロッパ系の割合が高く、次いでアフリカ系、アメリカ系が続く。すべての年の研究結果を考えると、ヨーロッパ系の割合が最も多い[99]

Region[100] ヨーロッパ系 アフリカ系 アメリカ系
ブラジル北部 51% 17% 32%
ブラジル北西部 56% 28% 16%
ブラジル中西部 58% 26% 16%
ブラジル南東部 61% 27% 12%
ブラジル南部 74% 15% 11%

2010年に行われたブラジルの5つの地域で入手した常染色体の研究によると、平均でヨーロッパ系の常染色体は全体の80%を占めているという研究結果がでている。地域間による差は南部でほぼ90%を占めているという一部の例外を除いては少ない。Catholic University of BrasíliaのグループによるAmerican Journal of Human Biologyという科学雑誌の研究結果からは、以前の研究(国勢調査によるものとは違う)からも分かるように、肌、目、髪の色の違いは遺伝子学上では関係がないという研究結果がでている。祖先の遺伝情報が分かるSNPは個人と生物地理学上の祖先を特定するのに役立つ。ブラジル人は遺伝学上3種類の祖先(ヨーロッパ人、アフリカ人、ブラジル系アメリカ人)とその人たちの混血によるいろいろなパターン分類できる[101]

こちらの研究は、ブラジルの5つの地区にある都市部の人たちからの複数の遺伝子を推定するためにアフリカ人、アメリカ人、ヨーロッパ人の3つの祖先から28あるSNP遺伝情報を分析した。そのSNPはお互い別の母集団に、最終的には3種類の混合人種として使われる。データはいろいろな人種のブラジル人祖先を遺伝子レベルで解明するのに使われる。ブラジルの5つの地域から入手した2つで1組になっている遺伝子の1つを調べるとブラジル南部と他の地域とでは遺伝子の違いはほとんど確認できなかった。ブラジル人祖先の遺伝子を調べたその研究では、the heterogeneous genetic profile of Brazilian populationと一致する結果となった。1番がヨーロッパ人で0.771、0.143のアフリカ人、0.085のアメリカ人が続く[100]。このSNP遺伝情報の分析は人類科学の研究の役立つが、その分析は主に遺伝子のつながりが複雑になり分かりにくなってしまい、誤った研究結果になってしまったとき、それを修正するのに力を発揮する。その実験サンプルは父方の被験者が無料で提供してくれたものだということは注目すべき点であり、研究員たちも被験者はパルドの人たちがやや多い傾向にあるものの、父方を対象に行われたこの実験は様々な経済的地位の人たちから無償で提供されていると話している[100]

Region[100] ヨーロッパ系 アフリカ系 アメリカ系
ブラジル北部 71.10% 18.20% 10.70%
ブラジル北西部 77.40% 13.60% 8.90%
ブラジル中西部 65.90% 18.70% 11.80%
ブラジル南東部 79.90% 14.10% 6.10%
ブラジル南部 87.70% 7.70% 5.20%

2009年に行われた常染色体の研究からも分かるように、ブラジル人からの地域別サンプルは全てアフリカ人やメキシコ系メスティーソの人たちより、ヨーロッパ系の割合が多いという傾向がみられることが分かった[102]

Region[103] ヨーロッパ系 アフリカ系 アメリカ系
ブラジル北部 60.6% 21.3% 18.1%
ブラジル北西部 66.7% 23.3% 10.0%
ブラジル中西部 66.3% 21.7% 12.0%
ブラジル南東部 60.7% 32.0% 7.3%
ブラジル南部 81.5% 9.3% 9.2%

2008年にthe University of Brasília(UnB)で行われた別の常染色体の研究によると、全てのブラジルでの地区においてヨーロッパ系がトップを独占している。ヨーロッパ系が65.90%で、次いでアフリカが24.80%、アメリカ系が9.3%と続く[104]

もっと最近のもので、2013年の研究では、サンパウロだけで見るとヨーロッパ系61.9%、アフリカ系25.5%、アフリカ系11.6%という結果がでている[105][106]

2014年に全てのブラジル地域で集められた1594のサンプルからのデータを基にした研究によると、ブラジル人は広い範囲の地域でヨーロッパ系の割合が多数を占めていて、それはブラジル南部で特に顕著であることが分かった。ブラジル南部を除けばアフリカ系の割合も多く、ブラジル東部では最も高い割合になっている。アメリカ系はブラジル北西部(アマゾン川流域)では最も高い割合になっており、まとめると、ヨーロッパ系が82%でアフリカ系が9%、アメリカ系が9%と続く[107]

ミトコンドリアDNAとY-DNAの研究

ハプログループの多さは、遺伝子による民族の特徴もどの民族とどの民族の混血であるかということも表すことができない。常染色体の実験では何百万の母方と父方の対立遺伝子を分析できるので、それによってのみ、どの民族の血が強いかどうかということが分かる。片方の祖先(父方もしくは母方)しか見ないY-DNAとミトコンドリアDNAの研究とは違い、常染色体の研究は、研究対象になっている人たちの祖先全員を観察するので、複雑になっている先祖の混血のパターンがより正確に分かる。

2000年にブラジルの主な4つブラジル全体のデータを含め5つの地区から得た247のサンプル(主に白人のブラジル人)を見てみると、現代のブラジル人の母方のものであるミトコンドリアDNAプールは明らかに20世紀に大量に押し寄せたヨーロッパからの移民やポルトガル人の意図的な結婚も含めた植民地時代初期の状況を反映していると言える[108]

Continental Fraction Brazil Northern Northeastern Southeastern Southern
アメリカ系 33% 54% 22% 33% 22%
アフリカ系 28% 15% 44% 34% 12%
ヨーロッパ系 39% 31% 34% 31% 66%

2001年の研究では、白人系ブラジル人男性の父方によるY染色体の多くはヨーロッパ系(90%)である。サハラ砂漠以南のアフリカ系の染色体はごく少数で、アメリカ系の染色体はまったく確認できなかった。この結果は、主にヨーロッパ人男性とアフリカ系またはアメリカ系女性による結婚によるものある[7]

2016年の研究では、ブラジルの5つの地区で全く他人同士である1217人の男性の41からなる1組のY-SNPを調査した。全てのブラジル人のサンプルから計22のハプログループが見つかり、3つの主なグループのDNAが見つかった。それは、アメリカ系、ヨーロッパ系、アフリカ系である。そこから遺伝学上の違いが分かったが、その違いはブラジルの植民地の歴史と一致した。ブラジル北部からのサンプルから8.4%という高いアメリカ系の割合が確認できた。多くの人たちはブラジル北西部で確認できたアフリカ系の割合である15.1%の方を強調するが、ブラジル中西部と南部では他の地域より高めにヨーロッパ系の割合が確認できる(それぞれ95.7%と93.6%)。

ブラジル南東部では高いヨーロッパ系の割合(86.1%)とアフリカ系の割合(12.0%)が確認できる。ブラジル中西部、南東部、南部でヨーロッパ系の割合が多いのはポルトガルからの人が多いからだと推測される[109]

ブラジル北部と北東部でヨーロッパ系の割合が高いのはフランスやイタリアからの人たちが多いからだとされる。最も高い移住率を誇るレバノンからはブラジル中西部へ移住する人が多い。

ブラジル中西部、南東部、南部ではドイツからの移民が多い。

常染色体で見るブラジル系「白人」「パルド」の祖先は多くの場合ヨーロッパ系ではないミトコンドリアDNA(ある時はヨーロッパ系女性ではないことを示すが)であるヨーロッパ系が多い。それはブラジル人という概念を形作っている間に新たにブラジルへ入植者と結婚をしに来た女性を見れば分かる[110]

脚注

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