操作

テルアビブ

テルアビブ
תֵּל־אָבִיב-יָפוֹ
イスラエルの旗
125px
市旗
100px
市章
位置
テルアビブの位置
テルアビブ (Tel Aviv-Yafo) の位置
テルアビブの位置
テルアビブの位置(テルアビブ地区)
歴史
建設 1909年
行政
イスラエルの旗 イスラエル
地区 テルアビブ地区
  市 テルアビブ
市長 ロン・フルダイ
労働党
地理
面積  
  総面積 51.79 km2 (20.0 mi2
人口動態 (2012年現在)
人口 405,300 人 (全国第2位
都市圏人口 3,850,300 人
その他
等時帯 世界標準時UTC+2
  夏時間 夏時間UTC+3
公式サイト: www.tel-aviv.gov.il
テンプレートを表示

テルアビブヘブライ語: תֵּל־אָבִיב‎, 英語: Tel Aviv)は、イスラエルの人口第2位の都市である(第1位はエルサレム[1][2]テル・アヴィヴ[3] とも表記される。基礎自治体(市)の名はテルアビブ・ヤフォ (תֵּל־אָבִיב-יָפוֹ, Tel Aviv-Yafo) であり、市名の中のヤフォ/ヤーファーとは1950年合併した市である。

イスラエルの経済文化の中心地かつ中東有数の世界都市。イスラエル政府はエルサレムが「首都」であると宣言しているが[2][4]、国際社会はこれを認めておらず[2][4]、各国がテルアビブに大使館を置くなど[2][4]、テルアビブを事実上の首都とみなしている[2][4]

概要

ファイル:Azrieli Towers Sept.2007.JPG
アズリエリセンター

イスラエルの西側地中海に面する地域に位置するテルアビブ都市圏(グッシュ・ダン)はイスラエル最大の都市圏である。2010年都市圏人口は268万人であり[5]、 同国の人口(約700万)のおよそ40%が集中している。行政管轄面積は50.6 km²、人口密度は1キロ平方あたり7445人、イスラエル中央統計局による国勢調査によると2006年現在、総人口は38万人であり、人口増加率は0.9%である。

イスラエル経済の中心であり[1]2014年にアメリカのシンクタンクが公表したビジネス人材文化政治などを対象とした総合的な世界都市ランキングにおいて、世界第54位の都市と評価されており、西アジアの都市ではドバイに次ぐ第2位であった[6]

アズリエリセンターなどの超高層ビル、国際級のホテルも立ち並び、「中東ヨーロッパ」として、政治経済の中心地として発展を続けている。高級宝石類などショッピングも充実した都市で、観光や経済の中心地であるが、治安は良い。

世界でも有数の「ゲイに優しい街」として同性愛者に人気がある[7]

歴史

ファイル:Geddes Plan for Tel Aviv 1925.jpg
パトリック・ゲデスによるテルアビブの最初のマスタープラン(1925年

テルアビブの地名は、旧約聖書エゼキエル書3:15に登場し、捕囚のイスラエル人が共同居住地として住まわされた新バビロニア帝国の町の名に由来する。テルとはヘブライ語で「遺跡・廃墟」の意(現在ニップルの東半径8~16キロにテルが多数点在し、イスラエル人の土器も発見されている)。また、アヴィヴとはヘブライ語で「穀物」(=穀物の穂)の意で、転じてのこと(古代ユダヤ暦では、ニサンの月という名にもなっていた)。ちなみに、現在の地名についている「ヤッファ」は、聖書時代のこの地の地名を受け継いでおり、ヘブライ語で「美しい」という意味がある。

20世紀初頭までは、古代港湾都市ヤーファーに隣接する海沿いの砂丘にすぎなかったが、ヤーファーの港と街に対抗する、入植したシオニストユダヤ人自らの港と街を建設すべく、テルアヴィヴの建設は戦略的に進められた。この町は正に「(無知蒙昧な)東方に抗する白色の砦」であり、イスラエル人建築家ロトバードはこの町の歴史は、「いかにしてユダヤ人が白人となったか」を明確に説明してくれると述べている[8]

1948年5月14日、テルアビブにおいてイスラエル国家樹立が宣言された。この国家樹立宣言第一次中東戦争に発展した。イスラエル建国初期は首都機能をテルアビブにおいていたが、イスラエルは西エルサレムを占領して1950年に首都機能を西エルサレムに移転。1967年にイスラエルは東エルサレムを占領・併合し、1980年に統一エルサレムはイスラエルの永遠の首都と宣言した。

しかし、イスラエルのエルサレム首都宣言は国際的には承認されておらず[2][4]国際連合(国連)などではテルアビブを事実上の首都とみなしており[2][4]、2017年現在、国連加盟各国は大使館等をテルアビブに置いたままである[2][4]。2016年のアメリカ合衆国大統領選挙では選挙戦で大使館のエルサレム移転を公約したドナルド・トランプが勝利[2][4]、2017年12月6日にはエルサレムをイスラエルの首都と認定することを正式に表明した[9]

地理

ファイル:TA1011.jpg
テルアビブの街並み

地中海に接するエリアは欧米から多くの観光客が訪れ、ナイトクラブバーが立ち並ぶ世界屈指のリゾート地である。

市中心部には、放送局や巨大ショッピングモールなどのほか、ハビマー劇場ヘレナ・レビンシュタイン博物館イスラエル国防軍本部、リクード労働党本部や情報機関モサッドシャバック本部などの他に報道・商業・政治などの主要機能が集中する。

ハ・メディナ広場周辺の地域は、白亜建造物が並ぶ計画都市で、「白い都市」として世界遺産に登録されている。

ハ・ヤルコン川より北側の地域には国内線用のスデ・ドブ空港、イスラエル博物館や、学問の中心、テルアビブ大学があり、ラマト・アビブと呼ばれる高級住宅地もある。

気候

地中海性気候 (Csa) に分類される。夏の最高気温は30度前後。

テルアビブの平均気温
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 17.5(63.5) 17.7(63.7) 19.2(66.6) 22.8(73.0) 24.9(76.8) 27.5(81.5) 29.4(84.9) 30.2(86.4) 29.4(84.9) 27.3(81.1) 23.4(74.1) 19.2(66.6) 24.0(75.2)
平均最低気温 °C (°F) 9.0(48.5) 9.8(49.6) 11.5(52.7) 14.4(57.9) 17.3(63.1) 20.6(69.1) 23.0(73.4) 23.7(74.7) 22.5(72.5) 19.1(66.4) 14.6(58.3) 11.2(52.2) 16.4(61.5)

Error:

歴代市長

ファイル:RabinSquare.jpg
ラビン広場(市庁舎)
1 40px メイア・ディゼンゴフ 1921年 1925年
2 40px ダビド・ブロフ 1925年 1927年
3 40px メイア・ディゼンゴフ 1928年 1936年
4 40px イスラエル・ロカフ 1936年 1952年
5 40px ハイム・レバノン 1953年 1959年
6 40px モルデハイ・ナミール 1959年 1969年 マパイ
7 40px イェホシュハ・ラヴィノビッツ 1969年 1974年 連合
8 40px ショロモ・ラハット 1974年 1993年 リクード
9 40px ロニー・ミロ 1993年 1998年 リクード
10 40px ロン・フルダイ 1998年 現在 労働党

人口動態

年齢別人口統計
年齢(歳) 0-4 5-9 10-14 15-19 20-29 30-44 45-59 60-64 65-
人口統計(%) 6.8 5.3 5.0 5.5 19.6 21.4 15.9 3.8 16.6
※ 2001年

交通

ファイル:Littleuni 13.jpg
アヤロン・ハイウェイ

道路

テルアビブを中心とする、ラマトガンバトヤムブネイ・バラクヘルツリアからなる首都圏(通称・グッシュ・ダン)地域やベングリオン空港との間には、アヤロン・ハイウェイが結んでいる。また、ハイファアシュケロンエルサレムなどを結ぶ高速道路も整備されている。自動車交通網は概して非常によく整備されており、朝夕を除いて渋滞は深刻ではない。

市南部には、巨大なバスターミナルテルアビブ・セントラル・バスステーション)があり、ここを中心としてエルサレムハイファ行きなどの近郊路線バス、エイラットベエルシェバゴラン高原行きの長距離バス。市街地中心の路線バスが発着している。また、このバスターミナルは世界最大であり、総敷地面積延べ44,000 m²になる。ショッピングモールも兼ね備えており、6階建ての立体構造で種類別にバスが発着している。

鉄道

鉄道網は、中央駅を中心として、ハイファリション・レジオンベエルシェバエルサレムクフェル・サバなどを結んでいる。特に、地中海沿いの路線は高速化が施され、快速でハイファまで1時間、ベングリオン国際空港までは30分弱である。 近年中の開通を目指して、地下鉄網が計画されている。

空港

市内中心部から南東に位置するロードにある国内最大のベン・グリオン国際空港がある。ベン・グリオン空港は国際線空港であり、市内北部にあるスデ・ドブ空港は国内線の空港である。日本からの直行便はないが、エル・アル航空の直行便が就航している香港、北京、バンコク、もしくはフランクフルトパリなどのヨーロッパの各都市を経由していくことが出来る。

観光

大学

スポーツ

ファイル:Bloomfield stadium.jpg
ブルーム・フィールド・スタジアム

チーム

サッカー

バスケットボール

競技場

友好都市

ゆかりの人物

テルアビブ生まれの人物

テルアビブで亡くなった人物

画像

テルアビブ中心部のパノラマ

脚注

  1. 1.0 1.1 世界から「スタートアップ国家」として注目を集めるイスラエル、その隆盛の理由とは?”. Meet Recruit リクルートホールディングス. Recruit Holdings (2015年12月2日). . 2016閲覧.
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 2.6 2.7 2.8 “米大使館、エルサレムに移るの?-ニュースを探るQ&A”. 時事通信. (2017年1月27日). http://www.jiji.com/jc/article?k=2017012600552&g=use . 2017-1-27閲覧. 
  3. 使用例:『イスラエル』臼杵陽著. 岩波新書, 2009
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 4.5 4.6 4.7 “米大使館のエルサレム移転、5月にも発表か 国際社会は警告”. CNN日本語版公式ホームページ (Cable News Network). (2017年1月12日). http://www.cnn.co.jp/world/35094909.html . 2017-1-27閲覧. 
  5. Demographia: World Urban Areas & Population Projections
  6. 2014 Global Cities Index and Emerging Cities Outlook (2014年4月公表)
  7. “「ゲイに優しい街」でパレード イスラエル・テルアビブ”. (2012年6月11日). http://www.asahi.com/international/update/0608/TKY201206080511.html . 2013-2-15閲覧. 
  8. Sharon Rotbird (2015). White City Black City: Architecture and War in Tel Aviv and Jaffa. The MIT Press. pp. 1-52. 
  9. “トランプ米大統領、エルサレムをイスラエル首都と正式認定”. ロイター. (2017年12月7日). https://jp.reuters.com/article/trump-jerusalem-1206-idJPKBN1E02Z5?il . 2017閲覧. 

関連項目

参考文献

  • Rotbird, Sharon (2015). White City Black City: Architecture and War in Tel Aviv and Jaffa. Cambridge: The MIT Press. 

外部リンク