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バビロニア

(古希: Βαβυλωνία、英: Babylonia)

古代メソポタミアにおいて,広義ではシュメールアッカド地方を含むメソポタミアの大部分の地域を,狭義では都市バビロンとその周辺地域をそれぞれさす。旧約聖書にカルデアと記されている地方は,バビロニアの一部を示している。前 2400年頃のウル第1王朝に始まって,サルゴンによるアッカド王朝,ウル=ナンムによるウル第3王朝,イシンとラルサの分裂時代を経て,前 1900年頃アモリ人のバビロン第1王朝が勃興し,バビロンが首都となった。前 18世紀前半のハンムラビ王のときに最も栄えたが,ようやく独立王国を築いていたアッシリアを征服するにはいたらなかった。アッシリアは前 11世紀初めのティグラト=ピレゼル1世のときに世界制覇を目指す第一歩を築きバビロニアに対しても優位に立った。前 728年にはティグラト=ピレゼル3世が当時弱体化していたバビロニアを攻略し,王位についた。しかし前625年にカルデア人のナボポラッサルがアッシリアの衰えに乗じてバビロニアを掌握して新バビロニアを築き,前 612年にアッシリアを滅亡させた。その子ネブカドネザル2世のとき栄えたものの,後継者が無能であったため,前 539年にアケメネス朝ペルシアのキュロス2世によって滅ぼされ,バビロニアの名も歴史から消えた。