イカリジン

提供: miniwiki
移動先:案内検索

イカリジン (Icaridin) 、またはピカリジン(picaridin) は、昆虫などの忌避剤(虫よけ剤)として用いられる化合物である。 1-(1-methylpropoxycarbonyl)-2-(2-hydroxyethyl)piperidine、2-(2-hydroxyethyl)-1-piperidinecarboxylic acid 1-methylpropyl esterのほかに、Bayrepel、Saltidin、KBR 3023、sec-butyl 2-(2-hydroxyethyl)piperidine-1-carboxylateとも呼ばれる。分子量 229.32。融点 −170 ℃以下、沸点 296 ℃で、常温では無色液体である。水には溶けにくく(8.2 g/L)アセトンなどの有機溶媒によく溶ける。CAS登録番号 [119515-38-7]。

ドイツのバイエルディートに代わる忌避剤として開発し、1986年に「Bayrepel」と命名。1998年に初めて市販された[1]。2005年にバイエルから分社したLanxess AG社のSaltigo GmbHは、2008年に商品名「Saltidin」で販売した。

用途

イカリジンは、ディートと同等の効果があり、ディートのような皮膚刺激性が無い、と報告されている[2]WHOによると、イカリジンは「ディートの代替として同等、またはディートより優れている」。米国CDCは、西ナイル熱ウイルス、東部馬脳炎などの病気を媒介する)の忌避剤としてイカリジン、ディート、 IR3535英語: IR3535)、レモンオイル英語: oil of lemon eucalyptus)(IR3535英語: IR3535)、p-Menthane-3,8-diol英語: p-Menthane-3,8-diol), PMD 含有)を挙げている[3]

イカリジンはプラスチックを溶かさない[4]

かつて、イカリジン含有製品は、コンシューマー・レポートで7%の濃度で有効とされていた[5]。2006年のコンシューマー・レポートは、7%溶液はデング熱を媒介するヤブカに対して効果が少ないまたは効果が無い、西ナイル熱を媒介するイエカに対しては2.5時間の効果がある、15%溶液はヤブカは約1時間、イエカは4.8時間の効果がある、としている[6]。2016年のコンシューマー・レポートでは、20%の濃度で用いると最も効果的な虫よけであるとしている[7]。オーストラリア軍でも20%溶液を採用している[8]

化学的特徴

イカリジンは構造中に2つ立体中心があり、ヒドロキシエチル基が環に繋がる部分と、sec-ブチル基カルバメートの酸素に繋がる部分である。市販されているイカリジンは4つの光学異性体の混合物である。

製品(日本)

2015年1月現在、米国、欧州、オーストラリアなど54か国以上で販売されているイカリジン製剤は、濃度5〜30%のポンプスプレー剤、10〜20%のエアゾール剤、2〜25%のロールオン等製剤があった。2015年2月、本邦で初めて、100mL中にイカリジン5.0g含有する5%エアゾール製剤3剤(虫よけキンチョールB(大日本除虫菊)、スキンベープD1(フマキラー)、L虫よけスプレーIC(ライオン))が医薬部外品として審査承認された[1]。それまで本邦で承認されていた忌避剤はディートのみであった。

デング熱ジカ熱に注目が集まる中、2016年6月、厚生労働省は、ディート30%含有またはイカリジン15%含有のポンプスプレー剤、エアゾール剤の開発を急がせるため、製造販売承認の迅速審査を発表[9]。これをうけて開発が進み、2016年8月、フマキラーはイカリジン15%を含む医薬部外品製剤(ミストタイプとエアゾールタイプ)の緊急発売を発表した[10]

効能・効果、用法・用量

  • 蚊成虫、ブユ(ブヨ)、アブ、マダニの忌避[1]
  • 缶をよく振って、肌から約10cm離した距離から噴霧する。首筋などは手のひらに一度噴射してから、肌に塗る[1]

作用機序

イカリジンとディートはともに、 ネッタイイエカ英語: Culex quinquefasciatus)に対しては、CquiOR136•CquiOrcoという嗅覚受容体の関与が示唆されている[11]

最近の研究で、ハマダラカのodorant binding protein 1 (AgamOBP1)とイカリジン結合体の結晶構造が明らかとなり (PDB: 5EL2)、イカリジンはディートの結合サイトに対して2種類の結合をすること、また、AgamOBP1のC末側に2つ目の結合サイト (sIC-binding site) があることが示された[12]

2015年、厚生労働省の議事録には、「昆虫の触覚の感覚子上に存在する受容体に作用し、ヒトなどの吸血源の認知を阻害することで忌避効果を発揮すると考えられている」と記載されている[13]

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 審査報告書 (PDF)”. PMDA. . 2017閲覧.
  2. Picaridin: A New Insect Repellent Journal of Drugs and Dermatology (Jan-Feb 2004) http://jddonline.com/articles/dermatology/S1545961604P0059X/1
  3. Traveler's Health: Avoid bug bites”. Centers for Disease Control and Prevention. . 2017閲覧.
  4. Picaridin. Archived from the original on August 9, 2011.
  5. Consumerreports.Org - Consumer Reports Confirms Effectiveness Of New Alternative To Deet
  6. "Insect repellents: which keep bugs at bay?" Consumer Reports, June 2006, vol 71 (issue 6), p. 6.
  7. Mosquito Repellents That Best Protect Against Zika”. Consumer Reports, April, 2016. . 2017閲覧.
  8. Frances, S. P.; Waterson, D. G. E.; Beebe, N. W.; Cooper, R. D. (2004). “Field Evaluation of Repellent Formulations Containing Deet and Picaridin Against Mosquitoes in Northern Territory, Australia”. Journal of Medical Entomology 41 (3): 414. doi:10.1603/0022-2585-41.3.414. PMID 15185943. 
  9. 防除用医薬品及び防除用医薬部外品の製造販売承認申請に係る手続きについて (PDF)”. 厚生労働省医薬・生活衛生局審査管理課長. . 2017閲覧.
  10. 「天使のスキンベープミスト プレミアム」 は8月中旬、「天使のスキンベープ プレミアム」 は9月中旬から全国で順次発売”. フマキラー (2016年8月8日). . 2017閲覧.
  11. Xu, Pingxi; Choo, Young-Moo; de la Rosa, Alyssa; Leal, Walter S. (2014). “Mosquito odorant receptor for DEET and methyl jasmonate”. Proceedings of the National Academy of Sciences 111 (46): 16592–16597. doi:10.1073/pnas.1417244111. 
  12. Drakou, CE; Tsitsanou, KE; Potamitis, C; Fessas, D; Zervou, M; Zographos, SE (2017). “The crystal structure of the AgamOBP1•Icaridin complex reveals alternative binding modes and stereo-selective repellent recognition”. Cellular and Molecular Life Sciences 74 (2): 319–338. doi:10.1007/s00018-016-2335-6. PMID 27535661. 
  13. 2015年3月6日 薬事・食品衛生審議会 化粧品・医薬部外品部会 議事録”. 厚生労働省薬事・食品衛生審議会. . 2017閲覧.

関連項目

外部リンク